池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢

林走涼司(はばしり りょうじ)

文字の大きさ
66 / 67
十四蝮との対面と村木砦

十三

しおりを挟む
 天文二十四年(一五五五)守山城主、織田信光は、坂井大膳の求めに応じて清州城の南櫓に入った。
 大膳は、信光を口説くのに、
「信友に代わって守護代におなりなさい。そうすれば信長より上に立てます」
 と、主の挿替さしかえを画策し密約を取り交わした。

 那古野城――。
「殿、守山城の信光様から密書が届きました」
「通せ!」
 “清州大和守を騙し討ちにし城を奪い取ります。その暁には、尾張の西と清州は差し上げます。代わりに、尾張の東と那古野をいただきたい”
 と密書には記され、信光の花押が押されていた。
「わかった。その条件を飲もう。叔父御の望み通りに致すと伝えてくれ」

 信長の了解を得た信光は、大和守信友を追い詰め切腹させたが、坂井大膳は寸前の所で取り逃した。
 信光が清州を奪取すると、約束通り信長が招き入れられた。
 代わりに信光は、信長の居城那古野城を中心とする東半国を与えられた。
 逃亡した坂井大膳は、今川義元を頼って落ち延びたという。

 清州城の大広間に、信長・信行兄弟と、叔父の信光が顔を揃えた。
 織田弾正忠家の三強をまとめて取り仕切るのは、家宰である林秀貞だ。
 信長には、腹違いの兄、信広と弟、信時。家老の佐久間信盛が従っている。
 信行には、家老の林美作、柴田勝家、津々つづ蔵人くらんどがいる。
 信光には、子の信成のぶなり、家老の坂井さかい八郎はちろうがいる。
「それ、清州攻略の祝いだ。織田弾正忠家が尾張を統一だ。早く、酒と肴を運び込め」
 秀貞が、いつになく景気がいい。
 信長、信行、信光の前に、膳が運び込まれた。
「う~む」
 誰も、膳に箸が伸びない。皆、それぞれに毒殺を疑っているのだ。
 末席の恒興が、主たちの様子を見て、真っ先に箸をとり、焼き魚の切り身に箸を伸ばした。
「これは旨い。さすがは殿、信行様、信光様のため、奥方たちが共に食材を選んだ料理。それに、京の都から包丁道ほうちょうどう進士流しんじりゅうの料理人の味付けが、品良くたまりませぬのう」
 先付さきつき、しのぎ、お椀、向付むこうづけ八寸はっすん、焼き物……と、作法に則って出された膳を、恒興は、食いたいものから喰らう作法で、サワラに箸を伸ばし、飯をかきこんだ。
 ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!
 恒興は、慌てて喰らったものだから喉を詰まらせ咳き込んだ。
 胸を叩いて、それでもダメで、一気に、吸い物で流し込んだ。
 これじゃ、味も、作法もあったものではない。
 恒興の滑稽な様に、広間にドッと笑いが起こった。
 恒興のクソ度胸を見せられたのだ。信長も腹を決め、サワラに箸を伸ばした。
「うむ、勝三郎が申す通り、実に旨い。どうだ信行、叔父上、食べてみて下され、心配ならば、この信長が毒味して差し上げますぞ」
 信長にそこまで言われたら、信行も信光も食わぬわけにはいかない。箸をサワラにのばした。
「美味い。これは絶品じゃ!」
 料理した進士しんじ晴舎はるいえが答えた。
「サワラは出世魚にござれば、サゴシ、ナギ、サワラと名を変え成長いたします。土田御前様が、特別に、この日のために用意なされました」
「なに、母御が⁈」
「その通りにございます。信長様、信行様、信光様、織田弾正忠家が新しい三奉行としての繁栄を願ってのことと仰せです」
 信長は、眉間に眉を寄せた。
「なんだと? 母御は、新しい三奉行と申したか?」
「はい、信長様は織田弾正忠家を。信行様は織田伊勢守家に御養子に、空席となった大和守家は信光様。守護代は置かず、御三方が奉行として、共に守護の斯波義銀様をお支えになる挙党態勢になることをことのほかお喜びです」
「おお、さすがに土田御前様。これは名案にございます」
 林秀貞が、太鼓持ちのように土田御前を持ち上げる。
 信長が、信光に向かって、
「叔父御は、この話すでに?」
「いや、ワシは知らん。悪い話ではないし名案だと思う」
 信長は、信行に尋ねた。
「信行、お前は知っていたのか?」
「いえ、兄上。この話は、母上が勝手に申していることでございます」
 信行の言葉を、家老の林美作が引き取り、
「この話、末森には良い話。名案にございます。我らは、土田御前様の考えに同意です」
 馬鹿を言うな! この話は、信行と信光の信長からの独立ではないか。せっかく信長を中心に織田弾正忠家で尾張統一したのに、これでは元の三家乱立に逆戻りだ。
「認める訳には参りません!」
 末席の恒興が立ち上がり異を唱えた。
「でしゃばるな池田! この席は、お前のような下級の者が意見できる場ではないわ!」
 林秀貞が、眉を吊り上げ叱責する。
「いや、末席なればこそ申し上げる。この話、殿にだけ不利益にございます」
 よくぞ言った恒興! 信長も、信行と信光の協力がなければ尾張統一はならない。だから、不利な話でも黙っていた。
 他の家老が口を開かないのも、土田御前の意を汲んだ林秀貞が根回しでもしているのだろう。皆、知らぬ存ぜぬを決め込んではいるが、皆、心中で信長を裏切っている。
「織田弾正忠家は、三分するのではなく、殿を中心に一己いっこの織田家であるべきです」
 恒興は、心のままに断言した。
「黙れ、池田! あまり大口を叩くと、腹を切るぐらいでは済まなくなるぞ!」
 と、林秀貞が叱りつける。
「林様、俺の腹ならいくらでも切る。ただね、俺はここに居る皆の心を聞いているのですよ」
 と、恒興が啖呵を切った。
 広間の一同がとばっちりを避けて下を向いた。ただ一人、信時だけが、立ち上がって恒興の側へ歩いてドカリと座った。
「私は、恒興と同じく、兄上のために死ねます」
 それにつられて、河尻秀隆、毛利良勝、岩室重休、丹羽長秀、滝川一益と、若い家臣が恒興に賛同した。
 信長の傅役だった平手政秀の重臣、森寺秀勝・忠勝親子、お善の生家、荒尾善次・善久親子がつづく。
 恒興の勇気に、信長を支持する漢たちが立ち上がった。
 思わぬ状況に林秀貞が、事態の収拾にあたふたしていると、廊下が華やいだ。土田御前が養徳院をはじめ奥方を引き連れて現れた。
「控えよ、皆の者! 今宵は弾正忠家の祝いの席。男たちが勇み立って、味方同士で一戦交える気か! そのようなことは、亡き大殿に代わって私が許しません。問題は私が預かります」
 土田御前よ、問題はあんたの発案だ。それが無ければこんな事態にはなってはいない。
 恒興を含め、信長派は不満を覚えたが、確かに今宵は祝いの席だ、矛を収めよう。
 恒興は、気持ちを腹に収めて、祝いの音頭をとった。
 織田家の漢たちの夜は更けた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。 【登場人物】 帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。 織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。 斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。 一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。 今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。 斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。 【参考資料】 「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社 「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳)  KADOKAWA 東浦町観光協会ホームページ Wikipedia 【表紙画像】 歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

処理中です...