魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

文字の大きさ
9 / 53
二日目

第8話 「満月の夜に」

しおりを挟む
「では、おやすみなさいませ、ガーネット様」
「うん。おやすみ……ケイト」

 部屋の前でメイドと別れたガーネットは、そっと入り口の扉を閉めた。
 広すぎるほどの部屋の中央には、白い天蓋付きのベッドがある。そこまで歩いていくと、ガーネットは勢いよくその上に倒れ込んだ。

「はあ……疲れた」

 布団の上であおむけになり、ぼーっと天井を眺める。
 今夜も豪勢な食事だった。濃厚なソースがかかった肉料理。野菜のスープに、塩味の効いたパン、色とりどりの果物……。
 かつて暮らしていた村では見たこともないようなものばかりだったので、ガーネットはついつい食べ過ぎてしまっていた。こうして横になってみると若干胸やけがする。胃のあたりを手で撫でさすりながら、ガーネットは小さな声でつぶやいた。

「おいしかったな……けど」

 今のユリオン村の人々のことを思うと、急に申し訳なくなってくる。

「お父様とお母様、どうしているだろう。村の人たちは……畑は……どうなったのかしら」

 かつてガーネットの暮らしていた村は、悪天候が続く決して肥沃とは言えない土地だった。
 作物はうまく育たず、家畜はやせ衰え、食料はいつも不足していた。しかし、ガーネットが村にやって来てからは「奇跡」が起き、わずかな期間だけ豊作となっていたのである。

 けれどそれも、今はどうなっているかわからない。
 その「奇跡」の噂を聞きつけた者によって、自分が攫われてしまったからだ。そして、今現在に至る。
 村の皆は明日がどうなるか心配でたまらない毎日を送っているだろう。それなのに自分だけこのように腹いっぱい食べているなんて、ガーネットはどうにも後ろめたくなっていた。

 サンダロス伯爵。
 彼はガーネットに「この街を救ってほしい」と懇願してきた。いわく、とある病がここで蔓延しているのだと。原因不明の目の病。それを、自分の力で消し去ってほしいと頼んできた。

 虜囚……という身分であるはずなのに、こうして破格のもてなしを受けているのはそのためだ。期待をかけられている証拠である。けれど、正直ガーネットは困惑していた。

「わたしの力が、その病気に効くかはわからない、のに……」

 この屋敷に来てから、ガーネットは毎回食事に招かれている。
 同じ部屋の、同じテーブルにつかされ、伯爵の顔の見える位置で食べさせられていた。ガーネットにとっては非常に居心地の悪いものでしかなかったが、また断れる立場でもなかったため、仕方なく従っていた。

 木の彫刻が美しい壁に囲まれた、広い食堂だった。
 黒光りする長いテーブルの片方には伯爵と、その妻、二人の息子たち。もう片方にはガーネットが座った。

 終始会話はなく、時折ちらりと複数の視線が自分に向けられていた。
 肩身の狭い思いをしながら、ガーネットはひたすら食事を口に運ぶ作業をくりかえす。冷や汗だけが流れ、永遠とも呼べる時間が続いていた。それが、初日から四食連続だ。さすがに気疲れがピークに達し、今後もこれが続くのかと思うとガーネットはひどいめまいに襲われた。

「はあ……村に、帰りたい。お父様……お母様……」

 深いため息とともにそうつぶやくと、ふわりと窓辺のカーテンが揺れる。
 夜風がそよそよと部屋に吹き込んでいた。
 ずっと窓が開いていたのだろうか。ガーネットは気だるげに起き上がると、ガラス戸を閉めに行った。

 暗い室内に、青白い月の光が差し込んでいる。
 ふと窓の外を見上げると満月だった。

「きれい……」

 静かで、穏やかなその光を浴びていると、心が浄化されるようだ。
 煌めく満天の星々。庭の木立の向こうに広がる、明かりの灯ったサンダロスの街。広い海――。そのどれもが美しかった。しばらくそれに見入っていると、ふと、視界の端に「青く光るもの」を見つける。

「ん? あれは……何かしら」

 屋敷をとりまく壁の上に、何かが「いた」。それはじっとこちらを見つめている。青く光っていたのは二つの目玉だ。

「あ……あれは……」

 それを見て、ガーネットは昼間のことを思い出す。
 そうだ。あれは昼間、中庭に来た黒猫だ。
 青い瞳。昨日、幌馬車に飛び込んできた黒猫……あれがまたここに来ているのだ。二度も来るなんて、いったいどうしたわけだろうか。

 「わたしに……用がある、とか? まさかね……」

 首をふりながら、ガーネットは黒猫の動きを見守る。
 黒猫はこちらをじっと見つつ、移動し始めた。壁沿いにぐるりと回り、ゆっくりと屋敷の方へ近づいてくる。

「えっ? そんな……ウソでしょ?」

 壁から屋敷の一階の屋根に飛び移る。そしてさらに壁を駆け上がると、黒猫は二階のバルコニーに飛び乗って来た。ガーネットのいる部屋の隣のバルコニーに、である。
 一歩一歩手すりの上を進み、ついにガーネットのいる窓のバルコニーに到達した。

「ひっ!」

 思わず後ずさりして、ガーネットはその場で尻餅をつく。
 見上げると、月明かりを背にした黒猫がこちらを見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...