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しおりを挟むケーキ屋にやって来た四人はさっそくケーキを選び、購入し店内で食べ始めた。
時雨は抹茶ケーキ。さくらはモンブラン。最中はチョコレートケーキ。そしてあんこはチーズケーキを頼んだ。
ケーキを頬張る最中とあんこに癒されながら抹茶ケーキを口に運ぶ時雨。次第に頬が緩み、抹茶ケーキを堪能しているとあんこが瞳を輝かせて言った。
「しぐおねぇーちゃん。やっと笑った!」
「え?」
「ほんとだ! さくらの考えたアイデアだったから不安だっけど、さくらもたまには使えるな!」
「ちょっと最中!? あんた、姉に向かって何よその口と態度とその顔は!?」
「顔関係ないじゃん! アホさくら!」
言い合いを初めてしまった二人。
いつもならここで時雨が止めに入るところだが、今日は違った。
──妹達に心配させてしまうなんて……姉失格だよ
時雨は抹茶ケーキを口に運び、小さく息を吐く。
けれど妹達のおかげで元気になれたのは事実だ。
「さくら、最中、あんこ。心配してくれてありがとう。でも、お姉ちゃんはもう大丈夫だから」
そう言って笑って見せた。
「けど、喧嘩はよくない。他の人に迷惑のかかることはしちゃダメって言ってるでしょ?」
「はーい」
「しぐねぇの怒りん坊」
「誰が怒りん坊よ……」
相変わらず手のかかる妹だ、と思いつつ時雨はケーキを完食した。
たまにはこうして姉妹皆でケーキを食べるのも悪くは無いなと思っていると、「あれー? しぐたそ」と聞き覚えのある意味の分からないあだ名が聞こえ、それが自分のことであることに気づいた時、時雨は思わず椅子から立ち上がり声の主を見つめていた。
「晴恵さん……!」
そこには晴恵の姿があり、ひらひらと手を振っていた。
〇◇〇◇〇◇〇◇
さくらに最中とあんこを連れて先に帰るように言い、今度は晴恵と共にまた席に座る。そして時雨の前にはショートケーキが置かれている。
「晴恵さん。やっぱり悪いです……」
「いいのいいの。遠慮せずに食べなよ。高校生なんだから食べないと大きくなれないわよ」
中学二年生の時点で時雨の成長はもう終わっている。
小学生の頃は女子の中では大きい方だったが、中学に入ってからは全く伸びず気づけばいろいろな人達に背を越されていたのは苦い思い出だったりする。
「しぐたそは学校帰りだよね? それにさっきの子達……まさか隠し子?」
「妹です」
はっきりそう言えば、「冗談よ~」と晴恵は言った。
時雨はジト目になりつつケーキを口に運んだ。
「えっと、晴恵さんのその大きな荷物は一体……」
「これ? 実は私美大生で、これは作品よ。しぐたそは芸術に興味ある?」
「絵を描くのは好きです」
「お! ならどう? 美術大学」
「私、もう夢は決まってるので」
晴恵は目を大きく見開き驚いた様子だった。
そして次の瞬間ニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「な、なんですか……?」
思わず時雨は尋ねた。相変わらずのジト目気味の目で。
「だって夢ってそう決まるものじゃないじゃない? 私が高一の時はまだ決まってなかったから驚いたんだ。それで、しぐたその夢って何なの?」
キラキラとした瞳で見つめられてしまえば答えない訳にもいかなかった。
「実は私の家、和菓子屋を営んでまして家を継ごうと思ってるんです」
「お家和菓子屋なの!? 通りでしぐたそに品があるわけだ……。家を継ぐことは小さい頃からの夢だったの?」
「いえ。家を継ごうと決めたのはついこの間なんです。私はずっと現実から逃げてました。私にはそんな役目は務めらないって。けど、槙野先輩が私に勇気をくれたんです。ほんと槙野先輩には感謝してもしきれない」
「なるほどねぇ。つまり、しぐたそはいおりんが大好きってわけだ!」
突然すぎる晴恵の言葉に時雨は思わず咳き込んだ。
なぜ今の話題からそいなる!? と驚きつつも否定が出来ない時雨に晴恵が「青春だなー」と呟く。
きっと今の自分の顔は林檎のように真っ赤だろう。
時雨は冷静さを保とうと試みた。けど、そんなこと出来るわけが無く下を俯くことしか出来なかった。そして頭を下げ、震えた声で時雨は言った。
「……絶対に槙野先輩には言わないで下さい。お願いします」
晴恵は大きく目を見開く。
「言わないから頭上げて、しぐたそ。けど、どうしてそこまで必死なのか教えて欲しいな」
優しい声でそう言われ、頭をそっと撫でられた。
四姉妹の長女である時雨にとってこうして頭を撫でられる機会などそう無い。そのため新鮮さと同時に気恥しさが襲ってきたが、それでも時雨は今誰かに甘えたくなった。
「しぐたそは……いおりんが好きなんだよね?」
「……はい」
「やっぱりか。それで、どうしてあんなに必死だったの?」
晴恵の質問に時雨は更に下を俯き、小さな声で答えた。
「今の関係が一番心地いいんです」
「それってしぐたそが告白して、振られるの前提での話だよね?」
「そう、ですけど」
ズバリ当てられてしまい、時雨は口篭る。
先程までは恋バナに盛り上がり、かつテンションの高い無邪気な先輩という雰囲気だったのが今ではまるで別人のように落ち着いた雰囲気が漂っている。
「もしもの話だけど、伊織が誰かと付き合ったらどうする? それでも今の関係を築ける?」
「そ、それは……」
「伊織は優しいからね。彼女が出来たら彼女に尽くすと思う。そうなったら今の関係はもう終わり。時雨にとって一番恐れてるものなんじゃない?」
意味不明な呼び名から一変し『時雨』とただ名前を呼ばれているだけなのに時雨の心臓の鼓動は速くなっている。
二人の間の空気が変わり、息苦しさが増す。
そんな中、時雨は思い切って経験豊富そうな晴恵に聞いてみることにした。
「……晴恵さんは彼氏さんとか居ますか?」
「うん。居るよ」
即答。さすがと言うべきなのだろうか?
「えっと、彼氏さんを独占したいとか思いますか?」
「うん、思うよ」
またまた即答だった。
「好きならそう思うのが普通じゃない? 独り占めしたいって思うよ」
「ですよね」
「うん。それにどこかの誰かに伊織を独り占めされていいの?」
もし伊織が誰かのものになってしまったら……と考えるだけで時雨の胸は弾けそなくらい苦しくなり、自分は余程伊織に惚れているのだと実感した。
ずっとこの関係が心地がいい。だから思いは伝えない。
そう自分に言い聞かせてきた。
──そんなの、ただの言い訳だ
本当は伊織と恋人になって手を繋いだり、デートしてみたりしたい。
振られるのが怖くて、伊織に引かれるかもしれないと思うと怖くて自分の本当の気持ちに気付かないふりをしていた。
「晴恵さん。ありがとうございます」
時雨はそう言うと、椅子から立ち上がる。
心做しか元気そうに見える時雨に晴恵は微笑んだ。
「頑張ってね、しぐたそ」
その笑顔は時雨のよく知る無邪気な笑顔で、先程の別人のような雰囲気は無い。
深々と頭を下げ、時雨はケーキ屋を飛び出した。
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