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しおりを挟むそしてあっという間に梅雨は開け、やっとジメジメから解放されたと思いきや今度は猛烈な猛暑が続いている。
高校はクーラーがあるとは言えども涼しくなるまでは地獄である。
パタパタと下敷きで扇げば、温い風が頬を掠めた。
「夏休み、海行こーよ!」
「いいね。水着買わなきゃ!」
クラスメイト達は既に夏休みの話題で持ち切りである。
しかし、夏休みほど時雨にとって憂鬱なものは無い。
何故なら家の手伝いは勿論、妹達に散々連れ回されるからである。
今年の夏休みも妹達に散々振り回されて終わるのだろうか?
とは言っても遊びたい人がいる訳でもなければ、行きたい場所がある訳でもない。ならば妹に振り回されていた方がいいのかもしれない。
そんな考えさえ芽生えてきてしまったのはきっとこの暑さのせいだろう。
昼休みとなり、時雨は社会科の先生から頼まれた資料を取りに社会準備室にやって来ていた。
本当は陽茉莉が頼まれた仕事だったのだが、お願いされてしまった以上時雨は断る事が出来ず渋々と引き受けたのだ。
積み重ねられたプリントの束の上には付箋が貼ってありそれには赤いペンで「1の1」という字が書かれていた。どうやらこれが先生の言っていた資料らしい。
時雨はそれを抱え、部屋から出ようとした時だった。
「伊織! ねぇ、無視しないでってば!」
そんな声が聞こえたかと思えば、足音が丁度社会科準備室の前で止まった。咄嗟に時雨はプリントを机に置き、ダンボールの山の後ろへと身を潜める。すると扉が荒々しく開いた。部屋に入ってきた二人の生徒。そのうち一人は伊織で、もう一人は知らない人。上履きの色からして三年生のようだ。
「無視しないで! 伊織の意地悪!」
「意地悪も何も言ってるじゃん。付き合えないって」
「何で!? 私、こんなに可愛いんだよ! それに、彼女居ないんでしょ? 私なら伊織を満足させられるよ?」
その女子生徒はジリジリと伊織との距離を縮めていく。
明るい茶色のふわふわした髪。そして着崩した制服。
同じ性である時雨から見てもその女子生徒は美人だと思えたし、何より伊織と並べば美男美女でお似合いに見えた。
だが一方の伊織は心底嫌そうな顔のままだ。
「彼女は確かに居ない。けど、付き合えない」
「……あっそ。けど、私は諦めないからね!」
そう女子生徒は吐き捨ててると勢いよく扉を開けて出ていってしまったが、荒っぽく扱われた扉を見てもう少し丁寧に扱ってあげなよと時雨は心底扉に同情していた。
そして盗み見してしまったことに大きな罪悪感が時雨を襲おうとした時だった。
「そこにいるの誰?」
突如聞こえた冷たい声に思わずビクリと肩を揺らした。
揺れた肩とダンボールがぶつかり、ダンボールの山が崩れた。
「って……時雨ちゃん!?」
「こ、こんにちは。槙野先輩」
取り敢えず笑ってみせる時雨だったがそれは明らかに苦笑であった。
伊織はポリポリと頭を掻きながら、そっぽを向く。
どうやら彼もまた焦っているようだ。
「あの人のこと追いかけなくていいんですか?」
気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのは意外にも時雨の方だった。
「別にいいよ。最近付きまとわれて大変だったし。変な所見せちゃってごめんね」
「謝らないでください。私の方こそすみませんでした。その盗み見るようなことをしてしまって」
「別にたまたま居ただけでしょ? 時雨ちゃんは何も悪くないよ」
優しい声でそう言われてしまえばもう何も言えない。
けれどこんな少女漫画のような展開を目の前で見てしまったせいか先程から胸の鼓動が高鳴っているのが分かる。
「そうだ。時雨ちゃんさ、今日一緒に帰らない?」
「え!?」
「ま、拒否権なんて無いんだけどね。下駄箱で待ってるから。じゃあね」
伊織はそれだけ言い残すとプリントを持って出ていってしまった。
取り残された時雨だったが、慌ててプリントを手に取り部屋から飛び出した。そして伊織の姿を探した。しかし、もう既に伊織は数人の女子に囲まれており声をかける隙など一切無かった。
誘われた直ぐに断ればよかったと後悔したがもう遅い。
時雨は重い足取りで教室へと向かった。
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