池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢

林走涼司(はばしり りょうじ)

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十 織田家混乱

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「恒興、起きるのだ」
 恒興の肩を揺すって、心配そうに覗きこむ信時の顔がある。
 恒興は、薄っすらと目を開け、
「戦は、どうなったのだ!」
 と、飛び起きた。
「安心してください。両軍、それほどの被害もなく決着しました」
「俺の兵は! 俺の兵はどうなった‼」
「ここにいる般若介が、恒興の兵を率いて、見事手柄を挙げられましたよ」
「なんだって⁈」
 信時の話では、般若介は指揮官とは呼べないものだった。単身で、敵へ向かって先頭を走り、一己の武勇で強引に敵を抉じ開ける。そこへ、般若介に引っ張られた兵が鋒矢ほうやの如く突撃する。無謀な兵法であったが、結果は一人の戦死者も出してはいない。
 若殿も若殿なら、般若介も般若介だ。恒興の育てた小隊を簡単に、命を扱う素人に預けてしまう。人の命が掛かっているのをわからないのか。
 般若介は、兵権を簡単に引き受け手柄を立てたがまともじゃない。
 恒興が手勢を率いたならば、般若介ほどの手柄を挙げられたかと言えば否だ。
 恒興は、般若介を敵の間諜かんちょうだと思っていた。現に、丹羽長秀の助言に従い、般若介の背中を取る戦いをするつもりであった。
 戦後、信長が、蓋を開いて分かったことだが、般若介は、信長の忍びとして、滝川一益の元で諜報活動に働く者であった。それが、目覚ましい活躍で本隊へ移動となったのだ。
「般若介、すまなかった。俺はお前を疑っていた」
「どうってことありません。どうせ、いつものことです。だって、仮面をつけているのですからね」
 般若介は、あっけらかんと、カラカラ笑った。
「池田さん、敵の重臣の首を二つ挙げましたが、若殿が討ち捨てにせよとの仰せで、勿体ないことをしました。あの首があれば、私も騎乗の身分になれましたものを」
 般若介の人の命を手柄としか考えない言葉に、恒興はブチ切れた。
「馬鹿者!」
 恒興は、般若介をいきなり殴り飛ばした。
「いきなり、なにをなさるのです」
 ペッ!」っと、赤い唾を吐いて、般若介は恒興を見返した。
「鳴海城の山口親子は味方だぞ! その兵を殺しておいて手柄だと喜ぶ者があるか‼ そんな者を誉誉(ほ)めるものなぞこの織田家には居らぬ‼」
「だったら池田さんは、山口の兵の代わりに俺に死ねというのですか?」
 と、般若介は、仮面の下で語気を強めた。
「そうではない。俺は凡庸だから上手くは言えんが、伝えたいのはそんなことではない」
「言葉に出来ないなら端から言うな! そんなだから生まれの幸運で、若殿の乳兄弟の立場から実力もないのに大口を叩くのだ」
 般若介は、そう捨てセリフを吐いて、部屋を出て行った。
「……俺は、そんなじゃない」
「恒興、気を落とすな、古参の俺たちはわかっている」
 信時が、恒興に優しい言葉をかけた。
(今の、俺の実力では他人からはそう見えておるのか)
「どうだ、恒興、今夜、俺と飲まぬか?」
 恒興を見かねた信時が声をかけた。
「信時、お前は下戸ではなかったか?」
「ははは、以前はそうだったが、最近は少し飲むのだ」
  
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