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 「時雨!」

 体育館へ戻れば突然呼び止められ、時雨は足を止める。そして後ろを振り返ればそこには息を切らした蓮の姿があった。

 「蓮、試合お疲れ様。それとおめでとう。次はお昼からだよね? 」

 「あ、あぁ。ありがとう。てか、それより!」

 漁った様子で蓮が何かを言いかけた時だった。

 「この子が野崎の幼なじみか! めっちゃ可愛いじゃん!」

 「和菓子屋の娘か。めっちゃ良いな……!」

 突然会話を遮られたかと思えば、大きな声が真隣で聞こえビクリと肩が動いた。
 蓮の後ろから次々に現れるバレー部の部員達は物珍しそうな目で時雨を凝視している。
 こうして男子に注目されるのは慣れていない時雨は焦りと不安がふつふつと湧き上がってきていた。

 「お前ら、怖がってるからやめろ」

 そんな時雨にいち早く気づいた蓮が言う。さすが幼なじみと言うべきだろうか。しかし、そんなのお構い無しに彼等はニコニコと微笑みながら時雨に声を掛ける。

 「ねぇ、バレー部のマネージャしない? 可愛い子大歓迎なんだけど!」

  冗談で言われているのは分かっている。だが、冗談でも「可愛い」なんて言われれば恥ずかしくて思わず目を逸らす。だが、直ぐに横からまた違う人物に声を掛けられてしまう。目を逸らす度に「恥ずかしがり屋?」などと聞かれ、更に頭が困惑する。
 今すぐここから去りたい。
 気づけばその一心だった。

 「もうこいつらは無視していいから」

 「わ、分かった」

 時雨は大きく頷く。
 とは言っても周りで騒ぐ彼らの存在を直ぐに忘れることなど出来ない。取り敢えず、蓮の声だけに意識を集中させる。

 ポリポリと頬を掻きながらそっぽを向き蓮が言った。

 「あの、さ。さっき一緒に居た男誰?」

 突然の質問で驚いたが相手は蓮だ。
 隠す必要は無いと判断し、正直に答えることにした。

 「槙野伊織って言う人。高校の先輩だよ」

 「槙野伊織って……あのチャラチャラした?」

 「うん。その人」

 蓮もまた時雨と同じ認識であった。
 眉間にシワを寄せ、黙り込んでしまった蓮の後ろから部員の一人がひょこっと顔を出し驚いた様子で言った。確か彼はピンチサーバーで試合に出ていたっけ。

 「槙野さんって、あの槙野さん!? 会いたかったなー!」

 「は? 何でだよ?」

 盛り上がるその人に対し、不機嫌そうな声で返す蓮だったが彼は気にした様子は一つも見せずに興奮を隠せない様子で話し出す。瞳はキラキラと輝いており、それは玩具を見た時の子供のように無邪気でもあった。

 「あの人がバレーしてる所、一回だけ見たことあるんだけどさ。ほんと、凄かったんだよ! けど、バレー部の部員じゃないらしくてさ。ずっと気になってたんだよ。何であんなに上手なのにバレー部に入ってないのかが! あれは絶対に経験者だよ! 才能が勿体無い!」

 「お前が言うくらいだから余程上手いんだろうな」

 「野崎も見たら絶対に驚くって! それに先輩達が槙野先輩のこと探してたんだ。えっと岸田さん、だよね? 槙野先輩と一緒に歩いてる所を偶然見かけたんだけど、槙野先輩何か言ってなかった?」

 「いえ、特に何も」

 「……ていうかさ。何でその槙野先輩と知り合いなんだよ? 時雨とは明らかにキャラ違うじゃん」

 ごもっともな意見に思わず頷きそうになってしまった。
 けど、特に隠す理由は無いので正直に話す事にした。

 「槙野先輩とはその知り合いなの。それで話してただけだよ」

 「そっか」

 一瞬蓮の瞳が明るくなったような気がした。

 伊織との秘密は言っていない。
 約束したから。

 何故伊織がバレーを辞めたのかは分からない。
 けど、伊織はまだバレーへの未練があるようだった。
 試合のとき、選手の動きをじっくりと見つめるあの真剣な瞳を時雨は忘れられなかった。

 今はまだ話してくれなくてもいい。
 けどいつか話して欲しい。自分ならばきっと相談相手になれるような気がするから。
 いや、気がするんじゃない。
 きっと話して欲しいのだと思う。
 一人で抱え込むのは本当に辛い。
 それは時雨もよく知っていることだった。

 熱の篭った応援と声が響きだし、審判の笛の音が鳴った。
 どうやら第二試合目が始まったようだ。



 〇◇〇◇〇◇〇◇



 「惜しかったけど、本当に良い試合だったなー!」

 「うん。やっぱり高校のバレーは迫力が違ったね」

 一位決定戦にてライバル校に負けてしまい、惜しくも二位という結果に終わってしまった。その為、三年生はこの試合を気に引退となった。
 最後のギャラリーへの「ありがとうございました」という言葉は熱く、胸の奥にまで響いた。

 後から蓮に差し入れを持っていこう。とは言ってもやはり和菓子になってしまうのだが、そこらへんは見逃して欲しい。なにせ時雨は和菓子屋の娘なのだから。

 「しぐねぇってさ、蓮のことどう思ってるの?」

 帰り道、突然そんなことをさくらから聞かれた。

 「どうって……バレー馬鹿?」

 正直に答えれば、さくらがムッと頬を膨らませる。

 「そういう意味じゃなくて、蓮のこと恋愛対象として見てるの? ってこと!」

 「れ、恋愛対象!? それは無いかな。というか、私には恋愛なんて早いよ」

 恋愛だなんて自分には関係ないものだとずっと思ってきた。
 それに蓮は時雨にとって幼なじみで、唯一の男友達だと思っている。恋愛対象になんて見たことがなかった。

 横に首を振る時雨に心底安堵したのかさくらは「良かった……」と言葉を零した。しかし、鈍感な時雨はさくらの思いに気付くことは無かった。だから「何が良かったの?」と尋ねれば虚ろな目で見られてしまった。

 「で、しぐねぇ。あのイケメンとはどんな関係なの?」

 「どんな関係も何も……ただの先輩だけど」

 「嘘だ! どう見てもジャンルが違い過ぎる!」

 さくらの言う通りだと思う。
 伊織は人気者。それに比べ時雨は地味子である。
 住む世界が違うことぐらい時雨だって分かっている。

 けど……。

 「確かに私と先輩は違うけど。少しだけだけど似てるところもあるんだよ」

 ふと浮かんだのはあのぎこちない伊織の作り笑顔。
 あの笑顔を初めて見た時から”もしかしたら”と思っていた。

 「さて、家に帰ったらお手伝い頑張んなきゃ」

 力強く拳を握りしめ強気な時雨に対し、さくらは心底嫌そうな顔をしたいたが敢えて気付かないふりをした。

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