僕は美女だったらしい

寺蔵

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夏休み。八鬼を狙う上流階級の女の人と対決

両親と、電話

 翌週の水曜日は夏休みに突入していた。

 この寮は年中無休(?)だ。もともと家庭内で面倒な存在扱いされていた連中を受け入れるための施設でもあるから、夏休みに入ってもずっと解放されている。

 とはいえども、寮にとどまり続けると当然その分お金がかかる。
 僕は、入学当初は家に帰る予定だった。

 いつかも使った公衆電話で家に電話を掛けた。

『はい、羽鳥です』

 電話に出たのはお母さんだ。……父さんは一人で家に居ても電話に出ないから、二人とも留守じゃない限りお母さんが出るのは当然だけど。

「な、夏樹です。夏休みには家に帰らないとダメなんだよね……? 僕、何日から帰ればいいかな」

 答えを待つ僕に返事はなかった。
『お父さんに変わるわ』
 ドクン、と、心臓が鳴った。

 お父さんとは話したくない。

 はく、と、口が開いて呼吸が止まった。
 冷汗が滲む。
 一分か、十分か、お父さんが電話口に出るまでの時間さえ分からない。

『夏樹か』

 重たい声に名前を呼ばれ、益々呼吸がきつくなった。

「はい」

『帰ってくることは許さん。今年の夏は学校で過ごせ。15にもなって親に甘えた罰だ。よく反省しろ』
 その言葉を聞いて一気に呼吸が楽になった。

「わかりました」

 ガシャン、と、受話器を叩きつけた音が耳をつんざく。一秒、二秒――、その音の残響が消えてから、僕も受話器を置いた。



 よかった。帰らずにすむ。



 家にいる間はお父さんと話すのもお母さんと話すのも、抵抗は無かった。

 なのに、家を出て寮に入り、たった4か月たっただけで、言葉が詰まるようになってしまった。
 両親と会わないで済むことが嬉しくなってしまった。

 夏休みに突入し、一週間、二週間が過ぎる。

 僕は――水曜日がくるたびに一日図書館にこもり、夏休みの宿題や勉強に励んで、八鬼の部屋には戻らない生活をつづけた。

 ただ、夜だけは八鬼の部屋で一緒に眠っていた。

 僕は自分の部屋で一人で眠りたかったんだけど、そうしようとしたら必ず八鬼まで付いてくるから無理だったんだ。30度を超える熱帯夜に、扇風機も無い部屋で抱きしめられて眠るのはどんなに頑張っても不可能だ。

 高校一年生の夏休み。

 薫君やヒロト君達が海に行こうとか水族館に行こうとかいろいろ誘ってはくれたものの、お小遣いさえ途絶え、残金900円しかない僕はどこに行けなかった。
 皆は「奢るから」といってくれたものの、奢られるのも嫌で、僕はただ、日々を勉強と図書館通いに費やした。

「ふぅ……」

 体が重い。
 ご飯もあまり食べる気になれないし、完全に夏バテだ。

『一年生の羽鳥夏樹君、至急、寮長室まで来てください』

 寮内に放送が鳴り響く。

 ――?

 何だろう。
 コミュニケーションルームのソファーに座ってた僕は、のったりと立ち上がり寮長室へと走った。

 寮長室は玄関の隣にある。出入りを監視するための小さな窓がありいつもは開いているんだけど、今日は珍しく閉じていた。
 少し迷ったものの、窓ではなくドアをノックする。

「……羽鳥です」
「あ、中に入って~」

 あれ? 中から答えた声が若い。管理人は60歳ぐらいのお爺ちゃんだったはずなのにな。新しい人に変わったのかな?

「失礼します」
「え?」

 中に入り、僕と目が合った瞬間、寮長さんはぽかんと口を開いた。

 随分派手な人だな。褐色の肌に眩しいぐらいの金髪。この人が新寮長なのか……。

 まぁ、この学校、生徒もこんな感じの人が多いし、親近感が湧いて良いのかもしれないな。僕としては凄く話しかけにくいタイプだけど。

「ちょっとちょっと~、なんで男子寮に女がいるんだ~?」

 投げかけれた言葉に僕は思いっきり眉間に皺を寄せてしまった。
 いや、文句を言ってはダメだ。からかわれてるだけなんだから、冷静に対応しなくては。

「女じゃありません。男です」
「マジで~? すっげカワイイのに~」

 寮長がいきなり距離を詰め、まつ毛が触れそうなぐらい近い距離からじろじろ見られる。
 妙に間延びする語尾が鬱陶しいな。

「わー、いいにおーい~」

 鼻息を首元で感じて思わず壁際まで逃げてしまった。

「あの、ご用件は」
「電話~」

 電話? 誰からだろ。
 上がりっぱなしになってた受話器を取る。まさか、両親じゃないよね?

「も、もしもし……」
『羽鳥夏樹ね』

 ……よかった。親じゃなかった。若い女性の声だ。
 ほっと息を吐いて続けた。

「はい。羽鳥ですが、どちら様ですか?」
『明日の15時に皇帝ホテルに来なさい。必ず、一人で来て。八鬼様には内緒だからね!』

 自分の名前も名乗らないのに一方的に突き付けてくる。
 いくら相手が女性だからといってもこんな怪しい要求を呑むはずはない。

「お断りします。バス代もありませんし」
『バ……?』
「はい。手持ちが900円しかないので」

 花火大会の時に空に広がる大きな花火を遮っていたのが皇帝ホテルだ。
 あそこまで、バス代だけでも片道480円もかかる。行きは良くても帰って来れない。

『う、嘘をつくんじゃないわよ!』
「嘘じゃありません。八鬼の関係者という事は、あなたもお金持ちなんでしょうね。なら想像できなくても仕方ないかもしれませんが一般的な高校生はそんなものです。失礼します」
『待ちなさい! 芳雄が仕事を失ってもいいの!?』

 え?

 電話を切ろうとした手が止まった。

「どうして……?」
 芳雄とは兄さんの名前だ。

『ウチの下請けで働いてるのよ。やっと就職できたみたいだけど、あんたのせいで折角の正社員の口を失ってもいいってわけ?』

 兄さん、ちゃんと就職したんだ。知らなかった。
 なら、僕が邪魔をするわけにはいかないな。

「……判りました」

 しょうがない。徒歩で行こう。
 時間が3時かぁ。行きに歩くのは辛いから歩くのは帰りにしとこうかな。
 まさか兄さんの素性まで割れてるとは……。

 ひょっとして、八鬼と付き合ってることを親も知ってるのかな……?

 ……そんなはずないか。知られてたら今頃とっくに絶縁されてる。

「ねぇねぇ~、900円しか無いってマジで~?」
 寮長がまたもや鼻がくっつきそうなぐらいの至近距離まで詰めてきた。

「え? あっ、はい」

「そんだけ可愛いのになんで~? そこらの男に媚び売ればすぐ金ぐらい出してくれるんじゃないの~? オレがお小遣いあげてもいいよ~」

「お邪魔しました」

 この手の会話に時間を使いたくない。
 さっくりと打ち切って管理人室を出た。
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