彼女の音が聞こえる (改訂版)

孤独堂

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第十九話 電車でGO

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 それからの木・金は朝夕、奈々に会っても元秋は何も質問しなかった。
 そして金曜日の別れ際に奈々が言った。
 「じゃあ明日、この駅前で八時ね」
 「え、朝川原には行かないの?」
 元秋は尋ねた。
 「だって明日はピクニックだよ。お弁当作んなきゃ」
 「そうか」
 その事を完璧に忘れていた元秋は苦笑いしながら言った。
 「大丈夫?忘れないでよ」
 心配になった奈々が尋ねた。
 「大丈夫、大丈夫。そっちこそ約束忘れるなよ」
 「何の約束?」
 「は?」
 元秋は一瞬固まって、しかし、障害で忘れっぽいというのもあるし、でも奈々は変に記憶力良いし、こういう時どう対処すれば良いんだ?と悩んだ。
 「嘘だよー。ちゃんと覚えてるから」
 元秋が悩み込んだ顔をニコニコしながら見て、奈々は言った。
 「ホントに?」
 元秋は半信半疑で聞く。
 「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ。何でも私の事教えるって約束。でも、Hな質問とかスリーサイズとか聞くのはナシね」
 「ああ、ちゃんと覚えてたんだ」
 「元秋君、私が忘れてるかもと思って、色々考えたでしょ?障害の所為とか。で、なんて声掛けようかって。顔に全部書いてあった。優しいね。ありがとう」
 奈々は微笑みながら元秋に一礼した。
 「そんなの普通だよ」
 元秋は照れくさそうに言った。
 「それより俺の顔って、そんなに表情に出てた?」
 「うん!ばっちし!」
 そう言うと奈々はVサインをした。
 「マジかー」
 それから直ぐに電車の時間で、元秋と奈々は別れた。

 次の日の朝(土曜日)八時、駅前。
 元秋より先に奈々が来ていた。
 「待った?」
 「ううん、ちょっとだけ。じゃあ行こう」
 奈々はそう言うとトートバッグを肩に背負い、スタスタと駅の方へ向かって歩き出した。
 「ちょっと」
 慌てて元秋も後を歩く。
 今日の奈々の服装は中に白いブラウス、表は黒いワンピースだった。全身真っ黒の中に首周りの白い襟が唯一色違いになって顔を目だ立たせていた。
 『ホントに可愛いや』
 元秋は思わず奈々に見惚れていた。

 奈々は定期で、元秋は切符を買い、二人は改札を抜けてホームへ向かい、電車が来るまでの時間を過ごした。
 「それで、何処に行くの?」
 元秋が尋ねた。
 「私の町」
 ホームのベンチに座りながら奈々が答えた。
 「は?奈々の街?まさか実家に挨拶とかじゃないよね」
 「違うよ。元秋君、ホントに顔に出過ぎ。慌ててんの丸見えだよ」
 奈々は少し笑いながら言った。
 「まだ電車来るまで十分以上あるから、元秋君も座ったら」
 奈々に言われ、元秋は隣に座った。
 「そうだよな。流石に実家はないよな」
 「もしかしてビビッてる?ウチに行くの嫌だ?」
 元秋の言葉に奈々が尋ねた。
 「そんな事ないけど」
 元秋の言葉に奈々は反応せず、少し間を空けてから言った、
 「もし、元秋君が別れたくなったら直ぐ言ってね」
 「えー!」
 元秋は奈々の言葉に驚いた。
 「何で急にそんな事言うんだよー」
 「私たまに凄く愛情が気になっちゃうの。今はどうだろう、今はどうだろうて。それでいつも好きなのか嫌いなのか、はっきりして貰いたくなっちゃう。あー上手く言えないけど、言ってる事伝わってる?元秋君と居て凄く幸せなのに、凄く不安なの」
 「つまり俺が今、奈々の事を好きかどうかって事?」
 元秋の言葉に奈々は黙って頷いた。
 「好きに決まってるだろ。無茶苦茶大好きだよ」
 元秋がそう言うと奈々の表情が急速に笑顔に戻った。
 『実家の話で俺がビビッてると思って、急に不安になったんだな。こういう子と付き合う時はそういう所にも気を付けないといけないのか』
 元秋は少しずつ覚えて慣れていこうと思った。

 「お墓参りしたいの」
 気持ちの落ち着いた奈々が言った。
 「お墓参り?」
 元秋が繰り返す。
 「北村颯太君の、あの両足を失った幼馴染の」
 「え、あの病院の幼馴染?なんで」
 元秋は急に重い気分になった。正直その病院の話は聞きたくなかったからだ。
 「あ、電車来た」
 ホームに電車が滑り込んで来て、奈々は立ち上がりながら言った。


    つづく
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