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15 リヒト視点

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 リヒトが王城より研修室へと戻って来たのはすっかり空がオレンジ色に染まりきった頃だった。
 研修室に入ると、そこには椅子に腰をかけうたた寝をするプレセアの姿があった。
 もうとっくに帰宅していると思いこんでいた故に驚いた。

 机の上には頼んでおいた本が置かれている。それはもう手に入ることは無いだろうと諦めていた本だった。
 しかし、エリンと名乗る不思議な古本屋の店主と出会ったことで焦がれるほどに欲していた本を手に入れることができた。

 今日は夕食後、そのままケインが家に転がり込むことが容易に想像できる。
 ならばこの本が読めるのは彼が泥酔した後になるだろう。その間、酔っぱらいの世話をしないといけないと思うと頭を抱えそうになった。

 
「とりあえず、起こさないと..」

 施錠もしなければならないし、それに随分待たせてしまった事も謝らなければならない。
 プレセアの膝に置かれた読みかけの本は、残りの頁はもう僅かであった。

「にしても、随分古い本を読んでるみたいだけど....」

 読書家で様々な種類の本を読むとは話していたが、本の状態を見るからに年月のたった本に見える。
 気持ちよさそうにうたた寝をするプレセアを見て、起こすのは申し訳なさを感じた。しかし、季節は夏とはいえ、夜になれば暗くなる。学校までは運動がてら徒歩で来ているとも話していたことを思い出し、複雑ではあるが起こす事に決めた。

「プレセアさん。起きて」

 名前を呼んでみるが反応は無い。
 聞こえてくるのは規則正しい寝息だけだ。
 気持ちよさそうに眠る姿を間近で見ては余計に起こす事に躊躇いを覚えてきた。
 そんな思いを振り切って、もう一度名前を呼ぶ。

「プレセアさん。もう帰る時間だよ」

「ん..」

 小さな返事が返ってきた。
 けれどもまだあの綺麗な瞳は伏せたままだ。
 もっと大きな声で....とも思ったが、此処の研究室の近くに生徒会室がある。大きな音を聞きつけて来られては面倒だ。それに......ここ最近、ルイスが学校に出入りしている姿を頻繁に見かける様になった。

 となれば手段は一つ。

「ごめんね」

 リヒトはそう謝罪の言葉を述べると、プレセアの肩にそっと触れた。
 そして今度は名前を呼びつつ、肩を優しく揺らしてみた。
 けれど全く起きる気配はなく、思っていた以上に熟睡しているらしい。

 その時、夕日の光が視界に入った。そのあまりの眩しさに思わず目を閉じる。
 窓を開けての換気も、カーテンを開けて外の光を入れるもの、気づけばプレセアの仕事になっていた。
 研究に没頭するために、周囲のことに無頓着になる結果ではあるが。
 どうせもう戸締りをするのだ。窓もカーテンも今閉めてしまおう。

 そう思い、リヒトが立ち上がろうとした時だった。

 袖をグイっと引っ張られるような感覚がした。
 とは言ってもとても小さな力で、寧ろ気づいたことが奇跡的だった。それ程に僅かな力だったのだ。


「プレセアさん、起きた?」

 もう一度声を掛けてみる。そうすれば、微かに目が開いたかと思えば、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……リヒト、先輩」

「うん、僕だよ。もう今日は帰ろうか。家までは送るから」

 まだ意識も完全には覚醒していない様子のプレセア。ただジーッとリヒトを見つめている。
 あまり目と目を合わせて話すのは得意ではないリヒトは思わず、逸らしそうになってしまった。
 しかし、それはプレセアによって阻止されてしまった。頬に触れた暖かな温もり。細くて美しい指がゆっくりと頬を伝っていく。

「リヒト先輩だ……」

 そう言ってへにゃりと笑うプレセアは、いつもと比べてとても幼く見えた。
 しっかり者でどちらが歳上なのか分からないほどにリヒトが世話を焼かれているせいかもしれない。

「報告のほうは、だいじょうぶだったんだすか……?」

「うん。いつもより長くなっちゃったけどね。プレセアさんも本を受け取りに行ってくれてありがとう。助かったよ」

「リヒト先輩のお役に立てたのならよかった、です……わたし……」

 あまり呂律が回っておらず、且つまだ覚醒しきっていない事から全体的にふわふわした状態のプレセアに、思わずリヒトの頬が緩む。

 __人と関わるのが怖かった。
 否定され、拒絶されるのが怖かったから。

『魔法は、人を助けるために使うのよ』

 そう言い残して逝ってしまった母親を思い出した。
 母親の残した言葉は正しい。そうずっと思っていた。

 __けど


『ば、化け物……!』


「ハハ。また思い出しちゃった......」


 乾いた笑みがこぼれる。
 思い出す事がないように封印した、否抹消したと思っていた記憶。
 いくら魔法で記憶を消しても、些細な切っ掛けで解けてしまう。
 あまりにも脆くて不完全な魔法。完璧とは程遠い。

 このままでは、プレセアに施した魔法もほんの少しの切っ掛けで解けてしまうかもしれない。
 もし魔法が解けてしまったその時は。


 リヒトは頬に添えられた白い手に、そっと手を添える。
 そしてその手に頬で縋った。


 ___もう、君とは一緒にはいられない。

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