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三日目
第16話 「わたしの英雄、ファンネーデル」
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部屋の前まで戻ってくると、ケイトからのお説教が始まった。
「いいですか? ガーネット様」
「はい」
「今後は決して一人では行動なさいませんよう。次からはお手洗いにも、ケイトが同行いたしますので。それを守ってもらえない場合、最終的にはお部屋も共にしなくてはなりませんからね」
「……はい」
「これらはすべて、ガーネット様の身の安全を考えてのことです。まさかマーク様があんな態度に出られるとは……嘆かわしい。そういえば、なぜあのお部屋に?」
「そ、それは……」
「まあいいでしょう。もう遅い時間ですし、また明日お聞きします。お休みなさいませ、ガーネット様」
「おやすみ……ケイト」
部屋の扉を閉めながら、ガーネットは深くため息をついた。
自分でも、まさかマークにあんな風に襲われるとは思わなかった。念のため、部屋の鍵もかけておくことにする。これで明日の朝までは大丈夫だろう。
異性を惑わす力が自分にあるなんて、知らなかった。
気づかなかっただけで、ユリオン村でもそのような影響を周りに与えていたのだろうか?
わからない。
家からはあまり外に出ることがなかったから。
ガーネットは窓辺に近寄ると、まだ庭に黒猫がいないか確かめてみることにした。
乱暴に放り投げられて、どこか怪我をしていないだろうか。窓ガラスを開けると、ベランダにはこちらを気にしながらうろうろしている黒猫がいた。
――――あっ、遅い! 帰ろうかと思ってたんだぞ。
「黒猫さん!」
喜びの声をあげると、黒猫はするりと部屋に入ってくる。
「良かった。戻ってきてくれたのね。あの、さっきの大丈夫? どこも怪我してない?」
――――当たり前だ。あんなので怪我なんてするか。お前こそ、その……。
「大丈夫よ。伯爵と、ケイトがすぐ来たから。助かったわ」
――――そうか。あいつはいったいなんなんだ? なんでお前を襲ってきた。
「さっきの男の人は……伯爵の息子のマークっていうの。わたしの宝石加護の力が、彼をあんな風にさせたみたい。こんなこと、今までなかったのに……」
――――まあ、なんにせよ、たいしたことなくて良かったな。もうあんな無理するな。ボクのことを調べるために……お前がどうにかなったら寝覚めが悪い。
「うん。あの……ありがとう」
――――何? 礼なんて別に言われるようなことしてないけど。
「嘘。助けてくれたじゃない」
――――あ、あれは……あいつがなんかムカついたから引っ掻いてやっただけで……。
ガーネットは微笑んだ。
黒猫の素直じゃない言葉を聞いてると、さっきまでの恐怖がどんどん掻き消されていく。
「ほんとに、ありがとう。ねえあなた、名前はなんていうの? そういえば訊いてなかったわね」
――――名前なんて、ない。
「え? ないの?」
――――ああ、だから、好きに呼んだらいい。
「そう。じゃあ、ファンネーデル」
――――ファンネーデル? ん? たしかその名前って……。
「そう。あなたは、わたしの英雄よ! だから、英雄ファンネーデル……から名前をとったの。どう?」
――――ボクは、そんなんじゃないけど……お前がそう呼びたいんならそう呼べば?
「うん。これからもよろしくね、ファンネーデル!」
――――ああ、えっと……ガーネット。
黒猫が自分の名前も呼んでくれたので、ガーネットは胸が躍った。
この猫は自分だけの英雄だ。わたしの英雄、ファンネーデル。
寂しかったり、怖いこともあったけれど、この黒猫が側にいてさえくれればどうにかここでやっていけそうだった。
「そういえば、あなた……本当に宝石加護の力を持っているのかしら……。それっぽい宝石は特定できたけど……。動物にも、神様からその力を与えられるなんて……やっぱりわからないわよね。さすがに教会の神父様とかに聞かないと……」
――――別に、そんなのどうでもいい。ボクがどんな存在であろうと、ボクはボクだ。美味しい食い物に毎日ありつけりゃ……それでいい。あ、ガーネット、そういや明日の朝ごはん、忘れるなよ? とびきり豪勢なやつ、だからな!
「はいはい。任せて!」
――――じゃあ、そろそろ行くな。
黒猫はそう言ってベランダにまた出て行った。
その背を、ガーネットは呼び止める。
「あのっ……! もしあなたが、宝石加護の持ち主だったら……わたしとあなたでこの街を救えるかも、しれないわ……」
黒猫はしばらく立ち止まった後、しぶしぶといった調子で振り返った。
――――だから。そんなのわからないだろ? 確かなことじゃない。でも、もしそうなら、お前も早く村に……帰れるかもな。
「うん。じゃあ、また明日。おやすみファンネーデル」
黒猫は今度こそ何も言わずに去っていってしまった。
もし、黒猫が宝石加護の力を持っているのなら、何かこの街に奇跡を起こせるかもしれない。
ガーネットは以前教会で聞いた、説話を思い出した。
『二人以上の宝石加護持ちが出会った場合、お互いの力を補助し合ったり、高め合ったりすることがあります。非常に稀なことですが……大きな危難が人々を襲ったとき、教会が把握している宝石加護持ちを一カ所に集めたりします。ですから、教会はとても大事な役目を負っている機関なのですよ』
ユリオン村の外れにもラーレス教の協会があった。
毎週日曜になると、ユリオン男爵夫妻とよく通ったものだ。
あの村の神父は年老いた女性で、よくガーネットのことを心配してくれていた。彼女は今、いったいどうしているだろうか。
急に自分がいなくなったことで、教会本部からなにか言われたりしているかもしれない。
村の人々にとっては、自分の生死すらまだわかっていない。
せめて、自分がここで生きているということだけでも伝えられたらいいのに。
そう思うガーネットだった。
「いいですか? ガーネット様」
「はい」
「今後は決して一人では行動なさいませんよう。次からはお手洗いにも、ケイトが同行いたしますので。それを守ってもらえない場合、最終的にはお部屋も共にしなくてはなりませんからね」
「……はい」
「これらはすべて、ガーネット様の身の安全を考えてのことです。まさかマーク様があんな態度に出られるとは……嘆かわしい。そういえば、なぜあのお部屋に?」
「そ、それは……」
「まあいいでしょう。もう遅い時間ですし、また明日お聞きします。お休みなさいませ、ガーネット様」
「おやすみ……ケイト」
部屋の扉を閉めながら、ガーネットは深くため息をついた。
自分でも、まさかマークにあんな風に襲われるとは思わなかった。念のため、部屋の鍵もかけておくことにする。これで明日の朝までは大丈夫だろう。
異性を惑わす力が自分にあるなんて、知らなかった。
気づかなかっただけで、ユリオン村でもそのような影響を周りに与えていたのだろうか?
わからない。
家からはあまり外に出ることがなかったから。
ガーネットは窓辺に近寄ると、まだ庭に黒猫がいないか確かめてみることにした。
乱暴に放り投げられて、どこか怪我をしていないだろうか。窓ガラスを開けると、ベランダにはこちらを気にしながらうろうろしている黒猫がいた。
――――あっ、遅い! 帰ろうかと思ってたんだぞ。
「黒猫さん!」
喜びの声をあげると、黒猫はするりと部屋に入ってくる。
「良かった。戻ってきてくれたのね。あの、さっきの大丈夫? どこも怪我してない?」
――――当たり前だ。あんなので怪我なんてするか。お前こそ、その……。
「大丈夫よ。伯爵と、ケイトがすぐ来たから。助かったわ」
――――そうか。あいつはいったいなんなんだ? なんでお前を襲ってきた。
「さっきの男の人は……伯爵の息子のマークっていうの。わたしの宝石加護の力が、彼をあんな風にさせたみたい。こんなこと、今までなかったのに……」
――――まあ、なんにせよ、たいしたことなくて良かったな。もうあんな無理するな。ボクのことを調べるために……お前がどうにかなったら寝覚めが悪い。
「うん。あの……ありがとう」
――――何? 礼なんて別に言われるようなことしてないけど。
「嘘。助けてくれたじゃない」
――――あ、あれは……あいつがなんかムカついたから引っ掻いてやっただけで……。
ガーネットは微笑んだ。
黒猫の素直じゃない言葉を聞いてると、さっきまでの恐怖がどんどん掻き消されていく。
「ほんとに、ありがとう。ねえあなた、名前はなんていうの? そういえば訊いてなかったわね」
――――名前なんて、ない。
「え? ないの?」
――――ああ、だから、好きに呼んだらいい。
「そう。じゃあ、ファンネーデル」
――――ファンネーデル? ん? たしかその名前って……。
「そう。あなたは、わたしの英雄よ! だから、英雄ファンネーデル……から名前をとったの。どう?」
――――ボクは、そんなんじゃないけど……お前がそう呼びたいんならそう呼べば?
「うん。これからもよろしくね、ファンネーデル!」
――――ああ、えっと……ガーネット。
黒猫が自分の名前も呼んでくれたので、ガーネットは胸が躍った。
この猫は自分だけの英雄だ。わたしの英雄、ファンネーデル。
寂しかったり、怖いこともあったけれど、この黒猫が側にいてさえくれればどうにかここでやっていけそうだった。
「そういえば、あなた……本当に宝石加護の力を持っているのかしら……。それっぽい宝石は特定できたけど……。動物にも、神様からその力を与えられるなんて……やっぱりわからないわよね。さすがに教会の神父様とかに聞かないと……」
――――別に、そんなのどうでもいい。ボクがどんな存在であろうと、ボクはボクだ。美味しい食い物に毎日ありつけりゃ……それでいい。あ、ガーネット、そういや明日の朝ごはん、忘れるなよ? とびきり豪勢なやつ、だからな!
「はいはい。任せて!」
――――じゃあ、そろそろ行くな。
黒猫はそう言ってベランダにまた出て行った。
その背を、ガーネットは呼び止める。
「あのっ……! もしあなたが、宝石加護の持ち主だったら……わたしとあなたでこの街を救えるかも、しれないわ……」
黒猫はしばらく立ち止まった後、しぶしぶといった調子で振り返った。
――――だから。そんなのわからないだろ? 確かなことじゃない。でも、もしそうなら、お前も早く村に……帰れるかもな。
「うん。じゃあ、また明日。おやすみファンネーデル」
黒猫は今度こそ何も言わずに去っていってしまった。
もし、黒猫が宝石加護の力を持っているのなら、何かこの街に奇跡を起こせるかもしれない。
ガーネットは以前教会で聞いた、説話を思い出した。
『二人以上の宝石加護持ちが出会った場合、お互いの力を補助し合ったり、高め合ったりすることがあります。非常に稀なことですが……大きな危難が人々を襲ったとき、教会が把握している宝石加護持ちを一カ所に集めたりします。ですから、教会はとても大事な役目を負っている機関なのですよ』
ユリオン村の外れにもラーレス教の協会があった。
毎週日曜になると、ユリオン男爵夫妻とよく通ったものだ。
あの村の神父は年老いた女性で、よくガーネットのことを心配してくれていた。彼女は今、いったいどうしているだろうか。
急に自分がいなくなったことで、教会本部からなにか言われたりしているかもしれない。
村の人々にとっては、自分の生死すらまだわかっていない。
せめて、自分がここで生きているということだけでも伝えられたらいいのに。
そう思うガーネットだった。
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