魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

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六日目

第35話 「鳥に運ばれて」

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「とりあえずは、ワタシの言う通りにしてみてください」
「はあ……」

 突拍子もないことを言われて、ファンネーデルは半ば呆れた声を出す。
 鳥を操るなんて、どう考えてもできそうにない。

「なんですか、そのため息は……。ホントに信用がないデスねえ」
「だって、無理だろ」
「無理じゃありません! 彼らの視界を想像してみるんデス」
「想像?」
「ええ。そうすれば、楽にあの鳥たちの視界をアナタの脳に移植することができマス。そうして彼らの視界を操作し、アナタの本体である『目玉』を掴んでもらうんデス。そのまま鳥に運んでもらえば、楽にあの沖まで行けマスよ? さあ、レッツトライ!」
「簡単そうに言うけどなあ……」

 困惑したが、ファンネーデルはとりあえず言われるまま、意識を空の鳥たちに向けてみた。するとそのうちの一羽といきなり視界がつながる。

「うおっ! こ、これが……鳥の視界? なんだこれ! すごく……高い!」

 こことは、まったく違う風景だった。向かい風を受けながら、かなりの高所を飛んでいるのが「見える」。はるか下には、波打つ海面があった。
 ぐるりと方向転換し、鳥は河口付近にいるエアリアルとファンネーデルの近くまでやってくる。

「おお! そうそう、いい感じデスよ~! そんな感じでやっていってくださーい」
「これで……いいのか? ていうか……なんでうまくいったってわかったんだ」
「ワタシは今、アナタと視界のチャンネルを合わせてるんデスよ。だから同じ風景を一緒に見ているんデース」
「そう……なのか。で、ここからどうすればいいんだ?」
「そうデスねえ、このあとは……その鳥サンをこちらに誘導してみましょうカ。幻覚を見せて」
「幻覚を……見せる?」
「ええ。まずはその鳥が普段食べてそうな獲物に変身してみてください。それもイメージするだけでなれますよ~」
「獲物……か」

 ファンネーデルはその言葉に、以前街の広場で魚をかっさらわれたことを思い出した。

「魚……? そうか、あいつらの獲物は……魚だ! 魚になってやればいいんだな?」
「ええ。正確には『アナタが魚になる』という幻覚を見せるのデスがね」
「よくわからないが……やってみる」

 手順は不明だがファンネーデルはなんとなくやってみることにした。
 自分が魚になるところを思い浮かべてみる。すると、ぼんやりと鳥の視界も変化していった。ファンネーデルの姿が、青っぽい鱗を持つ魚に変化していく。

「おおおっ。どうやら、できたみたいだな……」
「そのようデスね。じゃあ、ここにおびき寄せてみてください」
「ああ……。オイ、鳥! 美味そうな魚がここにあるぞ! こっちへ来いッ!」

 心の中でも来いと念じていると、鳥は地上にいるファンネーデル目がけて急降下してきた。
 そして、さっと『それ』を掴んでいく。

「おおおーっ、いいデスよファンネーデル君! さっそくかかりましたネ!」
「やった! って言ってもそれどころじゃ……うわああああっ!!!」

 ファンネーデルは鳥の脚にがっちりと掴まれて、振り回されていた。どんどん上昇していくが、まるでその勢いについていけない。
 地上にいたエアリアルは、それを手を叩きながら応援していた。

「いいデスよ~、ファンネーデル君! そのまま、そのまま~」
「お、お前なあああっ!」
「あ、その後は、今みたいな要領であの沖まで誘導してみてくださーい! 着いた後も同様デース! 離してもらうには鳥の嫌いなものに変身してみると良いデスよ!」
「あっ、オイ、お前は来ないのか?!」」
「ワタシはここでお別れしマース。約束通り、時期がくるまでは姿は見せませんからネ。あとは良く頭を使って、ご健闘くださーい! ではでは!」
「オイ! 待てっ。このままで置いて行くつもりか? オイ、ふざけんなーっ!」

 ファンネーデルが叫ぶ。だが、下を見るとすでにエアリアルの姿は無かった。視点を移せば朝日がまさに水平線から顔を出そうとしているところだった。

 ピィーヒョロロ。
 一声、甲高く鳥が鳴く。ファンネーデルも鳥につられて泣きたくなってきた。

「はあ……ったく、とんでもないヤツだったな。あのエアリアルとかいうやつ……」

 小さく愚痴をこぼすと、ファンネーデルは気持ちを切り替える。
 急いで目下の船を探した。

「あれ、かな……」

 そこには今まさに帆を張って出港しようとしている大型船があった。


 ◇ ◇ ◇


 船の中腹にあたる一室。
 そこではレイリー商団の面々が、ひと時の休息をとっていた。
 捕縛されたガーネットだけが、長椅子の上に横たえさせられている。少女は泣き疲れて眠っていた。

 窓の外では、何人もの乗り組み員たちが甲板を駆け回っている。錨を上げたり、帆を張ったりと、出航準備に忙しない様子だ。

「さて。朝日も昇るし、そろそろ出発だな。お前ら『忘れ物』はないか?」
「へへっ、団長。そんなもの、ないっスよ。誰にも気付かれずにここまで来れましたし、あとはレイブン島までまっしぐらっス!」

 団長のレイニーに続き、細身の男ハンスがニヤニヤと笑う。
 開いた窓から双眼鏡で陸地を観察しているのは、半裸の男、グスタフだ。

「どうやら……追っ手もいない……ようですね」

 サンダロスの沿岸には、警備隊の姿もなければ、こちらを気にする漁師たちの姿もなさそうだった。今の内なら華麗にとんずらができるだろう。

「そうか。そいつぁ、いい……」

 レイリーが満足気に言った瞬間、グスタフが何かを見つけた。

「ん? なんだあれは」

 もっとよく見ようと、双眼鏡を構え直す。だがその時にはもう、「異物」が目の前に迫ってきていた。

「……え?」

 グスタフが驚くのと、「それ」が部屋に突っ込んできたのはほぼ同時だった。

「おらあっ! 離せ、鳥! ボクは『人間』だぞ!」

 少年の怒声があたりに響く。
 そして、甲高い猛禽類の一声。

 グスタフが見たのは、一人の少年だった。
 直前までは鳥「だけ」がこちらに向かっていた。けれど、急にその下に少年が現れたのだ。鳥の脚につかまっていた少年は、グスタフの前でパッとそれを放すと、身一つで飛び込んでくる。

 ぶつかると思ったグスタフは、とっさに避けた。
 少年はごろごろと床を転がり、獣のように四肢をふんばって勢いを殺す。むくりと起き上がると、部屋を見回した。

「ふう……どうやら視界通りの部屋のようだな。……そうだ、ガーネット!」

 少年は長椅子で眠っているガーネットを見て、駆け寄った。
 発見したことでひとまず安堵したようだが、その姿が縄でぐるぐる巻きにされているのを見ると、レイリーたちを殺気のこもった目で睨みつける。

「よくもガーネットを……こんな目に遭わせやがったな! 許さねえぞ、お前ら!」

 青い目をした少年はゆらりと振り返り、レイリーたちの前に立ちふさがった。
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