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一日目
第3話 「サンダロス伯爵邸」
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「よし、慎重に運べ!」
馬車が停まると、少女の入った木箱が動かされ始めた。
またすばやく蓋を閉めておいたので、中身がわからないようになっている。そのまま、レイリー商団の三人はえっちらおっちらと、大きな箱を幌の外へと運び出していった。
目の前には、二階建てのレンガ造りの建物がそびえたっていた。
この街周辺を統治する領主、サンダロス伯爵の屋敷だ。
庭先の樹木は丁寧に刈り込まれ、色とりどりの花がいたるところに咲き乱れていた。
ハンスは近くにあった馬止め用の杭に手綱をくくりつけると、また木箱の元へと戻る。
老執事が建物の入り口で待ち構えており、レイリーたちを手招きしていた。
「早く。こっちです」
玄関を抜け、大広間を通り、何人ものメイドたちとすれ違う。長い廊下を延々歩いていくと、やがて一番奥と思われる部屋へ案内された。
「では、旦那様をお呼びしてまいります。それまでこちらでお待ちください」
「へい……」
あまりの部屋の豪華さに、レイリーは思わず返事がおろそかになる。
高級そうな絨毯が真ん中に敷かれた、ただっ広い部屋。天井はかなり高く、豪奢なシャンデリアが二つもぶらさがっていた。
火の入っていない大きな暖炉に、一面の高窓。日当たりはかなり良い、というか最高だった。
待てと言われても、そこここに置かれている高価そうな調度品に、自分たちのような薄汚れた尻を置けるわけもなく。男たちは立ったまま館の主を待った。
「だ、団長……腕がそろそろしびれてきたんスが……」
「黙って立ってろ」
ひ弱なハンスが音を上げる。だが、迂闊に床に置けないと判断したレイリーは、木箱をかついだままでいることを選んだ。力自慢のグスタフが、疲弊したハンスを気遣う。
「お、俺……二人分持てる。だから、ハンスは少し休んでいい……馬を打ち続けて疲れたろう」
「そ、そんなこと言ってもよ、俺だけ手ぶらでってわけにゃいかねえだろう。いいよ、持つよ」
「お前ら、黙ってろって言っただろうが。もうすぐあのお方がいらっしゃる……」
「へ、へい」
「すいやせん……」
男たちが我慢して待っていると、またあの老執事がやってきた。扉を開け、数名のメイドと、仕立てのいい、きらびやかな衣服を身にまとった男性を連れてくる。
「旦那様。例の『商品』はあちらに。どうぞご確認くださいませ……」
深くお辞儀をしながら主人を促す。
ちらりと男性は執事を見たが、すぐにレイリーたちに視線を戻し、ずかずかと歩み寄ってきた。
白髪交じりの長い黒髪をオールバックにした、壮年の男だった。
猛獣のような威圧的な瞳をしている。
「レイリー、言いたいことはいろいろあるが……まずは『モノ』を見せろ。話はそれからだ」
「ええ、それは話が早くて助かりまさぁ。では、ここに下ろしてもいいんで?」
「ああ、かまわん」
許可を得ると、レイリーたちはようやく木箱を床に置いた。ハンスが耐え切れなくなったように両手を離す。グスタフはまた箱の縁に指をかけると、ぐいっと蓋を取り外した。
そこには黒い布にくるまれた少女が横たわっていた。
おびえた表情で周囲の人間を見まわしている。だが、その目はまぎれもなく深紅の瞳だった。
それをみて、館の主は満足そうな笑みを浮かべる。
「ふむ。どうやら目的の『モノ』で間違いないな」
「はい。たしかにユリオン男爵家の養女です。入念に調べたんで、人違いってことはないですよ」
「そうか……。ならば、多少の不満には目をつぶろう。ご苦労だった、レイリー」
そう言うと、メイドたちに顎をくいとしゃくって見せる。
レイリーの手に、たんまりと金貨が入った麻袋が渡された。袋の紐をゆるめ、中を検めたレイリーは、ニヤリと笑ってそれを懐にしまう。
「たしかに。受け取りやした。今頃ユリオン村は……またもとの不作が始まっていることでしょうよ。まったく罪なお方だ……」
「お前が言うか、レイリー。私はただ、この街を救いたいだけだ。この世界でも数人しかいないという『宝石加護』の力を手に入れるためならば、私はどんな汚い手でも使う」
「汚い……ね。まあ、なんとでも。御用があればまたいつでもお伺いに参りますよ、サンダロス伯爵」
一礼して立ち去ろうとするその背中に、館の主は冷たく言い放った。
「わかっているとは思うが……この件は他言無用だ。もし口外するようなことがあれば……」
背中を向けたまま、レイリーはそれに応える。
「ええ、わかっていますよ。けど、俺の方からも一言だけ……。その娘を狙っているのは、なにも貴方ひとりだけじゃありやせん。なにしろユリオン村に奇跡を起こした実績があるんだ……その『神の子』がまた誰かに狙われるのは必至です。どうぞそれを、ゆめゆめお忘れなきよう」
身の程を知らぬ口をきかれ、伯爵は鼻をならして笑う。
「ふん。たしかにそうだな……せっかく手に入れられたのに、また手放したらかなわん。せいぜい厳重に、警備を強化しておくか。できればもうお前とは顔を合わせたくないものだ」
「ふふっ、また俺が、誰かに頼まれて攫いに来るってことも……あるかもしれやせんからね。そんなことにならないことを、お互い祈っておきましょう。では、そろそろ失礼します。奇跡が……起こるといいですね。この港町にも」
そう言って、レイリーは手下たちを引き連れてすばやく立ち去っていく。
残された伯爵はしばらくその方角を見ていたが、ふと、木箱の中で座り込んでいる少女を見下ろした。
「長旅ご苦労。私はこのサンダロスの港町を治める伯爵、ウイリアム=サンダロスだ。……お前の名は?」
「わたし……わたしは……ガーネット。ガーネット=ユリオン」
蛇ににらまれた蛙のように、少女は身を縮こまらせながら答える。
「……やはり、そうか」
その名に、伯爵は一瞬目を見開く。だが、すぐにまた細めると、無表情に戻った。
「ではなぜここへ、連れてこられたかわかるか? ガーネットよ」
少女は、肩が震えそうになるのを必死で押し込めているようだった。黒いぼろ布を体に巻き付けながらぎゅっと己が身を抱きしめている。
そして言い出すのをしばらく迷った末に、一言だけ答えた。
「……わたしの、力?」
「そうだ。この街にも、お前の力が必要なのだ。『奇跡』を起こしてほしい。その――宝石加護の力で!」
馬車が停まると、少女の入った木箱が動かされ始めた。
またすばやく蓋を閉めておいたので、中身がわからないようになっている。そのまま、レイリー商団の三人はえっちらおっちらと、大きな箱を幌の外へと運び出していった。
目の前には、二階建てのレンガ造りの建物がそびえたっていた。
この街周辺を統治する領主、サンダロス伯爵の屋敷だ。
庭先の樹木は丁寧に刈り込まれ、色とりどりの花がいたるところに咲き乱れていた。
ハンスは近くにあった馬止め用の杭に手綱をくくりつけると、また木箱の元へと戻る。
老執事が建物の入り口で待ち構えており、レイリーたちを手招きしていた。
「早く。こっちです」
玄関を抜け、大広間を通り、何人ものメイドたちとすれ違う。長い廊下を延々歩いていくと、やがて一番奥と思われる部屋へ案内された。
「では、旦那様をお呼びしてまいります。それまでこちらでお待ちください」
「へい……」
あまりの部屋の豪華さに、レイリーは思わず返事がおろそかになる。
高級そうな絨毯が真ん中に敷かれた、ただっ広い部屋。天井はかなり高く、豪奢なシャンデリアが二つもぶらさがっていた。
火の入っていない大きな暖炉に、一面の高窓。日当たりはかなり良い、というか最高だった。
待てと言われても、そこここに置かれている高価そうな調度品に、自分たちのような薄汚れた尻を置けるわけもなく。男たちは立ったまま館の主を待った。
「だ、団長……腕がそろそろしびれてきたんスが……」
「黙って立ってろ」
ひ弱なハンスが音を上げる。だが、迂闊に床に置けないと判断したレイリーは、木箱をかついだままでいることを選んだ。力自慢のグスタフが、疲弊したハンスを気遣う。
「お、俺……二人分持てる。だから、ハンスは少し休んでいい……馬を打ち続けて疲れたろう」
「そ、そんなこと言ってもよ、俺だけ手ぶらでってわけにゃいかねえだろう。いいよ、持つよ」
「お前ら、黙ってろって言っただろうが。もうすぐあのお方がいらっしゃる……」
「へ、へい」
「すいやせん……」
男たちが我慢して待っていると、またあの老執事がやってきた。扉を開け、数名のメイドと、仕立てのいい、きらびやかな衣服を身にまとった男性を連れてくる。
「旦那様。例の『商品』はあちらに。どうぞご確認くださいませ……」
深くお辞儀をしながら主人を促す。
ちらりと男性は執事を見たが、すぐにレイリーたちに視線を戻し、ずかずかと歩み寄ってきた。
白髪交じりの長い黒髪をオールバックにした、壮年の男だった。
猛獣のような威圧的な瞳をしている。
「レイリー、言いたいことはいろいろあるが……まずは『モノ』を見せろ。話はそれからだ」
「ええ、それは話が早くて助かりまさぁ。では、ここに下ろしてもいいんで?」
「ああ、かまわん」
許可を得ると、レイリーたちはようやく木箱を床に置いた。ハンスが耐え切れなくなったように両手を離す。グスタフはまた箱の縁に指をかけると、ぐいっと蓋を取り外した。
そこには黒い布にくるまれた少女が横たわっていた。
おびえた表情で周囲の人間を見まわしている。だが、その目はまぎれもなく深紅の瞳だった。
それをみて、館の主は満足そうな笑みを浮かべる。
「ふむ。どうやら目的の『モノ』で間違いないな」
「はい。たしかにユリオン男爵家の養女です。入念に調べたんで、人違いってことはないですよ」
「そうか……。ならば、多少の不満には目をつぶろう。ご苦労だった、レイリー」
そう言うと、メイドたちに顎をくいとしゃくって見せる。
レイリーの手に、たんまりと金貨が入った麻袋が渡された。袋の紐をゆるめ、中を検めたレイリーは、ニヤリと笑ってそれを懐にしまう。
「たしかに。受け取りやした。今頃ユリオン村は……またもとの不作が始まっていることでしょうよ。まったく罪なお方だ……」
「お前が言うか、レイリー。私はただ、この街を救いたいだけだ。この世界でも数人しかいないという『宝石加護』の力を手に入れるためならば、私はどんな汚い手でも使う」
「汚い……ね。まあ、なんとでも。御用があればまたいつでもお伺いに参りますよ、サンダロス伯爵」
一礼して立ち去ろうとするその背中に、館の主は冷たく言い放った。
「わかっているとは思うが……この件は他言無用だ。もし口外するようなことがあれば……」
背中を向けたまま、レイリーはそれに応える。
「ええ、わかっていますよ。けど、俺の方からも一言だけ……。その娘を狙っているのは、なにも貴方ひとりだけじゃありやせん。なにしろユリオン村に奇跡を起こした実績があるんだ……その『神の子』がまた誰かに狙われるのは必至です。どうぞそれを、ゆめゆめお忘れなきよう」
身の程を知らぬ口をきかれ、伯爵は鼻をならして笑う。
「ふん。たしかにそうだな……せっかく手に入れられたのに、また手放したらかなわん。せいぜい厳重に、警備を強化しておくか。できればもうお前とは顔を合わせたくないものだ」
「ふふっ、また俺が、誰かに頼まれて攫いに来るってことも……あるかもしれやせんからね。そんなことにならないことを、お互い祈っておきましょう。では、そろそろ失礼します。奇跡が……起こるといいですね。この港町にも」
そう言って、レイリーは手下たちを引き連れてすばやく立ち去っていく。
残された伯爵はしばらくその方角を見ていたが、ふと、木箱の中で座り込んでいる少女を見下ろした。
「長旅ご苦労。私はこのサンダロスの港町を治める伯爵、ウイリアム=サンダロスだ。……お前の名は?」
「わたし……わたしは……ガーネット。ガーネット=ユリオン」
蛇ににらまれた蛙のように、少女は身を縮こまらせながら答える。
「……やはり、そうか」
その名に、伯爵は一瞬目を見開く。だが、すぐにまた細めると、無表情に戻った。
「ではなぜここへ、連れてこられたかわかるか? ガーネットよ」
少女は、肩が震えそうになるのを必死で押し込めているようだった。黒いぼろ布を体に巻き付けながらぎゅっと己が身を抱きしめている。
そして言い出すのをしばらく迷った末に、一言だけ答えた。
「……わたしの、力?」
「そうだ。この街にも、お前の力が必要なのだ。『奇跡』を起こしてほしい。その――宝石加護の力で!」
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