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しおりを挟む時間とはあっという間のもので、気付けば明日から夏休みとなった。
部活動に追われるもの、勉強に追われるもの、それと遊びに追われるものと様々な中、時雨はソワソワした様子でいた。
そんな時雨に気づいたのか陽茉莉が声を掛ける。
「時雨、なんかあった?」
「え!? な、何も無いよ?」
「嘘だね。 頬が緩んでる」
そう指摘されてしまえば時雨はにも言えなくなってしまった。
夏休みに入って一番最初の土曜日に伊織と藍の描いた絵の場所を探す手伝いの約束をした。そしてその日が近づいてきているので時雨は楽しみで仕方なかったのだ。
「夏休み、プールとか行きたかったなー」
「マネージャー大変なんだよね? 頑張ってね」
「うん。頑張る。時雨は家の手伝い頑張ってね」
陽茉莉は正式にバレー部のマネージャーとなった。
蓮の話によるともう既に数人の部員達の心をゲットしてしまっているらしい。
やはり明るくて元気な彼女にマネージャーという仕事はピッタリだったらしい。それにテーピングだって直ぐにマスターしてしまったんだとか。
体育館へと向かう陽茉莉を見送った後、時雨はパタパタと上履きを鳴らせながら下駄箱へと向かった。
教室は冷房のおかげで快適だが、廊下に出れば地獄。
頬に伝う汗をタオルで拭っていると、見慣れた後ろ姿を見つけ、辺りに人が居ないのを確認し時雨は声を掛けた。
「ま、槙野先輩」
「やっほー、時雨ちゃん。今から帰り?」
「はい。槙野先輩もですか?」
「うん。じゃあ、一緒に行こう」
こんな風に気付けば自然な流れで誘われ、時雨もまた嬉しくてその誘いに乗るようになった。とは言っても、意識しているのは自分だけだと時雨は思っている。
さくらに言われて気づいた伊織に対する思い。
この気持ちがこの先どうなるのか時雨は分からない。
まだ分かりたくない、という気持ちが正直強くあった。
今はこうして隣に居れるだけで幸せだ。
「三年生は受験勉強に追われる時期ですね」
「そだね。俺も藍の誕生日プレゼントが見つかったら本格的に受験モードに入るつもり」
「塾とかには行かれるんですか?」
「行かないよ。藍の面倒見なきゃいけないしね。けど、冬期講座は行きたいなって思ってる」
伊織は三年生で、時雨は一年生。
嫌でもあと八ヶ月後には伊織はこの学校から去ってしまう。
二年という大きな壁を時雨は感じると共に、一気に胸が苦しくなるのが分かった。
「そう言えば……藍ちゃんの絵で何か分かったことはありましたか?」
時雨は話題を変えた。
明日から夏休みだと言うのにしんみりしていては駄目だと思ったからである。
「それが何も。藍に聞いても教えてくれない。けど、場所ってことは教えてくれた」
「あ、やっぱり風景画なんですね」
「うん。それも俺が知ってる所なんだって。けど、全然分かんない」
伊織はうーんと考え込んでいる。
そんな伊織の横顔に魅入ってしまた時雨。
改めて彼に対する思いを理解してしまった途端、こうして伊織が目から離せなくなってしまった。
さくらに告白しないの? と聞かれた時に直ぐに首を横に振った。
付き合いとか、そう言うのはまだよく分からない。
けど、誰かに伊織を取られたら……と考えたら辛い。
恋愛は先に恋をした方が負け、と言うがその通りなのかもしれない。
「取り敢えず、土曜日は一日動き回ることになると思う」
「分かりました。絶対に見つけましょうね!」
「時雨ちゃんが居ると心強いよ。実は俺、ここに引っ越してきてまだそんなに長くなくてさ。だから本当に心強いよ」
突然の伊織の告白に時雨は驚いた。
しかしその瞬間時雨は伊織のステージに足を踏み入れるか、入れないかで迷った。
数分の沈黙の後、時雨は勇気を振り絞って一歩踏み入れることにした。
「ひ……引っ越してきたのはいつ頃なんですか? えっと……こ、答えたくなければスルーして下さい!」
なんて図々しい質問だ! っと時雨は焦ったが伊織は何の躊躇いもなさそうな答えた。
「一年の最後あたりかな。親の再婚が決まってこっちに来たんだ。二年に上がる頃に学校に転入して、それからずっと藍の面倒見て過ごしてるからあまり出掛ける時間もなくてさ」
笑い話のように話す伊織。
その笑顔はやはりどこか寂しげで、悲しそうな笑顔だった。
「実は……さ。この再婚、二回目なんだよね。一回目が中一の時、二回目が高二。最初は母さんが幸せなら……って思ってたんだけど今の環境といい義父さんに中々馴染めなくてさ。大好きだったバレーもやる気出なくて辞めちゃったよ」
笑顔でそう話す伊織に、時雨の胸が更に強く締め付けられた。
───無理して笑わなくていいのに
───私の前では、素の先輩でいて欲しい
気付けば先を歩く時雨は伊織の腕を掴んでいた。
保育園へと続く道。そこには二人以外誰も居ない。
伊織が不思議そうに時雨を見詰めている。
頬を伝う汗はきっと暑さのせいだ。
「辛いときは、悲しい時は無理して笑わなくていいんです! 泣いていいんです!。私は先輩のような経験が無いので貴方の気持ちが分からない。けど、話を聞くことは出来ます! 先輩は私に勇気をくれました。おかげで私は自分の将来と向き合うことが出来ました。だから頼って下さい、先輩。私は槙野先輩の味方ですから…… 」
時雨の言葉に伊織は「うん」と頷いた。
気まずい空気が二人の間に漂う。
引かれてしまった? 嫌われた? そういうマイナスな感情が次々に時雨を襲う。けれど嫌われて仕方ないと思った。こんなにいきなりズバッと言われ、かつ頼って下さいなんて上から目線な言葉。
逃げ出したくなるのを堪える時雨だったが、もう我慢出来そうにない。
「…………かっこいいね、時雨ちゃんって」
「え……?」
けれどその気持ちは伊織の突然過ぎる言葉によって吹き飛んだ。
かっこいい、だなんて今までで一度も言われたことがない。
だからどう受け取っていいのか分からずにいると、伊織が笑いだした。
またまた突然過ぎることに困惑する時雨に対し、伊織はまだ笑っている。
「ごめん……つい。面白くて」
「私、真剣だったんですけど……」
「だね。けどね、俺はもう時雨ちゃんを頼ってるよ。藍の誕生日の件もそうだけどさ、こうして親が二回再婚してるとか話したの時雨ちゃんが初めてだし、頼りっぱなしだよ」
「けど、私は偶然藍ちゃんと槙野先輩が一緒に居るのを見たからで……」
「切っ掛けなんてどうでもいいよ。そんな出来事があったからこうして時雨ちゃんと仲良くなれて、こうして頼れてるんだよ」
穏やかな声と、優しい笑顔に時雨も釣られて笑った。
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