僕は美女だったらしい

寺蔵

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<ただ、幸せなだけの日常>

男が化粧するわけないよ

「や、やおい君、何!?」

「やおいって呼ばないで。薫って呼んで」
「かおる君、何!?」
「うるさいわね。黙ってなさい」

 ひいい!? ハンカチは頬だけじゃなくて、唇まで力一杯拭ってくる。僕の顔に何かついてたのかな!? でも、朝はちゃんと顔を洗ったのに……!?

 僕の顔を隅々まで拭いてから、矢追君――いや、薫君は僕を放してくれた。

「――――」

 僕の顔を拭きまくったハンカチを凝視して、僕の顔を凝視してから薫君が重々しく口を開く。

「あんたって、化粧してるわけじゃなかったのね」と。

 化粧?

「僕……男だよ?」
「知ってるわよ」
「男が化粧するわけないよ」
「じゃあ……」

 じゃあ?

「じゃあなんでアイラインくっきりなのよ! 肌も陶器みたいにキメ細やかで睫もビシバシ長くて頬がピンクで唇が艶々なんておかしいでしょ! 化粧してるようにしか見えないのよ!」

 がたって椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり僕の鼻先に人差し指を突きつけてくる。


 そ、そんなこと言われても普通に困る。

「八鬼……」
「こっちに来い」
 手招いてくれた八鬼の横に回りこんで、さっきまで西園寺君が座っていた椅子に座る。

「あらら、すっかり懐いちゃって。可愛い子犬みたい」
「うっわ、首、ひでーな」

 トレイを置いて戻って来た西園寺君が僕の首筋を撫でた。他人に触られる違和感に、びくっと過剰反応してしまった。

「夏樹に触んな」
 八鬼が長い足を伸ばして西園寺君を蹴り飛ばす。

「いってーな! マジで獣人だなお前。普通、この手のマーキングっつったら可愛らしいキスマークっつーのが定番だろうが。こんな鬱血するぐらい噛み付くなんてアホじゃねーの?」
「いいんだよ。こいつは俺の持ちモンなんだからな」
「こりゃ、夏樹ちゃんが壊れる日も遠くなさそうだな……」

 西園寺君は大きく溜息を付いて、僕の隣に座った。
 そんな。
 壊れたりしないよ。

「――そういえば、今日、アンタの誕生日じゃない?」
 薫君が唐突に話を変えて八鬼を指差した。

「あ?」

 八鬼はちょっと考え込んでから、そういやそうだったなって呟く。

「忘れてたの? ジジィじゃあるまいし」
「誕生日なんかどうでもいいだろ」

 誕生日!?

「や、八鬼、今日誕生日だったんだ!? おめでとう! 何か欲しいものある? プレゼントするよ」

 どうして僕は誕生日の確認をしておかなかったんだろう!!
 前もってプレゼントを用意しておきたかったのに。
 恋人なんてこれまで一回も出来たこと無いけど、誕生日イベントって、二人が親密になってから訪れるっていう変な先入観があった。

 こんな、八鬼のこと殆ど知らない――それこそ、誕生日すら知らない状態で、早々と誕生日が来てしまうなんて。

「何もねぇよ」

 淡白に返事されて困ってしまう。
 八鬼は何が好きなんだろう? 僕が知ってる八鬼の好きなものといえば……? ……ほ、本気で何も知らない……。
 愕然とする僕の正面で、テーブルに肱をついた薫君が空中で指先をくるりと回した。

「ディオスのピアスカタログ見てたでしょ。プレゼントして貰えば?」
 ピアス!?

 う、お、お金足りるかな……!?

「余計な事を言うんじゃねえ」
「それ……いくらぐらい?」

 恐る恐る聞くと、薫君は事も無げに答えてくれた。

「一番お手頃な品でも一万ってとこかしら」

 い、一万!?
 固まる僕に薫君は続けた。

「あら。そんなに驚くこと? 八鬼があんたに買ったコンディショナーは一本三万円よ。半額以下じゃない」
「――――」

 驚きすぎて呼吸も忘れてしまった。
 あのコンディショナーってそんなに高い品だったんだ。

「――、あ、あの、」

 重たくなった口をどうにか開いて、言葉を体の中から引っ張り出した。

「僕の全財産、千五百円しかないんだ……。お父さんを怒らせちゃったから、お小遣いもしばらく貰えなくなるし……。次、貰えるのは三ヶ月か四ヶ月後ぐら後になっちゃうと思う。それでも、月のお小遣いは三千円しかなくて……」

 初めて痛感した。

 八鬼が、僕とは別世界の人間だということを……!
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