彼女の音が聞こえる (改訂版)

孤独堂

文字の大きさ
8 / 31

第三話 君に会う朝

しおりを挟む
 次の日の朝、元秋はいつもより十五分早く川原に着いた。
 河川敷の昨日と同じ辺りに奈々は既にいた。
 土手を下りて奈々の方へと向かう。
 奈々は下を向いて足元の方を見ていた。元秋には気付いていない様だった。
 「何見てるの?」
 側に来て元秋が尋ねる。
 「ワッ!ビックリしたー」
 またも元秋の声に驚き、奈々は振り向いた。
 「なんか、凄い羽の綺麗な蝶が死んでるんです。でも、大きいから鳥なのかな?」
 そう言いながら奈々は自分の足元を指差した。
 「ん、それ蛾だよ」
 それは緑色の毛がフサフサした大きな蛾だった。
 元秋が言った瞬間奈々は後ろに一メートル程飛んでバックした。
 「えー、蝶じゃなくて蛾なんですか。ハハ、私西女だから、あんまり頭良くないから分んなかった」
 照れ笑いしながら奈々が言った。
 「あ、それ良くない」
 元秋が言った。
 「えっ」
 つい反応して奈々の声が出る。
 「昨日、友達に野沢さんに会った事話したんだ。そしたら悪いけど、西女って偏差値低いよね。って言う奴とかもいてさ、ちょっとその後考えたんだよね。友達になるのに偏差値関係あるかなって。俺、いや僕は陸上やってるんだけど、陸上大会の成績に偏差値は関係ないんだよね。何処の高校だろうが足の速い奴が上位なんだ。だから西女だって他校に負けない何かある筈だし、自分で自分の学校を卑下したりするのは、本当に馬鹿な人になってしまうと思う」
 元秋がそう言っている間、奈々はずっとキョトンとしていた。
 「あ、何言ってるか分んなかった?僕、上手く説明出来てない?」
 奈々の様子に元秋は慌てて尋ねた。
 「ハハ、ちょっとだけ。あ、でもこれは分りました。佐野さん昨日帰る時は私の事『奈々ちゃん』って呼んだのに、今はまた『野沢さん』に戻ってました」
 少し自慢気に奈々は言った。
 「あーそっちか。でも凄いじゃん記憶力」
 「へへへ」
 元秋に褒められたと思い、奈々は照れくさそうに言った。
 「あのさー何て呼んだらいい?俺、いや、僕さ、あんまり女の子慣れしてないんだよね。別に女嫌いの男好きとかじゃなくて」
 元秋が言った。
 「奈々でいいですよ。それと無理して僕とか言わなくて良いです。俺で」
 奈々はニコニコしながら続けた。
 「私は佐野さん?佐野君?元秋さん?」
 「佐野君で良いよ。皆そう呼んでるから」
 元秋が言った。
 「分りました。佐野君。何かさっきの学校の話、私と佐野君で、まるでロミオとジュリエットみたいですね」 
 「全然違うよ」
 元秋が即座に答えた。

 「それで、トランペットは鳴る様になったのかい?」
 元秋が奈々の左手に持っているトランペットの方を見ながら言った。
 「それが全然なんですよ。佐野君に会った時の一回だけなんです。音が出たの」
 そう言うと奈々は吹く格好をして、吹いた。
  ボォーー
 船の汽笛の様な低い音が鳴った。
 「出た」
 思わず元秋が言った。
 「あれ?」
 奈々はトランペットを顔の前に出し眺めながら続けて言った。
 「やっぱり佐野君は神様ですよ!佐野君の前でだけ音が出るもん」
 奈々は凄い嬉しそうな顔をして、少し興奮している様だった。
 「それは偶然だよ」
 奈々の嬉しそうな顔を見て自分も嬉しくなって、ニコニコしながら元秋は言った。
 その後、川原で数度トランペットを吹いたのも全て音が鳴った。
 「もう大丈夫じゃない、トランペット。時間だから俺はそろそろ行くよ」
 元秋はそう言い、その場駆け足をして、走る準備をした。
 「はい。行ってらっしゃい」
 と、奈々は言った。
 元秋は奈々の元から走り出し、土手を上がる辺りである事を思い出して振り返って尋ねた。
 「ねー、部活。吹奏楽部?」
 奈々はニコニコしながら大きな声で答えた。
 「違いますよー」
 「えっ」
 元秋の足が止まった。


   つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...