池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢

林走涼司(はばしり りょうじ)

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十 織田家混乱

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 荒尾屋敷を出た恒興は、気づいたら熱田へ馬を走らせていた。
「月、月はおるか!」
 遊郭「おかめ」での役目を終えた月は、今は加藤図書の跡を継いだ兄の弥三郎の屋敷に戻っている。
「おお、恒興ではないか。月が恋しくなってやってきたのか?」
 と、加藤家に目付で入っている岩室重休が声をかけた。 
 図星である。信時とお善に子供が出来るとわかって、恒興は月の顔が浮かんだ。そうなると居ても立っても居られず。恋しい月に会うため熱田へ馬を走らせたのだ。
「恒興、残念だったな。月は、今、若殿の命で使いに出ている」
「若殿の使い? どちらでございますか」
 加藤家が勝手を出来ないように、目付で着けられている重休の言葉だ間違いない。
「恒興、お前には言いにくいのだが。隠さず正直に言う。清州だ」
「なんですって!」
 重休が言うには、隠居した加藤図書が、復権を企み、極秘裏に、その意を汲んだ娘の月を遣わすことになった。しかし、月はその件を、重休に報告し信長の新たな命を受けうけ直し、二重の間者として、対立する清州大和守の織田信友の元へ向かった。
 これもまた、信長の謀(はかりごと)である。
「なぜ、産後間もない月がそのような役目を、若殿は一体どういうつもりだ」
「これも清州の大和守信友が、自ら挑んでくるように仕掛けるためだ。切羽詰まった人間が関われば関わるほど話に現実味が増して、相手も信じると言うものだ。俺が仕組んだ」
 まさか、重休がそんなことを。恒興は、重休の襟首を掴んで噛みついた。
「月に、もしもの事があったら、残された子供はどうするのだ!」
「すまん恒興。この企みをしくじることがあれば、俺を好きにして構わん。この謀を成就させるには、月しかおらん」
「岩室さんが、そんな人だとは思わなかった。俺が追いかけて、連れ戻してくる!」
「おい、恒興、話を聞け!」
 恒興は、重休が止めるのも聞かずに屋敷を飛び出した。

 恒興は、月を追って清州に馬を走らせた。
(どうして若殿は、卑怯な企みばかり多用するのだ。武士ならば武士らしく、正々堂々、戦場で槍を交えればいいのだ)
 恒興が早駆けで、清州と那古野を分ける佐(さ)内川(ないかわ)の渡しに差しかかると、そこに、加藤家の紋が入った駕籠が止まっていた。
「月よ、月はおらぬか!」
 恒興は、駕籠に呼びかけた。
 スッと駕籠の戸が開いて、
「その声は、勝三郎様⁈」
 透き通るように美しい月が顔を出した。
 恒興は、馬を飛び降り、月に駆け寄った。
「月よ、産後の肥立(ひだ)ちはどうなのだ。動いて大丈夫なのか」
「はい、今はもうこの通りしっかり致しております」
 月は、気丈に振る舞ってはいるが、明らかに嘘だ。言葉に力がない。
 ガシリッ! 
 恒興は、月の肩を両手で掴んで、
「月よ、なぜ、お前が行くのだ。加藤家には、お前の兄もいれば、岩室さんもいる。代わりはいくらでもいよう。なぜだ。なぜお前が行くのだ」
 月は、優しい微笑みを見せ、
「私は母です」
 それはもう、母の顔だ。恒興は、母お福と暮らしたことがないから正確なことはわからない。ただ、おぼろげに幼かった日に、母が見せた微笑みだけは覚えている。
 しかし、幼い我が子を残して、母親が命を賭けるような危険な場所へ向かうのは別だ。
 恒興は、我が子には、自分のような母無児にはなってほしくない。
「行くな、月!」
 恒興は、首を振って、先へは行かせない。
「若殿が、直接、お越しになってね。この役目が上手くいけば、勝三郎様。あなたと所帯を持たせるって約束して下さったの。岩室様が証人よ」
 恒興は、毎日のように信長と顔を合わせるが、そんな話一度も聞いたことがない。子供が生まれた月と所帯を持つのは、信長抜きでもそのつもりだ。
 しかし、その話と月が清州へ行くことは別の話だ。月にもしもの事があったらどうするのだ。
 母を失う子供の気持ちを考えたことがあるか。今度ばかりは、信長の勝手が許せない。
「月よ、お前一人を危険な清州へ行かせるわけにはいかない。俺も行く」
「これは、私の役目です。勝三郎様は、那古野で若殿をお守りください」
「いいや、俺も行く」
 月が拒んでも、恒興はもう信長に逆らう腹を決めた。何が何でもついて行く。
 
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