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 一方、リヒトがまだ王城にて定期報告を行っている頃。
 プレセアは二冊の本を前に頭を悩ませていた。

「なぁ、まだ本決まらないのか?」

「あと少し…あと少しお時間を……!」

 古本屋を訪れてどれくらいの時間が経っただろう。
 好きに持っていくといい、なんて言葉の誘惑で気づけば沢山の本を腕に抱えていた。
 しかし、それを全て持ち帰るのはあまりにも図々しいと感じたプレセアは、何とか二冊までに絞った、しかし、そこから先に勧めずにうなり声を上げていた。

 そんなプレセアをつまらなさそうに後ろから眺めるロキ。
 久しぶりの客人。構ってもらえると心を躍らせていたというのに、本に夢中で構ってくれない。

「何ならいっそ二冊持っていけば?」

「さすがに申し訳ないです! それにエリンさんが集めた大切な本ですよ!」

「内容は全部頭に入ってるんだってー。それにエリン言ってたよ?未来ある若者に過去の偉人達が残した思いを受け継いでいって欲しいって」

 未来ある若人。
 とは言ってもエリンはどこか達観した様子ではあるが、幼い少女である。
 だが、突然猫から人間の姿に変わったロキ。
 人間とは明らかに違う尖った耳を持つエリン。
 そしてこの古本屋。......明らかに普通ではない。

「ねぇ、ロキさん。もしかしてロキさんとエリンさんも魔法使いなんですか?」

 恐る恐るプレセアは尋ねる。
 とてもデリケートな話だと思い、小声で。
 しかし、そんな気遣いロキは心底どうでも良かったらしい。
 犬歯を二っと見せたかと思えば、おかしそうに言葉を紡ぎ始めた。

「魔法使いなんて大層な存在じゃないよ。けど、同じくらい貴重な存在ではあるかも」

「貴重な存在?それって一体......」

「かつて魔法使いが沢山存在したように、また人間とは違った種族も存在してたんだよ。俺が亜人で、エリンがエルフね。だから魔法は使えない。逆に魔法使いはとても貴重な存在だ。歴史書に記され、その存在を後世に残そうとした人たちがいるぐらいには。けど、俺たちは魔法が使えないから忘れ去られる存在だ。プレセアだって現に俺たちの種族聞いてもピンとこなかっただろう?」

 プレセアは頷く。
 父親が歴史の研究をしていることもあり、多くの歴史書を読んできたが、【亜人、エルフ】という名前は初めて耳にした。

「だから国王も直ぐにリヒトを保護したんだよ。失ってはいけない存在だから。リヒトから何も聞いてないの?」

「っ......はい」

 リヒトと話す事と言えば、研究のことや学校のことぐらうだ。
 そして主に聞き手にリヒトが回る事が多い。

 ここでプレセアは気づいてしまった。

「私、リヒト先輩のこと、何も知らない......」

 何か深くて重いモノを抱え込んでいることには薄々気づいていた。
 しかし、どこまで踏み込んでいいのか分からず、ただ彼の優しさに甘えて傍にいた。
 それをリヒトが許してくれたから。

「これから知っていけばいい、何も焦る事はないよ」

 その時、頭上から声が聞こえ、プレセアは弾かれた様に顔をあげた。
 するとそこにはエリンの姿があった。

 それからエリンはロキの元へ向かう。
 そしてそのおでこに一発デコピンをかました。

「痛っ!何するんだよ!!」

「プレセアをいじめるな。構ってもらえないからっていじけるな」

「なんだよ~!エリンの馬鹿!もう知らんっ!!」

 そうロキは吐き捨てると、また猫の姿になって部屋の外へ出て行ってしまった。
 追いかけようと立ち上がろうとするプレセアの腕をエリンが掴む。

「放っておいていいよ。猫のように気まぐれな奴だからな。そのうち戻ってくる。それと……今から時間はあるかな? よければ話し相手になってくれないか?」

 突然の申し出に驚いたが、断る理由もないため承諾した。

 それから通された部屋は、二人掛けのソファーとテーブルが置かれただけの質素な部屋だった。
 プレセアは勧められるままにソファーに腰を下ろした。


「まぁ、そんなに緊張しなくていい。ただ、あの坊が心を許した子だ。私も君に興味が湧いた」

「心を許した……リヒト先輩がですか?」

「あぁ。じゃないと、そもそも傍になんて置かないよ。生まれた時から坊のことを知っているが、こんな事初めてだからな。だからロキの言葉を気にする必要は無い。まだ出会って間もないとも聞いた。これから互いのことを知っていけばいいさ」


 そう言って笑うエリン。
 彼女が幼い容姿をしているのは恐らくエルフという種族の特徴なのだろう。
 そして一見幼い少女にしても尚、どこか達観している様子。間違いなく、彼女が積み重ねてきた年月を表しているのだろう。

 自分より遥かに多くの年月を生きてきた人生の大先輩。
 そんな彼女からの助言とあれば、ザワついていた心は一気に冷静さを取り戻すことができた。

 それから二人はたわいもない話をした。
 エリンから語られる話は、まるで物語の世界のように斬新且つ予想だにしないものばかりで、プレセアは瞳を輝かせながら傾聴した。
 何でも、もう三百年以上は生きているという。途中で数えるのが面倒くさくなって辞めたらしい。

 そして楽しい時間はあっという間だった。
 帰り支度を済ませた後、プレセアは恐る恐ると尋ねた。


「あの……また来ても、いいですか?」


 その問にエリンは微笑みながら答えた。


「勿論だ。いつでもおいで」


 そうして名残惜しそうに帰っていくプレセア。
 そんな彼女の姿が見えなくなった時、エリンの足元に何処から音もなく猫が姿を現した。


「珍しいよな。エリンが人間を気に入るなんて。嫌いじゃなかったのか? 昔、酷い目に合わされたんだろう?」

「あの坊が心を許した子だ。害はないと分かっていたさ。それに……春の訪れを感じたよ。上手くいくといいんだがな」

 エリンの言葉にロキは首を傾げた。

「お前何言ってたんだ、このくそ暑い夏に。春なんてまだ先だぞ?」

「お前はまだまだ子どもだから分からないだろうな」

「お前に比べたらどいつもこいつもガキだろーが」

「婆さんで悪かったな」


 一人と一匹の言い争いはまだまだ続いたらしい。
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