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しおりを挟む伊織からメールで両親の喧嘩が終わったというのと離婚の話がなくなったという知らせが届いた瞬間、時雨は思わずその場に崩れ落ちてしまった。
まるで自分の事のように嬉しくて、それと同士にとても安堵した。
これで伊織は遠くへ行かない。そう思ったから。
けれど次に届いたメールに時雨は複雑な気持ちを抱いた。
そのメールには『人を好きになる気持ちもやっと理解出来た。全部時雨ちゃんのおかげだよ』という内容が書かれており、そのメールをよみ終わった後、時雨の心はモヤモヤでいっぱいになった。
理由は嫌でも分かる。
今まで人を好きになることを恐れていた彼がそんな気持ちを振り切ったからである。本当は嬉しいはずなのに複雑な気持ちになるのはきっと伊織が誰かに取られてしまうのではないかという不安があるからだと直ぐに分かった。でも、同時に自分の性格の悪さに時雨はドン引きしてしまっていた。
───独り占めしたいだなんて……私、何考えてるんだろ
クッションに顔を埋め、時雨は大きなため息を吐いた。
〇◇〇◇〇◇:◇:
そして翌日の昼休み。
今日もまた時雨は理恵と共にお昼ご飯を食べていた。
相変わらず時雨のお弁当箱の中には和菓子が入っており、理恵が有り得ないといった様子でお弁当箱を見つめている。しかし、どこか元気の無い時雨に気づいたのか理恵が言う。
「何かあったの?」
そう尋ねれば、時雨は「え?」と言葉を返す。
いつもなら笑顔でお弁当箱に入った和菓子を頬張っているはずなのに今日の時雨はただ和菓子を見つめボーッとしているのだ。
「そつ隣でそうボーッとされてたら私も困るんだけど?」
「ご、ごめんね。 私は至っていつも通りのつもりなんだけど……」
「何? まさか槙野伊織に振られたとか?」
「そうじゃないけど……ただ自分が嫌になったの。その、槙野先輩を独り占めしたいだなんて考える自分が……」
こんな筈じゃなかったのだ。
伊織とは絶対に気まずくなりたくない。
だから思いは伝えず、傍で見守ることに決めた。
傍に入れるだけでいい。付き合いたいとかはそんなモノは望まない。そう思っていたのにどんどん心の底から込み上げてくる思いに時雨は大きなため息を吐く。
今日は大好きな和菓子も喉を通りそうになかった。
「普通、誰かを好きになったら独り占めしたいものじゃないの?」
「そう、なの?」
初めて知る知識に驚く時雨に対し、やれやれと言った様子で理恵が話す。
「普通そうでしょ。それと、思いを伝えるか伝えないかを決める岸田次第だけど、後悔する事になるかもよ。だって岸田は一年。槙野伊織は三年。会いたくても会えなくなるんだから」
「そう……だね」
振られる未来なんて目に見えてはいるが言わずに後悔するよりも言って泣いた方がその後は楽な気がした。
初めて出来た好きな人。
気づけば誰にも取られたくないだなんて我儘な思いが溢れてきていた。
伊織はかっこよくて、とても優しい。人気者で、彼に思いを寄せる女性は沢山居るだろう。自分なんかが伊織と話て、かつ連絡を取り合うという事が出来るだけでも奇跡なのだと思う。
「はぁ……」
時雨の大きなため息に、理恵は顔を顰めた。
「ネガティブ思考は一旦捨ててみなよ。どうせ私と先輩じゃ釣り合わない……とか思ってるんじゃない?」
「うっ」
「図星なのね」
理恵は伊織の隣に並ぶのに違和感を感じさせない程の綺麗な顔立ちをしている。美人な彼女だけど美容になどは一切関心が無いらしい。関心があるのは裁縫、歴史、ゲームぐらいなんだとか。
「ま、私は頑張れとしか言えないけど」
「ありがとう。理恵ちゃんのおかげで何だか気持ちが楽になった気がするよ。私、頑張ってみるよ」
「お、お礼を言われるようなことはしてないから」
頬を赤く染め、理恵はそっぽを向いた。
あまりお礼を言われることになれていないので仕方ない。
〇◇〇◇〇◇〇◇
放課後になりあんこを保育園へと迎えに行った。
あんこはなぜかご機嫌で理由を尋ねると「藍ちゃんが元気になったんだー!」と言った。どうやら藍の元気が無かった理由は両親が喧嘩していたからなのかもしれない。
「しぐねぇー。なんか、元気ない?」
「え!?」
「いつもニコニコしてるのに今日は全然ニコニコじゃないよ? 」
思いがけない言葉に戸惑っていると「「しぐねぇ!」」と二人分の声が聞こえ顔を上げるとさくらと最中がそこに居た。二人は制服姿で鞄を持っていることからどうやら帰宅途中のようだ。
まさかこうして姉妹四人揃うとは思っておらず驚いているとそんな時雨の元にさくらと最中が駆けつけ、一気に愚痴をこぼし出す。喧嘩の多い二人だが帰宅中でも喧嘩とは……とこっちでも驚いた。
「しぐねぇ。今日、店は定休日だしさ。ケーキ食べいかない? 持ち帰りしたらじいちゃん煩いし」
さくらの申し出に時雨は「えぇ……」と言葉を零す。
和菓子屋きしだの店主である四人の祖父はとにかく洋菓子が大嫌いなのである。だから時雨は極力洋菓子を食べることは避けていたのだが……。
最中とあんこが瞳を輝かせ、時雨を見ていた。
どうも妹(最中とあんこ)には甘い時雨は仕方ないなと折れてしまった。
公園に立ち寄れないのは心悔しいが、これまた仕方ない。
時雨は三人を連れて伊織と共に行ったケーキ屋へ向かった。
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