魔法猫ファンネーデルと宝石加護の娘

津月あおい

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六日目

第46話 「伯爵との再会」

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 昼食を食べ終えると、予定通りガーネットたちは神父、司教と共にサンダロス伯爵の屋敷へと向かった。

 道中、ガーネットは不安そうに表情を曇らせる。
 相変わらず腕の中にいたファンネーデルは心配したが、ついにため息をついた。

「おいガーネット、そんな顔するな。ボクがついてる」
「うん……」
「なんだ、何が不安なんだ? ケイトってメイドのことか? それとも、伯爵の二男のことか」
「どっちもよ。助けたいけど、わたしには結局何もできないのかなって、そう思うとね……」

 ファンネーデルはどう励ましたものかと考え込む。

「まあ、そんな気にするな。誰がどう言おうと、ガーネットの好きなようにやれ。ボクはそれを応援するから……」
「ファンネーデル、ありがとう。うん……わたしの、側にいてね」
「ああ」

 やがて広場にやってきた。
 午前中の奇跡を目の当たりにした人々が、ガーネットたちを遠巻きに眺めている。わらわらとまた集まってきそうになったので、ダニエル神父は人払いをした。

「奇跡はまた明日、行います! 今はダメです。皆様、また明日の午前中、教会へいらしてください!」

 それを聞くと、人々は残念そうにまた散って行く。
 やがて屋敷へ通じる大通りに出ると、目と鼻の先に大きな石造りの門が見えてきた。

「正面から入るのは初めてだな……」

 ファンネーデルはそんな風にこぼす。
 跳ね橋の先には、門番とおぼしき二人の警備兵が立っているが、ケイレブ警備隊長がすでに話を通していたのか、ガーネットたちはすんなり中へと入れてもらうことができた。

 門をくぐり、敷地内へと入る。
 長い石畳の道が続いており、その終着点には大きな玄関扉が見えていた。

「お待ちしておりました」

 老執事が深くお辞儀をしている。

「ウインザーさん……」

 ガーネットがそうつぶやくと、白髪頭は顔を上げ、ちらりとガーネットを見た。

「お戻りになられたのですね、ガーネット様。ですが……もう『お戻りにはならない』のですね」
「はい。わたしはわたしの意思でここへ戻ってきました。でも、もうサンダロス伯爵様の元に……い続けるつもりはありません」
「そうですか……。先ほどケイレブ警備隊長から報告を受けました。街で、ガーネット様が奇跡を起こされたと。あなたはもう、このお屋敷におられなくとも……街を、領民たちを救っていただけるのですね。……旦那様が中でお待ちです。司教様方も、どうぞ」
「恐れ入ります」

 司教と神父が頭を下げると、ウインザーは屋敷の中に一同を案内しはじめた。
 エントランスを抜け、長い廊下を進み、とある広間へと通される。そこにはサンダロス伯爵とその家族が待ち受けていた。

「来たか」

 伯爵は、ガーネットたちに気付くと長椅子から立ち上がった。

「まずは、こちらの手落ちでレイリーたちに攫われてしまったこと、それを詫びよう。済まなかったガーネット」
「…………」

 突然謝られて、ガーネットはどう返事をしていいのか戸惑う。サンダロス伯爵は、そうしている様子に苦笑するとさらに話を続けた。

「どのようにしてやつらから逃れられたのかは知らないが……まずは無事でよかった。そして……そちらはラーレス教の方々ですな?」
「はい。お初にお目にかかります。司教を務めております、アレキサンダーと申します」
「お久しぶりです、サンダロス伯爵」

 司教に続き、神父がそう述べると、伯爵は大きくうなづいた。

「ああ、ダニエル神父。王都の司教様を連れてきたとはな……ついに隠し事がバレてしまったか。私が何をし、そして何のためにこうしてきたのか、もうすでに知り尽くしているのだろう?」
「ええ、サンダロス伯爵。我々は……ここに事実確認をしにきたにすぎません。そして、おそれながらそれ相応の罰を与えにも……参りました」
 「罰? まあ、しかるべき沙汰が下るというようなことは噂で聞いていたがね……」

 サンダロス伯爵は一瞬眉根を寄せると、一同に席を勧めてきた。

「さあ、立っているのもなんだ、かけてくれたまえ」
「では、お言葉に甘えて……」

 司教が中央に座ると、続いて神父、ガーネットが両隣に座った。
 低い大理石のテーブルを挟んで、長椅子が二脚向かい合っている。向かい側には、真ん中に伯爵、その右側に夫人、左に二男のルークが座っていた。

 それぞれ三人程度しか座れないようになっているので、席のあぶれたマークは所在なげに後ろに立っている。
 ガーネットの腕の中に黒猫がいるのを、めざとく見つけて声をあげる。

「あっ、お前、その猫……!」
「にゃああん」

 ファンネーデルは挑発するような鳴き声をあげた。
 案の定、マークは不快そうな顔をする。

「ファンネーデル」

 ガーネットはそれを軽くたしなめながら、気になっていたことをマークに尋ねる。

「あ、あのマーク様。ケイトは……ケイトはどうしているんですか? 銃で撃たれたはずですが、無事なんですか?!」

 マークは口をへの字に曲げると、苦々しい調子で話し出した。

「……あいつは肩に弾を喰らってな。貫通していたからまだ良かったんだが……あまり体調は思わしくない。今は大量に出血した影響で昏睡している。傷口を縫った後高熱も出ていてな……治るまで、持てばいいんだが……」
「そ、そんな……!」

 ガーネットはさっと血の気が引いた。
 そんなにひどい傷を負っていたと聞いて、嫌な汗が背中ににじむ。

 サンダロス伯爵は、動揺しきっているガーネットを無視して、話を再開させた。

「まあ、身内の話はいい。それよりさっそく、事実確認とやらを始めましょうか、アレキサンダー司教」
「え、ええ……」

 軽く流されたことにガーネットは憤った。しかし、司教もあえて何も言わないところを見ると、これ以上でしゃばるべきではないのかもしれない。悔しかったが、ガーネットは黙っていることにした。

 執事が手配したであろう別のメイドが部屋に入ってくる。
 紅茶を人数分テーブルに置いていくその所作を眺めながら、アレキサンダー司教は話し出した。

「あなたは、この街の人々を救うために……このようなことをしたのですね、サンダロス伯爵?」
「ええ。目腐れ病をなんとかするには、その娘を早急に呼び寄せる必要がありました……。あ、どうぞ召し上がってください」

 伯爵は目の前に置かれたカップを手に取ると、客人たちにも勧める。
 アレキサンダー司教は琥珀色の液体をちらりと見たが、すぐにサンダロス伯爵に視線を戻した。

「ある意味、領主として仕方のない行動だった……とも言えますね。ですが、教会側としてはやはり許すわけにはいかない所業です。我々の定めたルールはご存じですか? 手続きの件などは」
「ええ、よく存じておりました。ですが、我々には時間が……」
「目腐れ病にかかる者の数が……いっこうに減らなかった、という件ですね。だから、危機感を感じた。そしてこのような強硬手段に出た、と」
「ええそうです。ですが、最終的には不甲斐ない結果に終わりました……。対策は色々と取っていたつもりでしたが、また別の者がレイリーたちを雇い、宝石加護の娘を奪っていきました」

 伯爵は複雑そうに笑みを浮かべていたが、司教は首を振る。

「……サンダロス伯。なんにせよ、世界の宝とも言える『宝石加護持ちの人間』を不当に略取していたというのは……教会に対する謀反、ひいては王に対する謀反ととられかねない行いなのですよ。あなたには……それ相応の罰が下されるとお覚悟ください」
「ええ。どのような処分であろうとも、私は潔く受ける所存です」
「そうですか……。ではあなたを含め、あなたの一族には今後一切、『宝石加護の恩恵』を受ける権利がなくなります。サンダロス伯」
「……わかりました」

 伯爵はちらりと横にいるルークを見やると、やや寂しそうな表情を浮かべる。
 アレキサンダー司教はそれに気づかないふりをして紅茶のカップを手に取った。

「ああそれと……あなたはユリオン男爵にも、村の損害の補償費を払うよう、王から直々の命が下されています。それも、合わせてご了承ください」
「ユリオン村、ですか。あの村には……そうですな。まだ当然飢饉が訪れているようですからな。わかりました。あと、他には?」

 淡々と自らの運命を受け入れていく伯爵に、神父はついに黙っていられなくなったらしい。姿勢を正し、改めて伯爵に向き直る。

「反省をッ、本当になさっているのですか。サンダロス伯爵……!」

 低く押し殺すような声に、伯爵はきょとんとしていた。

「どうしたんだね……いったい」
「伯爵、あなたはあまりにもッ……! わかっているのですか!」

 ダニエル神父は何かに耐えるようにそう叫んだが、サンダロス伯爵は特に何も感じていない様子だった。

「反省……。ダニエル神父、何か勘違いをしているのではないかね?」
「えっ?」

 目を細めつつ、サンダロス伯爵は毅然と語りはじめた。

「いささか手順が間違っていたことは……認めよう。だがこの街を治める領主として、私はその時できうる限りの最善の方法をとっていた。この行いで私に罰が下ろうとも、下の息子に奇跡の恩恵が与えられなくなったとしても、我が領民たちがそれで助かるのならば、私は構わん。ゆえにその忠告は無意味だ」

 ダニエル神父は、言葉を失っていた。
 司教はその隣で微笑みをさえ浮かべている。 

「ふふふ……さすがはサンダロス伯爵。私が教会の人間でなければ、賞賛の言葉を口にしていたでしょう。サンダロスの領民にとって、これほど頼もしい領主はいなかったでしょうからね……」
「…………」

 そう言って司教ははじめて紅茶に口をつける。
 皮肉と受け取ったのか、伯爵は苦々しい表情を浮かべていた。
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