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八 尾張の悪ガキたち
十一
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恒興は、帰蝶が織田家へ嫁いでから、男なのに足繁く帰蝶の真新しい屋敷に呼ばれるようになった。
なにも恒興が、信長の目を盗んで、帰蝶と不義密通を働いている訳ではない。
「勝三郎、ちょっと、手伝って!」
信長の計らいで、年の近いお善を織田家の仕来りを教える名目で帰蝶の側に置いたのだ。
「勝三郎、いつもすまないわねぇ」
気さくな性格のお善と、気取らない本質で生きる帰蝶は、すぐに心を通わせた。
勝三郎が二人を見ても、まるで仲の良い姉妹のようだ。
同時に、お善の幼馴染みで、信長の子分。母が信長の乳母である恒興は、なにかれにつけ、お善にも帰蝶にも重宝されている。
恒興は、お善が呼ぶように、帰蝶にも幼名の勝三郎と呼ばれるようになった。
帰蝶の連れてきた六十人の女たちは、そのほとんどが信長の子分に嫁ぎ、早い者は腹を大きくした者もある。
帰蝶の輿入れで織田家には、一時の平和が訪れたかに見えた。
「勝三郎おるか!」
信長が、ドタドタと血相変えて庭から入って来た。
「若殿、何ごとにござりまするか?」
信長は、めずらしく慌てている。
「勝三郎、父上が倒れた。すぐ末森へ行くぞ、お前もついてこい!」
「信秀倒れる」の報せで、末盛城へ駆けつけた信長と恒興は、すぐに信秀を見舞った。
信秀は居城古渡城を、今川との対陣中に結託した清州織田大和守信友の家老酒井大膳に急襲され居城を焼き払われた。深手を負いながらも、すぐに舞い戻った信秀は焼け落ちる古渡城を睨みながら居城を末森城に移した。
「おお、うつけ、息災であったか」
居間ではなく、広間に通された信長と恒興は話が違うと目を疑った。
信秀は、脇息(肘付台のような物)に体を預けてはいるが、帳面を広げ政務に励んでいる。声も快活で、血色もよく、いつもの偉丈夫》な信秀だ。
変わったことといえば、めずらしく信長の乳母で恒興の母お福を側に置いている。お福は、信秀の側室に上がっているから、そうおかしなことでもあるまいが……。
(これが俺のおっ母か……)
「父上、爺からお倒れになったと聞きましたが?」
「ああ、そのことか。確かにワシは昨日まで今川との戦でうけた矢傷が痛んで臥せっておったが、ほれ見ろ! 今朝にはこの通り、ピンピンしておるわ」
と、信秀は袖をビシッと開いて元気な素振りを見せた。
「左様にござりましたか父上、なれば心配には及びませなんだな。それでは、某はこれで」
信秀の元気な姿を見た信長は、すぐに立ち上がり、踵を返して広間を出ようとした。
「うつけ、ちょっと待て!」
そう言って信秀は、信長を呼び止め、その足元へハサミを重石にした一枚の書状を放り投げ床に滑らせた。
信長は書状を拾い上げて、
「熱田八ヶ村……」
「そうだ、うつけ。せっかく末森までワシを見舞ったのだ仕事をやる。どうだ、ワシに代わって熱田へ行き裁いて参れ」
信秀から「熱田八ヶ村」の問題を裁くよう命じられた信長は、一言。
「わかり申した」
と、返事すると、振り返りもせずに広間を後にした。
「勝三郎、なにをしておる、行くぞ」
信長に続いて恒興も広間を出ようとすると、お福が呼び止めた。
「吉法師様、少しばかり、勝三郎をお貸しくださりませ」
「わかったお福、初めての母子の対面だ。勝三郎、ゆっくり後から追って参れ」
(今更なんの用だ。まさか、ここで親心を見せて饅頭でも食わせる訳ではあるまい。いったい……)
お福の部屋へ通された恒興は、母子の名乗りを改めて上げる訳ではない。
信長でなく、恒興一人を呼んだのにはきっと訳がある。内密で、よっぽど、申し伝えておきたいことがあるのではないか。
「勝三郎、気が付きましたか?」
恒興に向き合ったお福が、唐突に切り出した。
恒興は、信秀の肌の色が、いつもより黒いのは感じていたが、今川との戦で陽に焼けたものであろうと解釈していた。もしや、違うのか? ならば恐らく信秀は、体調の悪さを誰にも悟らせぬように、お福を側において化粧でも施して血色を整えていたのであろう。
「勝三郎、私のこれから話すことは他言無用。たとえ、吉法師様にも」
(はっ⁈ なにをいい出すのだこの母は。若殿は俺の主だ。その主に気づいたことを伝えるなとは無理な話だ。それに、俺が気づいたってことは、目敏い若殿の事、俺が言わずともすでに気付いているはずだ。
それを承知で、恒興はお福に尋ねた。
「大殿は、重いのですか?」
「時間がありません。勝三郎、なにがあってもいいように心しておくのです」
母からの忠告だ。信長の乳母としての務めか、母としての言葉か、大殿の側室としてか、違いはわからない。ただ、母は備えろと伝えている。
「わかりました母上」
恒興の返事に、お福は静かに首を縦に振った。
なにも恒興が、信長の目を盗んで、帰蝶と不義密通を働いている訳ではない。
「勝三郎、ちょっと、手伝って!」
信長の計らいで、年の近いお善を織田家の仕来りを教える名目で帰蝶の側に置いたのだ。
「勝三郎、いつもすまないわねぇ」
気さくな性格のお善と、気取らない本質で生きる帰蝶は、すぐに心を通わせた。
勝三郎が二人を見ても、まるで仲の良い姉妹のようだ。
同時に、お善の幼馴染みで、信長の子分。母が信長の乳母である恒興は、なにかれにつけ、お善にも帰蝶にも重宝されている。
恒興は、お善が呼ぶように、帰蝶にも幼名の勝三郎と呼ばれるようになった。
帰蝶の連れてきた六十人の女たちは、そのほとんどが信長の子分に嫁ぎ、早い者は腹を大きくした者もある。
帰蝶の輿入れで織田家には、一時の平和が訪れたかに見えた。
「勝三郎おるか!」
信長が、ドタドタと血相変えて庭から入って来た。
「若殿、何ごとにござりまするか?」
信長は、めずらしく慌てている。
「勝三郎、父上が倒れた。すぐ末森へ行くぞ、お前もついてこい!」
「信秀倒れる」の報せで、末盛城へ駆けつけた信長と恒興は、すぐに信秀を見舞った。
信秀は居城古渡城を、今川との対陣中に結託した清州織田大和守信友の家老酒井大膳に急襲され居城を焼き払われた。深手を負いながらも、すぐに舞い戻った信秀は焼け落ちる古渡城を睨みながら居城を末森城に移した。
「おお、うつけ、息災であったか」
居間ではなく、広間に通された信長と恒興は話が違うと目を疑った。
信秀は、脇息(肘付台のような物)に体を預けてはいるが、帳面を広げ政務に励んでいる。声も快活で、血色もよく、いつもの偉丈夫》な信秀だ。
変わったことといえば、めずらしく信長の乳母で恒興の母お福を側に置いている。お福は、信秀の側室に上がっているから、そうおかしなことでもあるまいが……。
(これが俺のおっ母か……)
「父上、爺からお倒れになったと聞きましたが?」
「ああ、そのことか。確かにワシは昨日まで今川との戦でうけた矢傷が痛んで臥せっておったが、ほれ見ろ! 今朝にはこの通り、ピンピンしておるわ」
と、信秀は袖をビシッと開いて元気な素振りを見せた。
「左様にござりましたか父上、なれば心配には及びませなんだな。それでは、某はこれで」
信秀の元気な姿を見た信長は、すぐに立ち上がり、踵を返して広間を出ようとした。
「うつけ、ちょっと待て!」
そう言って信秀は、信長を呼び止め、その足元へハサミを重石にした一枚の書状を放り投げ床に滑らせた。
信長は書状を拾い上げて、
「熱田八ヶ村……」
「そうだ、うつけ。せっかく末森までワシを見舞ったのだ仕事をやる。どうだ、ワシに代わって熱田へ行き裁いて参れ」
信秀から「熱田八ヶ村」の問題を裁くよう命じられた信長は、一言。
「わかり申した」
と、返事すると、振り返りもせずに広間を後にした。
「勝三郎、なにをしておる、行くぞ」
信長に続いて恒興も広間を出ようとすると、お福が呼び止めた。
「吉法師様、少しばかり、勝三郎をお貸しくださりませ」
「わかったお福、初めての母子の対面だ。勝三郎、ゆっくり後から追って参れ」
(今更なんの用だ。まさか、ここで親心を見せて饅頭でも食わせる訳ではあるまい。いったい……)
お福の部屋へ通された恒興は、母子の名乗りを改めて上げる訳ではない。
信長でなく、恒興一人を呼んだのにはきっと訳がある。内密で、よっぽど、申し伝えておきたいことがあるのではないか。
「勝三郎、気が付きましたか?」
恒興に向き合ったお福が、唐突に切り出した。
恒興は、信秀の肌の色が、いつもより黒いのは感じていたが、今川との戦で陽に焼けたものであろうと解釈していた。もしや、違うのか? ならば恐らく信秀は、体調の悪さを誰にも悟らせぬように、お福を側において化粧でも施して血色を整えていたのであろう。
「勝三郎、私のこれから話すことは他言無用。たとえ、吉法師様にも」
(はっ⁈ なにをいい出すのだこの母は。若殿は俺の主だ。その主に気づいたことを伝えるなとは無理な話だ。それに、俺が気づいたってことは、目敏い若殿の事、俺が言わずともすでに気付いているはずだ。
それを承知で、恒興はお福に尋ねた。
「大殿は、重いのですか?」
「時間がありません。勝三郎、なにがあってもいいように心しておくのです」
母からの忠告だ。信長の乳母としての務めか、母としての言葉か、大殿の側室としてか、違いはわからない。ただ、母は備えろと伝えている。
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
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