僕は美女だったらしい

寺蔵

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夏休み。八鬼を狙う上流階級の女の人と対決

「単刀直入に言うわ。八鬼様と別れなさい」

 はぁ……、憂鬱だな……。

 両親のことも、明日の外出も、何もかも。
 夏休みってこんなだっけ? 去年まではもっと楽しかったはずなのに。

 生まれて初めて恋人ができた。
 高校生になって友達も沢山できた。

 なのにこんなに気分が重いのはなぜだろ。

「夏樹」
「う」
 後ろからシャツの襟首を引っ張られた。
「呼び出しの理由は?」

 八鬼だ。正直に話すわけにはいかない。誤魔化さなきゃ。

「……親から、の、連絡。夏休みには帰って来なくていいって」
「…………」
「会いたくなかったから、よかったよ」

 八鬼はじっと僕の目を見下ろしてくる。
 視線を反らしたら嘘がバレそうな気がして、僕も真っ直ぐに八鬼を見上げた。

 八鬼は何も答えなかった。

 翌日は、「図書館行ってくる」ってだけを八鬼に告げ二時に寮を出た。

 日差しが強い。光にも重さがあるんじゃないかって思ってしまうぐらいに皮膚をじりじりと刺してくる。焦げそうだ。

「あづいいい……」

 バスに乗れる行きはまだいい。帰りはこの中を歩いて帰って来なきゃならないのか。
 途中で死ぬかもしれない。

 図書館に行くって言って部屋を出てきたから、僕は普段着のままだ。七分丈の細身のパンツとTシャツ。
 皇帝ホテルは入口に白手袋をはめ正装した係員さんがいるほどのホテルで、この格好で入るのに気が引けてしまう。
 どうせなら近所の公園とかにしてくれればよかったのに。

 躊躇っても時間を無駄にするだけか。さっさと入ろう。

 僕みたいな貧乏そうな子供が来たというのに、不審がる様子もなくドアを開いてくれたドアマンさんの横を通り抜け、ホテルに入る。

 ベルボーイさんに僕の名前を告げると、すぐに最上階のVIPルームへと通された。
 やたらとゴテゴテとした装飾品が溢れた部屋だ。
 ソファーもクッションも家具も喋らないのに騒々しい。派手なデザインで自己主張しまくってるからかな。

 そして、凄く広い。
 教室がすっぽり入ってしまいそうなぐらいだ。
 部屋が広いせいか家具が少なく見える。
 が、どの家具も高級で、壁の装飾に使われているカーテンさえも、僕の父さんの月収以上の値段がしそうだ。

「こんにちは、羽鳥さん」

 正面の一際大きなソファーに座ってるのは女性が尊大に口を開いた。あ、この人、見覚えある。
 僕に送られてきた写真の人だ。

「こんにちは」
 挨拶を返すだけ返して、ドアの前で立ち止まった。

「お座りになって」
「……」
 座りたくなかったけど、諦めてボディーガードさんっぽい黒服の男性に誘導されるがまま、部屋の中央のソファに腰かけた。
「何か召し上がる?」
「結構です」
「遠慮しなくてもいいのよ」
「お気遣い無く。僕を呼び出した理由を聞かせてください」

 って、理由なんて一つしか無いな。

「単刀直入に言うわ。八鬼様と別れなさい」

 やっぱりそうか。

「……時間をください。少なくとも一年」
「条件を出すなんて何様のつもり? 兄が仕事をクビになっても良いっていうの?」

 もちろん困る、けど。

「僕には事情があって……八鬼と離れたら一週間も持たずに死んでしまうんです。比喩ではなく、本当に。だから、いくら兄の為とは言えども、自分が死なないために時間が必要なんです」

「そんなバカみたいな言い訳が通用するとでも思ってるの?」

「言い訳ではありません。事実です。話がそれだけなら僕はこれで」

 このまま丸一日話し続けようとも説得するなど不可能だろう。
 話が長引けば長引いただけ、この人の怒りを増させてしまいそうだ。
 席についてすぐに帰るのも失礼だけど、これで帰らせてもらおう。

「このまま帰すはず無いでしょ」

 隣室に続くドアの前に立っていたもう一人のボディーガードさんに、「連中を」と命令した。

 ドアが開かれ見覚えのある男たちが入ってくる。
 誰もが、体のどこかに包帯を付けていた。一番酷いのは最後に入ってきた大男。
 その男を見てようやく、彼らが誰だったか思い出した。

 お祭りの時に因縁を付けてきた連中だ。

「よー。夏樹ちゃん。久しぶりぃ。オメーの友達のせいでこんな大怪我しちまったぜ」
 鼻に大きなシップを貼った男がニヤニヤ笑いながらカメラを僕に向けてきた。

「体で払ってくれよな? セックスと、AV撮影。その顔と体なら、あっという間に人気者になれるぜ」
「僕は男ですけど」
「らしいなぁ。まぁ、お前ぐらい美形だったらそっちでも売れるさ。心配すんなって」

 ふぅ。小さくため息が漏れた。

「……ここまでする必要は無いのに。僕が八鬼の傍に居られる期間は長くても高校在学中だけですよ。待っていればいつかは必ず別れる」

 ソファーから立ち上がりもしないまま、足を組んで尊大に笑む女性に言う。
 そして、ズボンのポケットからカッターナイフを取り出した。
 少し大ぶりで刃が厚いカッター。いつか八鬼に向けたのと同じものだ。

「僕に触るな」

 刃を出しながら、ドアを塞ぐ男たちに宣言する。

「そんなもんでビビると思ってんのかよ。カワイーねぇ」
「思って無いよ」

 これを向ける相手はお前たちじゃない。

 銀色に光る刃を自分の首に押し当てた。
 焼け付くような痛みと共に生ぬるい感触が首を滴る。

「そこをどけ。どかないなら僕はここで首を切る」
 驚きの声さえなかったものの、男たちの目が驚愕に見開かれる。

「そ、そんなの、単なる脅しよ!」
 女性が立ち上がり、叫んだ。

「脅しじゃないよ。さっき言っただろ。八鬼を失ったら一週間も持たずに死ぬって。ここでやられたら八鬼に捨てられる。八鬼に捨てられたら僕の命はもって一週間程度だ。撮影された挙句に死ぬぐらいなら、今、ここで死ぬ」

 力を入れる。

 耳に近いからかな。ぷつぷつと肉の切れる音がする。
 血が滴りTシャツの襟首を赤く濡らしていく。

「ぐ……!」
「道を開けてください」

 飛びかかられたらカッターを取り上げられてしまうからね。ここが無駄に広い部屋で良かったよ。
 男たちもボディーガードさんたちも壁際まで下がらせてから、扉まで進んだ。

「じゃあ、僕はこれで。……せっかく美人なんですから、こういうことしないほうがいいですよ。八鬼は……というか、男は綺麗な人が陰険だったらドン引きしちゃうから」

 深く切りすぎちゃったな。ひょっとしたら縫わなきゃ駄目かも。
 420円で治療費足りるかな……?
 って絶対足りないよね。しょうがない。保健室でバンソウコウ多めに貰おう。

 僕がドアを押すより早く扉が向こうから開いた。

 ドアの先に立っていたのは、今一番に会いたくない男だった。

「や、ぎ……」
「白夜様……!!」

 僕の呻き声と女の人の引き攣った悲鳴が重なる。
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