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5日目
しおりを挟む天気:晴れ
食事の最中、アダムはイブに提案した。
「昼食が終わったら、散歩に行こう」
◇
「君を政府に引き渡すことは……やめようと思う」
しばらく歩いたところでアダムはその沈黙を破った。
「どうしてそう思うの?」
「それは恐らく、君を不幸にする選択だ」
雲一つない、灰色の空の下。
アダムがそっと、イブの手を取った。
「君はもっと穏やかに、この地でずっと暮らしていけばいいんだよ」
しばらくの沈黙の後に、イブがふっと微かに笑う。
「それは無理よ、アダム」
「今のこの世界の気候では、私は生きていけないもの」
「それはどういう……」
狼狽えた風のアダムの言葉を、イブは首を振って制する。
自らの胸に手を当てると、彼女は小さく息をついた。
「痛みや苦痛は感じないように設定してあるけれど、身体が日を追うごとに損傷し続けている」
握られた手をギュッと握り返すと、まっすぐにアダムの目を見つめた。
「コールドスリープが溶けた今、多分あと、もって一週間というところよ」
◇
散歩から帰った二人は、何事もなかったかのように、いつもの時間を過ごしていた。
アダムの手には工具が、イブの手には書籍端末があった。
アダムはいつものように作業をしながらイブに話しかけ、イブも書籍を読みながらそれに答えた。
その日の夜、アダムはイブに、一緒に眠りたいと申し出た。
イブは快諾し、2人でガレキに横たわる。
隣で眠るイブの身体に腕を回すと、アダムは彼女に問いかけた。
「たとえば、僕の祈りを糧に、君がこの世界でもっと生き続けられるように、というのは叶えられるのだろうか」
「この世界で生きる限り、寿命は天命だから覆せないわ。つまり可能性0%の事象よ」
ふるふると首を横に振ると、イブはくすりと笑った。
「……でも、嬉しいわ」
自身に回された腕に、彼女はそっと手を添えた。
「今の貴方なら、きっと私達に "祈り" を捧げられる」
「それは、今日まで君と生活してきたからだ」
彼女を抱きしめる腕に、ギュッと力がこもる。
「夜になったら眠って、朝になったら起きる。朝、昼、晩と、誰かと一緒に食事をして、いただきますとご馳走さまを言う。何気ない会話をして、お互いの事を知ろうとするんだ。……全部、君が当たり前だと言っていた事、でも僕らはこれまで考えもしなかった事だよ」
「そんな "当たり前" を、他でもない君と一緒に過ごせる事で僕は、きっと変わったんだと思う」
思えば、休暇を貰って、彼女と出会って、まだ数日。
アダムにはこの数日間が、この世界に生まれて、一番濃く長い、そして幸せな期間に感じた。
「どうしたのアダム、嬉しいけれど、それではまるで愛の告白よ」
笑ってそう言うイブに、アダムは自身でも少し驚いていた。
アンドロイドである彼には、未だかつて体感したことのない感情だった。
イブの言葉で、今ようやくアダムにはその感情の名前が分かった。
「そうだね、多分これが、愛おしいという事なんだろう」
「……ありがとう。昼間のことも、とても嬉しかった。だから、1つだけお願いよ」
イブはアダムの胸に、自らの顔を押し付けた。
「約束通り、私を政府へ引き渡して。醜く崩れていく身体を、私の最期を、貴方にだけは見られたくないの」
アダムには、何も答えられなかった。
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