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一章 1週間の物語

1日目 午前

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ステラは父親に頼み馬車を出してもらい、早速クラウスの元へと赴いた。

ステラの突然の訪問に公爵家の者達は驚いていたが、公爵と夫人は大いに歓迎してステラを迎え入れた。

こうして公爵邸に足を運ぶのは三ヶ月前に開催されたパーティー以来だった。
そのため、公爵達は「いつでも来ていいと言っているのに」とステラの訪問に喜びと共に寂しさを合わせた様子で言っていた。

しかし、公爵達は知らないのだ。
ステラとクラウスの間にあるのはただの【婚約者】というレッテルだけで、何の愛も無いということを。
そしてクラウスはヒナという平民の少女を愛しているということを。


彼等の中ではステラとクラウスは昔のままの関係が築かれている。
仲睦まじく、愛し合っていた頃の二人のまま――


ステラはクラウスの従者であるアルスの案内の元、公爵家の渡り廊下を歩いていく。
その渡り廊下はどうやら庭にある別邸に続いているらしい。


「アルスはその別邸に入った事はありますか?」

「ありません。クラウス様が勉強に集中したいからと立ち入り禁止を言い渡されているので。入っていいのはクラウス様からの呼び出しがあった時のみです。けど…それがどうかしたんですか?」

「いえ、ただ何となく気になってしまって」


クラウスは別邸で勉強に勤しんでいる訳ではない。
そこでヒナと密会しているのである。

けれど、婚約者が居るにも関わらず、別の女性と密会しているなんてバレてしまえば大問題。
だからクラウスは別邸への立ち入り禁止を命じ、そこをヒナとの密会の場としているのだ。


「クラウス様。ステラ様をお連れしました」

「……ステラの入室を許可する」


茶色の扉の奥から聞こえてきた声は明らかに不機嫌そのものだった。

それをアルスも勘づいたらしく、表情に少し強ばりを見せた。
一方のステラは笑みを崩すこと無く佇んでいる。


「アルス。案内、ありがとうございました」


そして御礼を告げると、ステラは別邸の中へと進んだ。


別邸の中は何やら甘い香りで充満していた。
恐らく芳香剤か何かだろうか。
やけに甘ったらしい香りは気分不良に繋がりそうな程強烈なものだった。

そして部屋の中央には赤のソファーに腰掛けるクラウスとそんなクラウスに寄りかかるヒナの姿があった。


「……俺とヒナの時間を邪魔するなとあれ程言っただろう。なぜ来た?」

「お話があって参りました」

「はぁ? 話ィ? クラウス様、こいつの話なんて聞かなくていいですよぉ。ヒナとの時間の方が大切でしょう?」


丸い瞳をうるうると揺らしながら、上目遣いをするヒナ。
まるで小動物の様な小柄な体。
可愛らしい顔立ち。
ソプラノの美しい声。
黄色のロングヘアーとルビーのような赤い瞳。
微笑む姿はまるで太陽の様に眩しくて、何もかもがステラとは正反対の少女である。


クラウスの腕に抱きつき、まるでステラに見せつけるかの様にクラウスに擦り寄るヒナ。
そしてそんなヒナの頬に手を添え、耳元で何やら囁くクラウス。

ステラは行き場のない感情を、グッと抑え込む。
本当は2人の間に割り込んでやりたい。
隠してきた事、全てを伝えたい。

けれど、伝えた所でクラウスはもう…。

だからステラは最後の悪あがきに来たのだ。


――残りの1週間くらい、幸せに浸ってもいいでしょ?


「クラウス、貴方の1週間を私に頂けませんか?」

「断る」

「そうそう! お断りよ! と言うかアンタ、私からクラウス様を取る気なの!?」

「取るも何も…そもそも彼は私の婚約者ですよ、ヒナさん」

「た、確かにそうだけど…!」


怯むヒナ。これ以上口を挟む事は無さそうなのでステラは続ける。
正直、断られるのは想定内だ。
だから切り札を用意してきた。


「もしこの条件を飲んで下さるのなら、1週間後、お父様に私とクラウスの婚約を破棄してもらえる様お話しようと思っていたのですが……」


ステラの言葉にクラウスとヒナは目を見開いた。
あまりにも容易にわかりやすく反応を示す2人。
ヒナは瞳を輝かせながら、クラウスに言う。


「こんなの飲むしかないよ! ね、クラウス!」


しかし、クラウスは疑いの目をステラに向ける。


「何が目的だ?」

「目的は最初に言った通りです。貴方の1週間が欲しいのです」

「なぜ俺の1週間が欲しい?」

「婚約破棄をするのです。その1週間前ぐらい少し貴方との時間を楽しみたいと思うのはおかしな事ですか?」


ステラの言葉にクラウスはどうしたものかと頭を悩ませた。

公爵と夫人がステラを気に入っている以上、クラウスがどう頼み込んでも婚約は破棄されない。しかし、ステラ自身から婚約の破棄を願い入れてくれるのなら婚約破棄は100%実現出来ると言っても過言では無いだろう。

1週間我慢すれば晴れて自由の身。
そうすれば愛するヒナと堂々と恋人として過ごす事が出来る。


「分かった。その条件飲もう」

「それは良かったです。では、早速ですが、明日からヒナさんとの密会は御遠慮下さい」

「「は?」」


ステラの言葉に見事に二人の声が重なった。


「確かに1週間はくれてやる。だが、ヒナと会うことが何故駄目なんだ!?」

「クラウスの1週間は私が頂くといいましたよね? その1週間の予定の中にクラウスがヒナさんと過ごす時間などありません」

「アンタ、いい加減に…!」


身を乗り出すヒナをクラウスが止める。


「待て、ヒナ。1週間我慢すればいいだけの話だ。ここはステラの指示に従うぞ」

「クラウスは私と1週間会えなくていいの!?」

「俺だって辛いさ。だが、ステラとの婚約を破棄した後の事を考えるんだ。……絶対に幸せな未来がそこにはある。だから1週間の辛抱だ。分かったか?」

「……クラウスがそう言うなら」


優しくヒナの頭を撫でるクラウス。
まるで永遠の別れの様にお互いを惜しむ彼等にチクチクと胸が痛い。
本当に永遠の別れになるのはステラの方だと言うのに…。

クラウスに愛されるヒナが心の底から羨ましい。

けれど、そんな感情は表に出さないようにしまい込み、込み上げてくる涙もグッと堪え、ステラは微笑みながら告げた。


「では、明日からよろしくお願いします」




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