魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

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四日目

第22話 「ガーネットの力」

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「えっと……あの人は、いったい?」

 夕食後、ガーネットはウインザーに連れられてとある部屋にやってきた。
 そこには一脚の椅子があり、誰かが座らせられている。
 金色の巻き毛に、こげ茶のベレー帽をかぶったやせぎすの青年だった。

 とまどうガーネットに、執事のウインザーが説明する。

「あの者は例の『目の病』にかかっています。貴女には、自分が誰かということは伏せたままで、彼を治療してもらいたいのです」
「ええっ? そんな……わたし、自信がありません。前の村ではそういう風に誰かを治したこともないですし……。せいぜい元気にさせるくらいで」

 ガーネットがためらっていると、ウインザーは微笑を浮かべた。

「ものは試しと、やってみるだけです。治すことができればそれが一番良いですが……できなくても別に構いません」
「そ、そうですか……?」
「ええ。ですから、遠慮なく色々やってみてください。直接触れてみるとか……『治療』していると貴女が思うような行動をとってみてください」
「は、はい……」

 ガーネットは意を決して、おずおずと青年の前に進み出た。

「えっと、はじめまして。わたしは……あ、いけない。名乗っちゃいけなかったんだわ」
「はじめまして『先生』。僕は、しながい画家です」
「画家?」
「ええ。『だった』というのが正しいですか。昨日から、ついに完全に見えなくなってしまいましてね……もはやキャンバスに向かうこともできません。治してもらえるなら……ぜひやってください」
「ええと……わたしにできるかどうかはわからないけれど……でも、やってみるわね」

 そうして、ガーネットは青年の目のあたりを、まぶたの上から触ってみた。
 こうして誰かを治そうと試みたことは一度もない。けれど、どうにか治ってほしいという願いを込めて、撫でさする。

「……どう? 何か変化はあった?」

 しばらくして手を離すと、青年は目を開けた。

「相変わらず……見えませんね」
「そう……。ごめんなさい。やっぱりわたしでは……無理みたいね」

 ガーネットは深くため息を吐く。しかし、青年は思わぬことを言った。

「でも……心なしか痛みが引いたような気がします」
「えっ、ほ、本当?」
「はい。失明してから……じくじくと痛み出してきてたんですが……今はもうほとんど気になりません」
「そう、それは……良かったわ」
「先生は不思議な人ですね。ただ手で触られただけなのに、どうして……それに声からしてとてもお若いようだ。貴女はいったい……」

 ガーネットはどう説明したものかと、助けを求めるようにウインザーを見た。
 ウインザーは一歩前に出て、青年に話しかける。

「ジャスパーさん、お疲れ様でした。もう結構ですよ。万が一、快方に向かうことがあれば……また経過をお報せに来てください。我々はいつでも貴方を受け入れます。しかし……先ほども言ったことですが、ここでのことは他言無用です。いいですね?」
「は、はい。ありがとう……ございました。痛みが無くなっただけでも、かなり救われました」

 やや高圧的なウインザーの物言いに、青年はうやうやしく頭を下げる。

「帰りは使用人に送り届けさせます。あ、診療代も要りませんので、ご安心ください」
「そうですか、恩に着ます」
「あくまで、新しい診療方法の臨床試験ですので……。ご協力、感謝いたします。ああ、そうそう……」

 頃合いを見計らってメイドの一人が部屋に入ってきたが、青年を連れて行こうとしたところでウインザーが呼び止める。

「ひとつ、訊いておくのを忘れておりました」
「はい……なんでしょう?」
「目が見えなくなり始める前、なにか変ったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?」
「ええ。誰かに何かをされたとか、変なものを食べたとか、どこかで妙な物を触ったとか……」
「それは……僕の目が見えなくなったことと何か関係があるんですか?」
「そうですね。旦那様はこの病が広まった原因をお探しです。思い出せる範囲で構いません。何かお心当りはありませんか?」

 青年はしばらく考え込むと、ハッと顔をあげた。

「そういえば……いつも川べりで絵を描いていたんですが……妙な人物に会いました」
「妙な人物、ですか?」
「はい。黒いつば広帽子に、長い外套を着ていて……僕の絵を見て褒めてくれたんです。その人の笑顔が、妙に気持ち悪くって……あんな人、この街ではあんまり見たことなかったですし、今思えばあの人と会ってから目が悪くなっていったような……」
「そうですか。ありがとうございます」

 ウインザーが礼を言うと、青年はメイドとともに部屋から出ていった。
 入れ替わるように、違う扉からサンダロス伯爵が出てくる。

「なるほど。やはりその人物が関係しているようだな」
「はい、旦那様……」

 まるで今までの会話をすべて聞いていたかのような言い方だった。ガーネットはそんな伯爵を警戒して、一歩後ずさる。

「ふふっ、そう怯えずとも良い。しかし……驚いた。視力を取り戻すまではいかなかったが、腐敗までは止められたとは」
「ちゃんと治せたか……わかりません。わたしのそばから離れたら……また、悪くなってしまうかもしれないですし」
「よい。ひとまずはお前の能力が嘘ではなかったと、わかればいいのだ。それよりウインザー、その黒衣の女……この街にいるとしたら即刻探し出さねばならんな」
「はい」

 伯爵の言葉にウインザーが深く頭を下げる。

「街の警ら隊に手配書を作成させます。他の者の証言も出ていますし……まずその女が原因かと」
「いったい、どんな手を使っているのだ? 黒づくめの女とは……まるでおとぎ話に出てくる魔女のようではないか」
「旦那様。この街に、呪いでもかけられていると、そうおっしゃられているのですか?」
「ふっ、そうは思いたくはないがな。引き続き、調査と対応を頼む。さて、お前ももう下がって良いぞ、ガーネット。またこのような『治験』をしてもらうことがあるかもしれんが……できるか?」

 冷たい目で見下ろされて、ガーネットはごくりと唾を飲み込んだ。

「ええ……わたしが、少しでも困っている人を救えるなら。神様も、きっとご覧になっているでしょうし……」
「神、か」
「わたしは、できることをするだけです。サンダロス伯爵、あなたもそう……なんでしょう?」
「…………」

 サンダロス伯爵は特に何も答えずに、ウインザーとともに部屋を出て行った。
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