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<ただ、幸せなだけの日常>
典型的彼シャツ
翌日。
「ごめんなさいね。まさかこんなことになるなんて」
お昼ご飯を持ってきてくれた薫君が申し訳無さそうに謝ってきた。
僕の有様は酷いことになってた。
首の後ろだけじゃなく、腕にも肩にもわき腹にも足にも歯型が出来て、キスマークの鬱血も一杯で昨日握られた腕も痣になってて、全身八鬼のつけたマーキングだらけだ。
「絶対許さない……」
僕はベッドの上でうつ伏せに転がり枕に顔を埋めたまま、薫君に呪詛を唱える。
薫君が余計な事を言ったせいで、僕は、僕は、明け方まで八鬼とえ、えっちをする羽目になったんだ! 簡単に許してたまるものか。まだ下半身がビリビリしてるし泣きすぎた目じりも腫れて痛いんだ。
「あら。可愛くないわね。そんなことを言う子にはお仕置きしちゃうわよ」
ふに、って軽くほっぺたを摘まれた。
「ほら、早く服を着てご飯食べちゃいなさい。冷えちゃうわよ」
「…………」
トレイに乗った御昼ご飯は生姜焼き定食だった。
「いらない……」
「いらなくないでしょ。朝ごはんも食べて無いのに。それだけ運動すれば、お腹も減ったんじゃない? ほら」
薫君が僕の頭に大きなシャツを引っ掛けた。八鬼の私服だ。
もそもそベッドに潜りこんで、布団の中でもそもそ服を着る。
そしてそのままベッドに横たわった。
しばらく、沈黙。
「おい、出てこい」
薫君が、いつもの作ったような女性めいた声ではなく、多分地声だろうドスの利いた声を出した。
これ以上引きこもって抵抗しても引っ張り出されそうだな。
観念して体を起こす。箸を取ろうとしたけど――八鬼のシャツは袖が長すぎて、指先すら出て無かった。
いや、指先どころか、軽く十センチは長さが余ってる。
「あら可愛い。典型的彼シャツね」
笑いながらも薫君が袖を曲げてくれた。
「ありがとう……」
「礼はいいから、さっさと食べちゃいなさい」
「八鬼も呼んでくるよ」
八鬼はこの部屋の隣にある個室に篭っている。
薫君が持ってきてくれたご飯は当たり前のように僕と八鬼の二人分だ。
生姜焼きはまだ熱々だった。
冷めたら美味しさが半減してしまう。立ち上がろうとした途端に全身に筋肉痛が走って呻いてしまった。
「やめときなさい。八鬼は集中してる時に声を掛けたらぶち切れるから。そういえば、あんたは食べさせないと食べないんだったわね」
箸を取って、生姜焼きを摘み上げ、僕の口元に持って来た。
「はい、あーん」
あ。
う。
思わず薫君の顔と手元の生姜焼きを何度も視線で往復してしまった。
食べようとしない僕の為にしてくれてることだ。
判ってるのに、また、いつかみたいに口が開かなくなった。
「ちょっとあんた、何? 今の」
今の?
「これ、食べ物だって判ってるわよね?」
摘んだ生姜焼きを軽く上げた。
判ってるに決まってるよ。口が開かないままだったんで軽く頷く。
「私が怪しい人間じゃないってのも判ってるわよね?」
わ――――かって? る? かな?
怪しいとは思ってないけど、まだ知り合って時間も経ってないし、その。
ちょっと困りつつも頷いた。
「じゃあなんで、食べ物と私を見比べて拒絶するのよ! 拾ってきた猫に拒絶されてる気分になったじゃないの! 怪しくないわよ毒なんか入れてないわよ! 食べないと弱るんだからちゃんと食べなさい!」
やー。
顎を掴んで口を開こうとされてじたばたと拒絶する。
痛い痛い! 薫君もめちゃくちゃ力が強い!
「やめろ薫」
「八鬼」
八鬼が個室から出てきてくれた!
よかった、勉強が一段落付いたんだ。
「ご飯を食べようとしないのよ。食べさせたら食べるんじゃなかった? この子ったら猫みたいに露骨に警戒したんだから。失礼にも程があるわよ」
「『俺』が食わせないと食わねーんだよ」
サラダのミニトマトを八鬼が摘む。へたまで取ってから僕の口元に差し出してくれた。
反射的に口に入れて、はっと我に帰った。
「腹立つわぁ」
まだ飲み込んでないのに、ぎりぎり頬を抓り上げられた。
口元を掌で押さえ慌てて飲み込んでから謝罪する。
「ごめん。どうしても、八鬼じゃないと駄目みたいで……」
「そんなでどうすんのよ。もし八鬼が死んだら餓死するしか無いじゃない」
八鬼が死ぬ?
そんなことになったら本当に何も食べられなくなるだろうな。
食べさせてもらえないのもあるけど、悲しいのと、痛いのとでご飯どころじゃなくなるから。
ご飯を見るたびに八鬼のことを思い出して、食べ物を見ることさえできなくなる。
まぁ、しょうがないよね。
今度は自分でミニトマトを食べた。
「おい、今、何を考えた」
八鬼が脅すみたいに言った。
え?
何って……?
「食べ物を見る事もできなくなって餓死するけどしょうがないかなって……」
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