僕は美女だったらしい

寺蔵

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もうすぐ夏休み

僕に、怪文書が届きました



 お祭りが終わった数日後。
 僕に、怪文書が届きました。

 どこにでもありそうな普通の茶封筒で、差出人は不明。

 夕食が終わってから担任の先生から渡されたその封筒を一人廊下を歩きながら開いて、中の便せんを広げたとたんに僕は固まってしまった。

 新聞から切り抜かれた文字が張り付けられた、昔の映画に出てくる脅迫状みたいな手紙だった。

『今すぐ 八 鬼 様 から 離れ な さい。
 お 前は ふさわしくない。
 これが 八 鬼 様 に ふさわしい 女 だ』

「…………」

 封筒には写真も一緒に入っていた。

 年齢は20代前半ぐらい。

 とても綺麗な、スタイルのいい女の人だった。

「ふぅ……」

 確かに八鬼にふさわしい女の人だ。

 僕は学校を卒業したら八鬼から離れるつもりでいる。
 八鬼は、今は僕に対して卒業しても傍に居ろって言ってくれたけど、3年後には恐らく飽きられていると思う。


 3年後じゃないかもしれない。ひょっとしたら、それは、明日起こる出来事かもしれない。


 僕自身はなにも面白味のない人間だしね。
 面倒ばっかりかけてるから、いつ嫌がられてもおかしくない。

 少しだけ、八鬼が居ない生活を想像してみる。

 いつも隣に居てくれる大きな存在感のある人が消えてなくなる。

 触ろうと手を伸ばしても、そこには誰もいない。

 八鬼の部屋に置いてる荷物を全部持って、僕は、一人、前の二人部屋に帰る。

 僕は、八鬼と目を合わせないように俯いて生活して、昔みたいに、食堂のすみっこで一人でご飯を食べて。
 八鬼と、薫君と、ヒロト君と、真十郎君と、皆が笑って食べてるのを遠くのテーブルから一人で見る。

 楽しそうなみんなの姿を遠く離れた場所で羨ましく眺めてから、寮の二人部屋に戻る。

 そして、隣のベッドに八鬼が居た頃の生活を懐かしみながら、残りの高校生活を過ごすんだ。

「……………………」

 脅迫状の封筒にボトボトと水滴が落ちた。
 え、どこから水が!?
 慌てて指先で拭う。

 咄嗟に天井を見上げた僕の頬に冷たい風が当たった。
 ――風じゃない。
 頬に流れた涙が、顔を上げた勢いで風にさらされて冷えたんだ。

「こんな想像で泣くなんて、みっともない」

 腕でがしがし涙を拭い便せんを封筒に仕舞う。

 八鬼の傍に居続けちゃ駄目だな。

 なるべく離れるようにしよう。
 それが八鬼にとっても僕にとっても最良のことだろうから。

 泣いてる姿を誰にも見られたくなくて、いつか薫君達から隠れるために逃げ込んだ空き部屋のロッカーの中に引き籠った。

 暗く狭い空間で膝を抱える。

 ――八鬼が居なくても、ごはん、食べられるかな……?

 違う、食べたくなくても食べるんだ。

 八鬼が居なくても、ちゃんと食事ぐらい採る。
 絶対に、食べて見せる。

「八鬼に捨てられたからご飯を食べられなくなって衰弱している」なんてあてつけてるみたいな姿は見せたくない。

 口の中に紙粘土の味が広がった。
 船寺に食べさせられた、食パンの味だった。
 八鬼に食べさせてもらえないと、全部あんな味になるんだ。

 どうしよう、食べられないかもしれない。
 食べられない姿を八鬼に見せたくない。
 家に帰ろうかな――――駄目だ、頭がおかしい息子を家に入れてくれるはずない。

 ご飯が食べれないから家に帰ることもできない。
 ここに居続けることもできない。
 病院に行くなんてもっともっとできない。

 僕って、八鬼に捨てられたら、どこか遠い場所で、身元不明って言われるような死に方で死ぬことしかできないんだ。

 ……寂しいな。
 ……怖いな。

 ちょっと前は、死んでもいいって思ってたはずなのに。
 誰かに好かれた幸せを知ってから死ぬって、こんなに怖いんだ。

 情けないぐらいに指先が震えていた。
 ぎゅっと握りしめ涙の零れる目じりを何度も拭う。

 駄目だ、いい加減に泣き止まないと。
 呼吸を整えて無理やりに涙を封じ込める。

 早めに戻らないと八鬼に不信に思われてしまう。

 呼吸を整え、ロッカーを出て、自分の顔や目から赤みが引いたことを確認してから八鬼の部屋に帰った――、違う。お邪魔した。

「お邪魔します」

「……。遅かったな。どこに行ってたんだ」

「屋上でUFO呼んでた」

 はぁ? と眉をはね上げた八鬼に構わず先を続ける。

「僕、毎週水曜日には前の部屋に戻ってそっちで寝るね。空き部屋のままにしとくわけにもいかないし……、週に一回ぐらい空気の入れ替えしないと」

 今日がその水曜日だ。八鬼のクローゼットから一日分の着替えを取り出す。
 いつの間にか、僕は、着替えさえ全部この部屋に置きっぱなしにしていた。

 毎週水曜日と曜日まで指定したのは、八鬼に女の人を連れ込みやすくさせるためでもあった。

 僕が居なくなる日にちが決まっていれば、僕に気兼ねなく誰とでも会える。
 今は週に一回だけど、少しずつ増やしていくつもりだ。

「……そうかよ」

 八鬼は、僕を引き止めなかった。
 一人でいられることに、ほっとしたのかもしれない。

 引き止められなかったことに――心臓がギシリと歪んだ音を立てたけど、気が付かないふりをした。
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