魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

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二日目

第6話 「迷子の母子と英雄の石像」

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 塀から飛び降りて、堀の内側に下り立つ。
 小鳥を咥えたまま思うのは、やはりあの赤い瞳の人間のことだ。

 ――――なんで、こんなに気になるんだ?

 黒猫は軽く首をふると、草地を踏み分け、ぐるりと屋敷の正面に回り込んだ。
 そこには唯一の街とのつながりである橋がある。
 番人が二人、門前に立っており、ねずみ一匹通さないといった風情で街の方角を睨んでいた。あそこを通過するのはやはり難しそうだ。一度馬鹿正直にそこを通ってみようとしたのだが、手痛く追い払われた過去がある。

 ――――ボクの魚を、台無しにしたからか?

 黒猫は踵きびすを返して、屋敷の西側へと向かった。
 堀を形成する石垣の一部が崩れている箇所がある。
 そこから下を覗き込むと、大きな岩くれが堀の中に点々と転がっていた。ここしばらく雨が少なかったので、堀の水位もかなり下がっている。

 黒猫は、その水面から顔を出した岩の一部へと跳び下りた。
 屋敷を出入りするときはいつもこうだ。次々に岩を跳び移り、対岸へと到達する。

 街を散策している時に、偶然ここを見つけた。
 もしかしたらあの屋敷に行けるかもしれないと試した結果、運よく成功してしまったのだ。そして、小鳥の絶好の狩場である「中庭」を見つけてしまった。

 以来、何度か侵入している。
 今日も腹が減ったから狩りに来ただけだ。決してあの少女を探しに行ったわけでは……。

 ――――もういい。あの人間のことは忘れよう。それより早くこれを食べなくちゃ。

 再度首を振り、岸辺を歩いていく。
 石造りの橋の下あたりにやってくると、黒猫はようやく咥えていた小鳥を食べ始めた。
 羽だけを吐き捨てて、わずかについている肉をむさぼる。捕まえたばかりなので新鮮だった。血の匂いがまた食欲を掻き立てる。

 あらかた食べ尽くすと、黒猫はようやくひとごこちがついた。
 昨日から大した物を食べておらず、いい加減背中とお腹がくっつきそうだった。口直しに堀の水を少し飲み、また移動する。

 今日も海風が気持ちいい。
 風が吹き渡る路地を進んでいくと、大広場に着いた。
 街の中心部であるここには、多くの道や水路が通じている。昨日、黒猫が幌馬車と出くわした場所もここだった。

 円形の広場には、街路樹がたくさん植わっており、中心には大きな石像も据えられていた。大剣を携えた、大男の像だ。
 ちらりと横目で見ながら、その石像の前を通過していく。
 すると、一人の幼子が前方で泣いているのを見つけた。

「うわーん。おかあさーん!」

 どうやら母親とはぐれてしまったらしい。
 赤い帽子をかぶった子供は、キョロキョロとあたりを見回しながら当てどもなく歩き回っていた。黒猫は気にせずそこを走り抜ける。

 しばらく行くと、道沿いに教会が見えてきた。
 屋根の上には鐘つき堂、真っ白な壁には色とりどりのステンドグラスがはまっている。その前を、女性がふらふらと歩いていた。彼女は何かを必死で探しているようで、よそ見をした拍子に教会の壁にぶつかってしまう。

「痛っ!」
「だ、大丈夫ですか?!」

 それをちょうど教会から出てきた修道女が見つけて駆け寄った。

「え、ええ……大丈夫、です。それより、あの……わたしの子供を見かけませんでしたか?」
「お子さん、ですか?」
「はい。買い物に一緒に出かけていたのですが、はぐれてしまって……まだ5歳なんです。目立つように赤い帽子をかぶせているんですが、いつのまにか見失ってしまって」
「それは大変ですね……。あ、でも、今ちょっと急いでまして。ごめんなさい。一応……ここには来てないですよ。あの、早く見つかるといいですね! それじゃ」
「えっ、あ、はい……ありがとう、ございます」

 修道女は何か用があったらしく、それだけ言うとすぐに離れて行ってしまった。
 女性はかなり落胆した様子で道端に座り込む。
 忙しい人間は「人探し」などというやっかい事にはかまってはいられないのだろう。当然だな、と黒猫は思う。そしてまたその場を通り過ぎようとしたが……ふと立ち止まった。

 ――――もしかして、それってさっきの……?

 振り返り、しばらく考え込む。

 ――――どうする? 教えてやるか? でも、別にボクがやってやる必要は……。

 その時、遠い昔の記憶が脳裏に浮かび上がってきた。
 母猫が自分を置いてどこかへ行ってしまった日。さっきの子供のようにずっとこの街中を探し回っていた。けれど、結局どこにもいなかった。その日から黒猫はひとりで生きていかねばならなくなった。突然訪れたあの寂しさは今も胸を苦しくさせる。
 黒猫は地面をじっと見つめていたが、やがて意を決すると歩き出した。

「にゃーお……」

 声を出して、自分が側にいることに気付かせる。女性は、足元から聞こえる猫の鳴き声にハッと顔を上げた。

「ね、猫? な、何の用よ、わたしに……」
「にゃーお」
「えっ? た、食べ物なんて持ってないわよ? わたしはアンタに用はないの。は……早く、あの子を探さなくちゃ……」

 女性は壁に手をつくとゆるりと立ち上がった。
 だが、子供がいた広場の方とはあさっての方向へ歩いていく。

「にゃーお!」

 そっちじゃないと女性の前に立ちはだかる、今度は威嚇するように大きな声で鳴いてみた。
 立ち止まった女性は怒ったように言う。

「何? もう邪魔よ! どっか行って!」
「にゃー! にゃーお!」

 ぐいぐいと女性の長いスカートのすそを咥え、広場の方に誘導する。女性は黒猫を払いのけようとしたが、服を破かれたくないと思ったのか、徐々に広場の方へと移動していってくれた。
 やがて、例の石像が見える位置までやってくると、さっきの子供がこちらを向く。

「あ、おかあさんだ! おかあさーん!!」

 鼻水や涙でぐしょぐしょになった顔で近づいてくる。
 女性はその姿を見るや、たちまちその子に駆け寄った。

「ああ、良かった。もうどこに行っていたの。お母さん探したのよ!」
「ご、ごめんなさいいいぃ! うわーん!」

 ひしと抱き合うと、女性は子供を落ち着かせるように背中をさすりはじめる。

 「ああ、良かった、本当に。けがはない?」
 「うん。あの、おかあさん……いなくなって、本当に、ごめんなさい……」

 ずっとしゃくりあげている子供に苦笑しながら、女性はそれでもどこかホッとしているようだった。ふと、足元の黒猫に視線が向く。

「ああ、そういえば、あなた……ありがとう。もしかして、この子のこと教えてくれたの? でも……どうしてわかったのかしら。不思議な猫ね」
「おかあさん?」
「ああ、この黒猫さんがここへお母さんを連れて来てくれたのよ」
「……そうなの? なんか、すごくきれいな目をしているね。お空の色だ……」
「ほんとね」

 母子はそう言って、そろって黒猫を見つめる。
 なんだか照れくさくなった黒猫はそっぽを向いた。

「まるで……そう、あの英雄の瞳みたいね」
「え、えいゆう?」

 子供がなんのこと、というように母親を見上げた。
 女性は目の前にある石像を眺めて言う。

「この石像の人、英雄ファンネーデルっていうのよ。宝石加護の力を持っていたとされている人なの。その力はサファイアの力だと言われているわ。この国を襲った蛮族を、たくさんの兵を率いて打ち滅ぼしたの。冷静で、勝利に向かってまい進し、最後の一人まで決して逃がしはしなかった……邪気を祓う力もあったそうよ。すごい人よね」
「うん! すごいすごい!」
「普通の人の瞳は、茶色か黒色でしかないのだけれど……その人はとても深い青色だったそうよ。この猫さんは……それよりもっと透き通った青ね」

 石像の目の部分には、たしかに青い石がはめ込まれていた。けれど黒猫の目はそれに比べるとかなり薄い色だ。
 黒猫は母子の再会を見届けると、さっさとその場を離れることにした。
 背後では子供がずっと手を振り続けている。

 もともと人間たちがどうなろうとさして気にはならない。
 けれど、かつての幼い自分が救われたようで、黒猫は少しだけ心が軽くなっていた。
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