地球最後の神に祈りを

那玖

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5日目

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 天気:晴れ


 食事の最中、アダムはイブに提案した。


「昼食が終わったら、散歩に行こう」





「君を政府に引き渡すことは……やめようと思う」


 しばらく歩いたところでアダムはその沈黙を破った。


「どうしてそう思うの?」

「それは恐らく、君を不幸にする選択だ」


 雲一つない、灰色の空の下。

 アダムがそっと、イブの手を取った。


「君はもっと穏やかに、この地でずっと暮らしていけばいいんだよ」



 しばらくの沈黙の後に、イブがふっと微かに笑う。


「それは無理よ、アダム」

「今のこの世界の気候では、私は生きていけないもの」

「それはどういう……」


 狼狽えた風のアダムの言葉を、イブは首を振って制する。

 自らの胸に手を当てると、彼女は小さく息をついた。


「痛みや苦痛は感じないように設定してあるけれど、身体が日を追うごとに損傷し続けている」


 握られた手をギュッと握り返すと、まっすぐにアダムの目を見つめた。


「コールドスリープが溶けた今、多分あと、もって一週間というところよ」





 散歩から帰った二人は、何事もなかったかのように、いつもの時間を過ごしていた。

 アダムの手には工具が、イブの手には書籍端末があった。

    アダムはいつものように作業をしながらイブに話しかけ、イブも書籍を読みながらそれに答えた。



 その日の夜、アダムはイブに、一緒に眠りたいと申し出た。

 イブは快諾し、2人でガレキに横たわる。

 隣で眠るイブの身体に腕を回すと、アダムは彼女に問いかけた。


「たとえば、僕の祈りを糧に、君がこの世界でもっと生き続けられるように、というのは叶えられるのだろうか」

「この世界で生きる限り、寿命は天命だから覆せないわ。つまり可能性0%の事象よ」


 ふるふると首を横に振ると、イブはくすりと笑った。


「……でも、嬉しいわ」


 自身に回された腕に、彼女はそっと手を添えた。


「今の貴方なら、きっと私達に "祈り" を捧げられる」

「それは、今日まで君と生活してきたからだ」


 彼女を抱きしめる腕に、ギュッと力がこもる。


「夜になったら眠って、朝になったら起きる。朝、昼、晩と、誰かと一緒に食事をして、いただきますとご馳走さまを言う。何気ない会話をして、お互いの事を知ろうとするんだ。……全部、君が当たり前だと言っていた事、でも僕らはこれまで考えもしなかった事だよ」

「そんな "当たり前" を、他でもない君と一緒に過ごせる事で僕は、きっと変わったんだと思う」


 思えば、休暇を貰って、彼女と出会って、まだ数日。

 アダムにはこの数日間が、この世界に生まれて、一番濃く長い、そして幸せな期間に感じた。


「どうしたのアダム、嬉しいけれど、それではまるで愛の告白よ」


 笑ってそう言うイブに、アダムは自身でも少し驚いていた。

 アンドロイドである彼には、未だかつて体感したことのない感情だった。

 イブの言葉で、今ようやくアダムにはその感情の名前が分かった。


「そうだね、多分これが、愛おしいという事なんだろう」

「……ありがとう。昼間のことも、とても嬉しかった。だから、1つだけお願いよ」


 イブはアダムの胸に、自らの顔を押し付けた。


「約束通り、私を政府へ引き渡して。醜く崩れていく身体を、私の最期を、貴方にだけは見られたくないの」


 アダムには、何も答えられなかった。
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