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 その後、蓮は何事も無かったかのようにそそくさに帰ってしまった。
 しかし、時雨の顔に溜まった熱は中々冷めずにいた。
 時雨はそんな状態のままあんこを迎えに行き、公園へと向かえう。すると公園には伊織と藍の姿があり、時雨はいつもの調子に戻らねばと頬を叩く。

 平然を装い、時雨は伊織へと声を掛けた。

 「槙野先輩。こんにちは」

 「やっほー。って……どうしたの? 顔、真っ赤だよ」

 そう指摘され、時雨は「え!?」と思わず声を上げた。
 簡単に伊織へと見抜かれてしまい嬉しいような嬉しくないような……そんな複雑な気持ちが現れた。

 「時雨ちゃん。もしかして風邪でもひいちゃった?」

 「い、いえ! 全然平気です!」

 「そっか。けど、無理しちゃダメだよ。分かった?」

 「は、はい……」

 伊織の言葉で更に顔に熱が溜まっていくのが分かった。
 最近の自分は変だと時雨はつくづく思った。
 蓮に心配された時、伊織の誤解を解かねばと必死になった。それにさっきも蓮が一緒に来てしまえば伊織と話せなくなってしまうと思い、何とか蓮を着いてこさせない様にと必死になっていた。

 伊織の横顔を見つめ、時雨はギュッとスカートの裾を握りしめた。

 この公園で会ってそれからいろいろ話をしていくうちに本当の伊織を知った。そして助けられた。

 ───槙野先輩の声一つで私はこんなにも変われた

 先程蓮に言われたことを思い出した。
 時雨は変わった、という言葉。
 それは祖父母、両親、妹達から常連さん達にも言われた事だった。

 心臓がバクバクと激しく動き出したかと思えば、次の瞬間苦しくなった。

 こんなこと初めてで時雨は戸惑う。

 「槙野先輩。やっぱり体調が悪いかもなので、お先に失礼します」

 「大丈夫? 送っていこうか?」

 気にかけてくれる伊織に、更に時雨の心臓の鼓動が高まった。

 「平気です。では失礼します!」

 時雨はあんこを連れて公園を後にした。
 全身が暑いし、何より落ち着かない。
 本当に風邪でも引いてしまったのかもしれない。

 
 家に帰った時雨は少し休むと母親に伝え部屋に籠った。
 制服のままベッドに倒れ込む。
 そうすればふかふかな布団が時雨を向かい入れてくれた。

 
 ───本当に風邪、引いちゃったのかも……

 そう思っていると突然部屋の扉が開いた。

 「しぐねぇ、生きてる?」

 扉を開け、部屋に入ってきたのはさくらだった。

 「……安否確認嬉しいけど、入る時はノックして……」

 「はいはい。それで、体調悪いって本当? お母さんに様子見てきてって頼まれたから来たんだけど」

 「うん。なんか……ずっと心臓がドキドキしててさ熱が収まらなくて」

 時雨が症状を呟けば、さくらが「え!?」と声を上げた。
 一体どうしたんだろう? と思っていると、真隣から突然さくらの声が響いた。

 「そ、それって恋!? しぐねぇ、好きな人出来たの!? ま、まさか……」

 「恋!? 心臓がドキドキして熱が収まらないのは恋なの!?」

 「そうだよ! 思い当たる人がいるんじゃない? 想像してみて。その人のことを! その人のことを考えるだけで楽しかったり、けどもし誰かと付き合っちゃったらって思うと胸が苦しくなったりしない?」

 確かに伊織のことを考えると気持ちが弾む。
 けれどもし伊織が誰かと付き合ったりしたら……と思うと更に胸が苦しくなった。

 更に熱が顔に溜まっていくのが分かる。

 そんな時雨を見てさくらが恐る恐るといった様子で尋ねた。

 「あ、相手……誰?」

 「…………教えない」

 「そう、だよね」

 どうやら時雨は恋をしてしまったらしい。
 伊織という人気者かつ、美男子に。
 彼と自分は釣り合わない。
 そんな事一番時雨が分かっている。

 「告白、するの?」

 「…………しないよ。だって私じゃ駄目だもん」

 「……そっか。私、戻るね」

 さくらはそう言い残すと部屋から出て行った。

 恋なんて自分とは全く縁のないものだと思っていた。

 時雨は傍にあった羊のぬいぐるみを抱きしめ、顔を埋める。


 「絶対に隠し通さないと……」

 そう呟かれた小さな声は静かな部屋へと溶けて行った。


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