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第七話 雨降りフリルの傘

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 「ビックリした?」
 奈々が尋ねた。
 元秋はスッと前に出て、奈々の手から離れると振り向いて言った。
 「そりゃビックリするよ。ってか、奈々ちゃん平気なの?そういう事するの」
 「へへへへ」
 奈々は笑って答えようとはしなかった。
 元秋は奈々を好きになりそうな自分と、噂が気になり躊躇して、冷静でいようとする自分の間で少し混乱して、苛立っていた。
 「なんか奈々ちゃん、思ってた子とちょっと違った。頭悪いとか気にしてて、でもちゃんとしてる子だと思ってた」
 元秋は言った。
 「佐野君怒ってる?抱きついたの嫌だった?」 
 奈々が心配そうな顔をして言った。           
 「可愛い女の子に抱きつかれて喜ばない男はいないさ」
 「へへへへ」
 元秋の言葉に奈々は嬉しそうに笑った。
 「でも、そーゆう事誰にでもしちゃうのかなって、思っちゃう」
 「佐野君だからだよぉ」
 今度は悲しそうな顔をしながら言った。
 「それに今は」
 そこで元秋は口を噤んだ。噂について、今この場で聞く勇気がなかった。
 元秋は少し冷静に考える時間が欲しかった。
 「今は?今は何?」
 奈々が心配そうな顔をして尋ねた。
 「何でもない」
 そう言うと元秋は奈々から視線を外して、斜め下の方を見た。
 「嘘、何かある。元秋君顔に出るんだから。私?私の事?」
 「何でもないよ」
 「嘘、何かある。私もね、元秋君に話したい事あったんだけど・・・」
 奈々は困った様な顔をして言った。
 「あの、今日はもう行くね。じゃあ」
  突然元秋は、奈々の質問に答えず、話も聞かず走り出して行った。
  河川敷にポツンと一人、奈々が残された。

  「それで話も聞かず奈々ちゃん一人置いて来たのか?」
 安藤が言った。
 東野高校、陸上部部室。
 昼休み、誰にも聞かれず話をする為に元秋と安藤は此処に来た。
 「うん」
 元秋が答えた。
 「そりゃさすがに可哀想だ。で、どうするんだ?」
 「自分でも分んない。奈々の心臓の音が自分の心臓の音と重なって激しく聞こえた時、凄い不思議な感覚だった。多分俺も奈々の事好きなんだ。でも、噂の話聞いて、冷静になろうと思ってる」
 安藤の問いに元秋はそう答えた。
 「友達のままでいようってんなら何も聞かず普通に話せるようになればいい。好きで付き合いたいと思うなら気になる事は聞けばいい。きっとお前が聞けば奈々ちゃん本当の事を教えてくれるよ。それに奈々ちゃん何か話したがってたんだろ。告白でもしようとしてたのかな?まーそれにしても、もう直ぐ駅伝の選考会あるからな。早めにはっきりした方がいいな」
 安藤が言った。
 「ああ、どうするか。自分で考える」
 元秋が言った。
 「俺、余計な事教えたかな。でも、お前と奈々ちゃん、合うと思うんだけどな」
 「いいよ。遅かれ早かれ、いずれは耳に入るんだ。お前が気にする事ないよ」
 安藤の言葉に元秋はそう言った。
 「そうか、じゃあもう少し調べてみるか」
 安藤が言った。

 次の日金曜日の朝は雨降りだった。
 雨が降ってるから奈々も川原に来ないだろう。土日を挟んで、月曜まで三日ある。会わないで考えるのに丁度良い時間だ。
 そう考えて元秋は今朝はランニングを中止し、川原には行かなかった。

 川原にはフリル付きの水色の傘を差して、奈々がいつもの様に来ていた。
 川の側に立ち、一人で川を眺めていた。
 「雨降り・・フリルの傘・・・広げ・・」
 小声で歌を歌っていた。
 涙を流しながら、微笑んで。


     つづく

 
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