彼女の音が聞こえる (改訂版)

孤独堂

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第六話 彼女の音が聞こえる

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 朝、元秋はいつもの様にランニングに出たが、気分は乗り気じゃなかった。
 [嫌な噂あった]
  深夜、安藤から来たLINEが頭から離れなかったからだ。
  河原の、奈々がいつもいる辺りに行くのが怖かった。会えば何か聞いてしまうかも知れない。
 [まだ友達だって言うから、今の内に伝えた方が良いかと思った。『付き合えば?』なんて軽々しく言ってごめんm(_ _)m]
  元秋は 走りながら安藤との遣り取りを思い出していた。
 「友達以上恋人未満だよ」
 元秋は走りながら一人呟いた。

 河原の土手を走っていると、程なく奈々の姿が河川敷のいつもの場所に見えた。いつも通りの奈々が今日もそこにいた。
  元秋は土手を下り、ゆっくりと歩きながら奈々の方に向かった。珍しく奈々も気付いて、元秋の方に歩み寄る。
 「おはよう」
  奈々が片手を上げて、いつもの様に笑いながら言った。
  「おはよう。今日はトランペットは?」
 元秋は冷静を装いながら返事をした。
 [中学が奈々ちゃんと同じだった子がいて]
  安藤のLINEが頭を霞める。
 「今日はいいの。朝の日課、此処に来るの」
 ニコニコしながら奈々が言った。
 「そうなの」
  元秋はそれ以上言葉が浮かばなかった。
 [中三の時奈々ちゃん、一時期ヤリマンって噂あったらしい]

 元秋は何を話せば良いのか分からず、川を眺めながら、どうしても安藤のLINEを思い出していた。
 [好きになって、付き合ってから知るより、ズルいかも知れないけど、友達って言ってる今の内にお前に教えた方が良いと思った]
 「どうしたの?川ばっかり見て、佐野君今日暗いね」
 奈々が心配そうに横から声をかける。
 「そんな事ないよ。いつもと同じだよ」
 そう言いながら元秋は奈々の顔を見れずに目線を少しズラした。
 「奈々ちゃんだよ。ほら、奈々ちゃん」
  目線を合わせない元秋に気付いたのか、奈々は元秋の顔の側に寄って行って視界に入るようにして言った。
 [ヤリマンは噂だとしても経験はあるかも知れない。そういうの気にする人と気にしない人いるからあれだけど。要するに過去の事だ。そういうのを含めて好きになるか?友達の関係で居続けるかは、お前の問題なんだけど。友達として、良い事も悪い事もお前に伝えたかった]
 「ハハハハハ」
  元秋は奈々の行動に笑いながら、安藤のLINEを思い出していた。
  そうだよな。今なら友達でいられるよな。
 そう思いながら、奈々から視線を外し、また川を眺め様とした時だった。

  ギュッ!

  奈々が川の方を向いた元秋を後ろから抱きしめた。
  元秋は一瞬何が起きたのか分からなかった。
  奈々の柔らかい掌が自分のお腹を掴んでいる感触を感じた。
  奈々の柔らかい胸が背中に当たっている感触を感じた。
  奈々の柔らかい、品の良い匂いが元秋を包んだ。
  そして自分の心臓が凄い速さで鼓動しているのが伝わって来た。
  俺、ドキドキしてる。
  元秋は自分の鼓動のスピードの速さに驚き、そして、もう一つの音に気付いた。
  背中から伝わって来るもう一つの心臓の音。
  奈々の鼓動だ。
 凄い速さで心臓が鳴っているのが伝わって来た。
  奈々も俺と同じなんだ。
 ドキドキしてるんだ。
 元秋は思った。
 「ビックリした?」
  抱きついたまま、明るい屈託のない声で奈々が言った。

 [それと、舞ちゃんから聞いたけど、奈々ちゃんお前に一目惚れしてるらしいぞ]


  つづく

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