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第一章 帰ってきた幼馴染
紅里の告白(2)
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ベンチから立ち上がり、紅里の両手をそっと取る。
「真白……?」
「失敗どころか……大成功だよ。わたしは失敗も成功もしてない。なんにもしなかった十年間だった。周りの人がどんなにわたしにいろいろ言ってくれても、なんにも動こうとしなかった。黄太郎にも紅里にも、知らないうちにいっぱい傷つけてしまってた。わたしはずっと、ダメダメ人間だったんだよ」
「そんな、ことは……」
「ううん。そうだったの。でも、青司くんがまたここに帰ってきてくれて、ようやくもう一度チャンスが巡ってきた。紅里や黄太郎にも、もう一度ちゃんとしろって言われて、ようやくもう一度前に進もうって思えたんだよ。それは、やっぱり自分ひとりじゃできなかったことなの」
紅里がわたしをじっと見上げている。
その目がうるんでいるのを、わたしも泣きそうな思いで見つめていた。
「紅里が……ずっと、わたしにはできなかったことを頑張ってやってきてくれたから、わたしも紅里みたいに頑張ろうって……頑張んなきゃって、思えたんだよ。きっかけは青司くんが帰ってきてくれたことだったけど……でも、紅里が頑張ってこなかったら、わたしはたぶん今みたいにもう一度動こうって、もう一度やり直そうなんて思えなかった」
「真白……」
「だから、絶対失敗なんかじゃない! 紅里はまた、必ず別の夢を見つけられる。そうできるって信じてる。なんなら、青司くんに今から告白しに行ったっていい。わたしに遠慮なんかしなくていいんだよ。なんでもやって。なんでも試してみて。だから、二度と後悔しないでほし……」
そこまで言うのが限界だった。
わたしは涙があふれてあふれて、しかたがなかった。
だって、紅里がいたからこれまで生きてこられたんだ。紅里はいつもわたしを励ましてくれた。友人もやめないでいてくれて、ずっと側にいてくれてた。
わたしはそんな優しくて、頑張り屋の紅里に自分を重ねて、できないことを代わりにやってくれてるみたいに勝手に思ってた。
わたしはなんにもできないけど、できる紅里を応援することで、なんとか生きる気持ちをつないでいたんだ。
そんな、恩人とも呼べる親友に、こんなことくらいで不快になんてなったりしない。
「まーた、そんなこと言って……。あ、あんたこそ、後悔しても遅いんだからね! あたしが……もし青司くんに告白して、OKもらっちゃったら……ど、どうすんのよ!」
紅里もぼろぼろと泣きながら言う。
「それは……そのときだよ。でももしそうなったとしても、またわたしもチャレンジするから、いい……」
「あ、あははは! そ、それなら……それならいいね。わかった。ふふふふ……」
ぐいっと手を引かれて、紅里がわたしに抱き付いてくる。
そしてそのまま声を殺して泣いた。
わたしはそんな紅里の後頭部にそっと手を置く。
「紅里……。ありがとう、話してくれて……」
「うっ……そんな、それは……こっちこそだよ。ありがとう、真白」
しばらくすると顔を上げて、にっと笑顔を見せる紅里。
服の袖で涙を拭き、今度はさっぱりしたような口調で言う。
「で、本当のところ、あんたたちの仲はどうなってんの?」
「へ?」
「さっきのは冗談よ。この間たまたま見ちゃったけどさ、あんたたちめちゃくちゃ仲良さそうじゃない。割り込む隙なんて、ないわよ」
「あ、あわわ……」
見ちゃった、とはどのことを言ってるのだろうか。
まさかキスしちゃったところとか?
いや、どんなときかまったくわからない。でも、そう見えてしまったのならどうしようもなかった。
「動揺しすぎ。まあ、取って食やしないから、この紅里さんに洗いざらい話してみなさい?」
「は、はい……」
わたしはそうして今までのなりゆきを紅里に話した。
お互いに好意を伝え合っているけれど、まだ再会してそんなに経っていないのでなんとなく付き合うのは保留にしていること。それでもいろいろなことが重なって、距離がどんどん近くなってしまってること。そして……。
「あーハイハイ。もう、わかった。お腹いっぱいです。てかそんな状態ならもう付き合っちゃえよ……」
「えっ? いや、そんなこと……まだ心の準備が……」
「んなこと言って。あたしじゃなくても開店したらお客さんにちょっかいかけられるかもしれないんだよ? そんな悠長にかまえてて、いーのかな?」
「そ、それは……」
わたしはすとんとまたベンチに座ると、大きなため息をついた。
「はあ。だって……青司くん相変わらずかっこ良すぎて……しかもすごい画家さんになってるし……釣り合わないんじゃないかって思っちゃうんだもん」
「はあ?」
「お店が成功するように、全力で頑張るよ? でも、もし恋人になったら……すごく迷惑かけちゃったりして面倒くさい存在になっちゃわないかなって……」
「そんなの、青司くんが判断することじゃん」
「そうなんだけど……」
もう一度ため息をつくと、「ヨシ!」という元気なかけ声が突然横から聞こえてきた。
見ると紅里が立ち上がっている。
「え? 紅里?」
「やっぱさっきの冗談ってのナシ! さっそくあたし青司くんに告白しに行こーっと」
「ええっ?」
「なに? さっき遠慮するなって言ったじゃん」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ問題ないよね」
てくてくと紅里は歩き出し、少し離れたところに停めてあった自転車にまたがった。
「あ、あの、本当に告白しに行くの?」
「そうだけど? なに、なんか文句ある?」
「いや、な……無い、けど……」
「ふふっ。真白、安心してよ。本当は告白しに行くわけじゃないからさ」
「えっ? ほ、本当は……?」
「ふふ。本当は、真白の代わりにあたしを雇わないかって、言いに行くんだよ」
「えええっ!?」
今度こそ驚いた。
本当に紅里はなにを言い出すんだろう。
さすがに焦った。
「え、ちょっと待って。紅里……それは」
「待たないよー」
シャーッとペダルを漕いで公園を出る。
行き先は、たぶん青司くんの家だ。
わたしは急いで紅里を追いかけた。
「ちょっと。紅里、本気!?」
「そうだよー。でもいいじゃない。決めるのはあくまでも青司くんなんだからさ。言うだけ言ったっていいでしょ? 断られるんだったら断られてもいいし。てか真白、あんたまだ前の職場辞められないんじゃなかったの? 新人が補充されるまでは辞められないって言ってたよね?」
「そ、それは……」
「そのあいだ、あたしが真白の代わりに働いてあげればさー、青司くんも助かるんじゃないのかなー。ちょうどあたしも次の仕事を探してる最中だったし。まさにぴったりな条件だと思うんだ」
「ま、待って。待ってよ紅里!!」
ひときわそう大声で叫ぶと、紅里はキキッとブレーキをかけてくれた。
わたしはようやく追いつき、紅里の横に並ぶ。
「待って、って言った? 真白」
「うん。言った。待ってって。お願い、それだけは……」
「お願い? どうして? なんでそこまで言われなきゃならないの? 別にやましい気持ちなんてないんだよ? 働かせてって言うだけ。さっき好きだって言ったけど、勝ち目はないんだって思ってるし。逆に真白はどうしてそこまであたしを引き留めるのよ」
「それは……」
わたしは息を整えると、言いづらかった言葉を一息に言った。
「それは、今の居場所を取られたくないからだよ!」
言った後、猛烈に顔と体が熱くなった。
熱に耐えられなくて、わたしは巻いていたマフラーを外した。
「まだわたしだけの青司くんでいてほしいの……。開店したら、紅里の言うようにお客さんから好意をもたれるかもしれない。それは、それで仕方ないと思う。でも……それまでは……わたしだけの青司くんでいてほしい。だって、だって十年間思いつづけてきたんだよ? 昼も夜も青司くんのことばかり考えて。もう二度と会えないって……思ってたのに。ようやく、ようやく会えたんだから……」
「うん。そうだね。それは、わかってるよ。でも、現実問題、真白はちゃんとそこで働けるって確約できてないよね? お互いの関係だって、きちんと確定できてないよね?」
「それは……」
「あんたの気持ちは、その程度なのかって言ってるんだよ!」
強くそう叫ぶ紅里に、わたしは圧倒された。
何も言えないでいると、紅里はまたペダルを漕ぎはじめる。
待って。待って。行かないで。
「違う。違うよ、紅里……」
わたしはまた追いかける。
どうしてそこまで引き留めようとするのか。わたしは、どうしたらいいのか。わからないまま、追いかける。
やがて、紅里とわたしは青司くんの家の前まで来てしまった。
日も暮れて、あたりはだいぶ薄暗くなりはじめている。
家の中の明かりが外まで漏れていた。
「さ、着いちゃったよ。何か言うことがあるなら、最後に聞いておくけど」
紅里がそんなことを言う。
でもこれはきっとすべて……。
「わかってる。紅里がここまでわたしを追い込むのは……わたしのためなんだって」
「……」
紅里は何も言わない。
ということは図星、ってことだ。
「紅里はいつもそう。そうやって、わたしを励まして、後押ししてくれてた。いつもそれに応えられなかったけど……でももうそんなことしない」
「そう? で、どうするつもりなの?」
「新人が入らなくても、もう辞める。それから……青司くんにもう一度、ちゃんと告白するよ」
「……」
紅里はそれを聞くと、くるりと自転車の向きを変えた。
「そう。なら……あたしはあんたが今働いているレストランに、面接に行ってみようかな。あたしに合わなそうなら、親戚とか知り合いを紹介してみるけど」
「あ、紅里……!」
やっぱり、紅里は紅里だった。
なんてすばらしすぎる友だろう。本当に、わたしにはもったいないくらいの人だ。
「じゃあ、近々プレオープンがあるだろうからね、今度はそこで会いましょう」
「え?」
「なに、聞いてないの? 今日一斉に、青司くんから喫茶店への招待メールが送られてきたんだけど……。あんたが青司くんにアドレス教えたって言ってたから驚きはしなかったけど、いったいどんな店になってるのか、楽しみね」
「……?」
紅里は白い壁の洋館を見上げてそう言った。
わたしは青司くんがいつのまにそんなことをしていたのかと唖然とする。
「じゃあね。おやすみ」
「あ、うん……おやすみ、紅里」
別れの言葉を交わすと、紅里の自転車がゆっくりと遠のいていった。
わたしは気持ちを落ち着かせ、自宅へと戻る。
「おかえり。真白……?」
「ただいま。ちょっと、用事があるからご飯あとにするね」
「あ、うん。それはいいけど……」
玄関を上がり、出くわした母に先にそう言うと、わたしはさっそく二階に駆け上がった。
今朝やり残していたものと向き合う。
机の上の青司くんの肖像画。
これを、今夜中に仕上げようと思った。
「いい加減、覚悟を決めないとね……」
「真白……?」
「失敗どころか……大成功だよ。わたしは失敗も成功もしてない。なんにもしなかった十年間だった。周りの人がどんなにわたしにいろいろ言ってくれても、なんにも動こうとしなかった。黄太郎にも紅里にも、知らないうちにいっぱい傷つけてしまってた。わたしはずっと、ダメダメ人間だったんだよ」
「そんな、ことは……」
「ううん。そうだったの。でも、青司くんがまたここに帰ってきてくれて、ようやくもう一度チャンスが巡ってきた。紅里や黄太郎にも、もう一度ちゃんとしろって言われて、ようやくもう一度前に進もうって思えたんだよ。それは、やっぱり自分ひとりじゃできなかったことなの」
紅里がわたしをじっと見上げている。
その目がうるんでいるのを、わたしも泣きそうな思いで見つめていた。
「紅里が……ずっと、わたしにはできなかったことを頑張ってやってきてくれたから、わたしも紅里みたいに頑張ろうって……頑張んなきゃって、思えたんだよ。きっかけは青司くんが帰ってきてくれたことだったけど……でも、紅里が頑張ってこなかったら、わたしはたぶん今みたいにもう一度動こうって、もう一度やり直そうなんて思えなかった」
「真白……」
「だから、絶対失敗なんかじゃない! 紅里はまた、必ず別の夢を見つけられる。そうできるって信じてる。なんなら、青司くんに今から告白しに行ったっていい。わたしに遠慮なんかしなくていいんだよ。なんでもやって。なんでも試してみて。だから、二度と後悔しないでほし……」
そこまで言うのが限界だった。
わたしは涙があふれてあふれて、しかたがなかった。
だって、紅里がいたからこれまで生きてこられたんだ。紅里はいつもわたしを励ましてくれた。友人もやめないでいてくれて、ずっと側にいてくれてた。
わたしはそんな優しくて、頑張り屋の紅里に自分を重ねて、できないことを代わりにやってくれてるみたいに勝手に思ってた。
わたしはなんにもできないけど、できる紅里を応援することで、なんとか生きる気持ちをつないでいたんだ。
そんな、恩人とも呼べる親友に、こんなことくらいで不快になんてなったりしない。
「まーた、そんなこと言って……。あ、あんたこそ、後悔しても遅いんだからね! あたしが……もし青司くんに告白して、OKもらっちゃったら……ど、どうすんのよ!」
紅里もぼろぼろと泣きながら言う。
「それは……そのときだよ。でももしそうなったとしても、またわたしもチャレンジするから、いい……」
「あ、あははは! そ、それなら……それならいいね。わかった。ふふふふ……」
ぐいっと手を引かれて、紅里がわたしに抱き付いてくる。
そしてそのまま声を殺して泣いた。
わたしはそんな紅里の後頭部にそっと手を置く。
「紅里……。ありがとう、話してくれて……」
「うっ……そんな、それは……こっちこそだよ。ありがとう、真白」
しばらくすると顔を上げて、にっと笑顔を見せる紅里。
服の袖で涙を拭き、今度はさっぱりしたような口調で言う。
「で、本当のところ、あんたたちの仲はどうなってんの?」
「へ?」
「さっきのは冗談よ。この間たまたま見ちゃったけどさ、あんたたちめちゃくちゃ仲良さそうじゃない。割り込む隙なんて、ないわよ」
「あ、あわわ……」
見ちゃった、とはどのことを言ってるのだろうか。
まさかキスしちゃったところとか?
いや、どんなときかまったくわからない。でも、そう見えてしまったのならどうしようもなかった。
「動揺しすぎ。まあ、取って食やしないから、この紅里さんに洗いざらい話してみなさい?」
「は、はい……」
わたしはそうして今までのなりゆきを紅里に話した。
お互いに好意を伝え合っているけれど、まだ再会してそんなに経っていないのでなんとなく付き合うのは保留にしていること。それでもいろいろなことが重なって、距離がどんどん近くなってしまってること。そして……。
「あーハイハイ。もう、わかった。お腹いっぱいです。てかそんな状態ならもう付き合っちゃえよ……」
「えっ? いや、そんなこと……まだ心の準備が……」
「んなこと言って。あたしじゃなくても開店したらお客さんにちょっかいかけられるかもしれないんだよ? そんな悠長にかまえてて、いーのかな?」
「そ、それは……」
わたしはすとんとまたベンチに座ると、大きなため息をついた。
「はあ。だって……青司くん相変わらずかっこ良すぎて……しかもすごい画家さんになってるし……釣り合わないんじゃないかって思っちゃうんだもん」
「はあ?」
「お店が成功するように、全力で頑張るよ? でも、もし恋人になったら……すごく迷惑かけちゃったりして面倒くさい存在になっちゃわないかなって……」
「そんなの、青司くんが判断することじゃん」
「そうなんだけど……」
もう一度ため息をつくと、「ヨシ!」という元気なかけ声が突然横から聞こえてきた。
見ると紅里が立ち上がっている。
「え? 紅里?」
「やっぱさっきの冗談ってのナシ! さっそくあたし青司くんに告白しに行こーっと」
「ええっ?」
「なに? さっき遠慮するなって言ったじゃん」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ問題ないよね」
てくてくと紅里は歩き出し、少し離れたところに停めてあった自転車にまたがった。
「あ、あの、本当に告白しに行くの?」
「そうだけど? なに、なんか文句ある?」
「いや、な……無い、けど……」
「ふふっ。真白、安心してよ。本当は告白しに行くわけじゃないからさ」
「えっ? ほ、本当は……?」
「ふふ。本当は、真白の代わりにあたしを雇わないかって、言いに行くんだよ」
「えええっ!?」
今度こそ驚いた。
本当に紅里はなにを言い出すんだろう。
さすがに焦った。
「え、ちょっと待って。紅里……それは」
「待たないよー」
シャーッとペダルを漕いで公園を出る。
行き先は、たぶん青司くんの家だ。
わたしは急いで紅里を追いかけた。
「ちょっと。紅里、本気!?」
「そうだよー。でもいいじゃない。決めるのはあくまでも青司くんなんだからさ。言うだけ言ったっていいでしょ? 断られるんだったら断られてもいいし。てか真白、あんたまだ前の職場辞められないんじゃなかったの? 新人が補充されるまでは辞められないって言ってたよね?」
「そ、それは……」
「そのあいだ、あたしが真白の代わりに働いてあげればさー、青司くんも助かるんじゃないのかなー。ちょうどあたしも次の仕事を探してる最中だったし。まさにぴったりな条件だと思うんだ」
「ま、待って。待ってよ紅里!!」
ひときわそう大声で叫ぶと、紅里はキキッとブレーキをかけてくれた。
わたしはようやく追いつき、紅里の横に並ぶ。
「待って、って言った? 真白」
「うん。言った。待ってって。お願い、それだけは……」
「お願い? どうして? なんでそこまで言われなきゃならないの? 別にやましい気持ちなんてないんだよ? 働かせてって言うだけ。さっき好きだって言ったけど、勝ち目はないんだって思ってるし。逆に真白はどうしてそこまであたしを引き留めるのよ」
「それは……」
わたしは息を整えると、言いづらかった言葉を一息に言った。
「それは、今の居場所を取られたくないからだよ!」
言った後、猛烈に顔と体が熱くなった。
熱に耐えられなくて、わたしは巻いていたマフラーを外した。
「まだわたしだけの青司くんでいてほしいの……。開店したら、紅里の言うようにお客さんから好意をもたれるかもしれない。それは、それで仕方ないと思う。でも……それまでは……わたしだけの青司くんでいてほしい。だって、だって十年間思いつづけてきたんだよ? 昼も夜も青司くんのことばかり考えて。もう二度と会えないって……思ってたのに。ようやく、ようやく会えたんだから……」
「うん。そうだね。それは、わかってるよ。でも、現実問題、真白はちゃんとそこで働けるって確約できてないよね? お互いの関係だって、きちんと確定できてないよね?」
「それは……」
「あんたの気持ちは、その程度なのかって言ってるんだよ!」
強くそう叫ぶ紅里に、わたしは圧倒された。
何も言えないでいると、紅里はまたペダルを漕ぎはじめる。
待って。待って。行かないで。
「違う。違うよ、紅里……」
わたしはまた追いかける。
どうしてそこまで引き留めようとするのか。わたしは、どうしたらいいのか。わからないまま、追いかける。
やがて、紅里とわたしは青司くんの家の前まで来てしまった。
日も暮れて、あたりはだいぶ薄暗くなりはじめている。
家の中の明かりが外まで漏れていた。
「さ、着いちゃったよ。何か言うことがあるなら、最後に聞いておくけど」
紅里がそんなことを言う。
でもこれはきっとすべて……。
「わかってる。紅里がここまでわたしを追い込むのは……わたしのためなんだって」
「……」
紅里は何も言わない。
ということは図星、ってことだ。
「紅里はいつもそう。そうやって、わたしを励まして、後押ししてくれてた。いつもそれに応えられなかったけど……でももうそんなことしない」
「そう? で、どうするつもりなの?」
「新人が入らなくても、もう辞める。それから……青司くんにもう一度、ちゃんと告白するよ」
「……」
紅里はそれを聞くと、くるりと自転車の向きを変えた。
「そう。なら……あたしはあんたが今働いているレストランに、面接に行ってみようかな。あたしに合わなそうなら、親戚とか知り合いを紹介してみるけど」
「あ、紅里……!」
やっぱり、紅里は紅里だった。
なんてすばらしすぎる友だろう。本当に、わたしにはもったいないくらいの人だ。
「じゃあ、近々プレオープンがあるだろうからね、今度はそこで会いましょう」
「え?」
「なに、聞いてないの? 今日一斉に、青司くんから喫茶店への招待メールが送られてきたんだけど……。あんたが青司くんにアドレス教えたって言ってたから驚きはしなかったけど、いったいどんな店になってるのか、楽しみね」
「……?」
紅里は白い壁の洋館を見上げてそう言った。
わたしは青司くんがいつのまにそんなことをしていたのかと唖然とする。
「じゃあね。おやすみ」
「あ、うん……おやすみ、紅里」
別れの言葉を交わすと、紅里の自転車がゆっくりと遠のいていった。
わたしは気持ちを落ち着かせ、自宅へと戻る。
「おかえり。真白……?」
「ただいま。ちょっと、用事があるからご飯あとにするね」
「あ、うん。それはいいけど……」
玄関を上がり、出くわした母に先にそう言うと、わたしはさっそく二階に駆け上がった。
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