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なんとか2人との食事を終えた俺は、1人の家に帰る気持ちになれなくて、酒を浴びるように飲んで、何も分からなくなるほど酔っぱらいたかった。
俺の心の大部分を占めていたその恋は、盛大に砕け散った。失恋の痛みは半端じゃなく大きい。俺を救ってくれて、生きる意味となっていたその人への恋だから、失った反動はとてつもなく大きかった。
だが失恋、と言っても想いを伝えることはもとより、俺は何も行動出来なかったのだけど。
意気地無しな俺の、長年の思いが完全に行き場を失ったその心の重さをなくしたくて、痛さを忘れたくて、俺は下町のパブを何軒もはしごした。静かな雰囲気のバーに行く気分には到底なれずに騒がしい陽気な空気が溢れる店ばかりを探した。
ひたすら1人で浴びるように酒を呑んで、ふと気がつくともう日付が変わろうかという頃だった。
食事を終えて、2人と別れたのは確か7時頃だったから、随分長い間飲み続けていたことになる。でも酒で頭がふわふわするくらいが今の俺にはちょうどいい。俺は酒には強い方で、どれだけ飲んでも記憶がなくなることは滅多にないし、頭がふわふわするのにも量がほしい。そんな俺でも休みなしにひたさら飲み続けていると、さすがにふわふわぐらいではすまされなくなってきて、本格的に頭がぼーっとしてきた。正常に働かない頭が、それでもこれ以上はやばいと警告を発し始める。でも今日ばかりは止まれない。
何軒目かもわからないパブで、何杯目かもわからない酒を飲んでいると空いていた隣の席に人が座ってきた。
「おにーさん、酔ってるねー」
若い男だった。ガタイがすごくいい。
まあ俺みたいな日本人からしたらこっちの人は皆そうだ。
「どうしたの?なんか嫌なことでもあった?」
男はそのまま軽薄そうに絡んでくる。邪険に追い払う気力も思考力もなくて俺は適当に返事をしておく。
「あぁ。それ以外の何に見える?」
その返事に男はにっと笑った。
「じゃあ俺が慰めてあげるよ。ね?一緒にどう?」
そう言いつつそいつは腰に手を回してきた。内心でしまったと大きく舌打ちをする。面倒なのに絡まれてしまった。俺はどうも男にモテるようで、こうして酒を呑んでいると絡まれることが多い。日本人だからなのか、俺自身の顔や体型のせいなのかわからないが、煩わしいことにはかわりない。…本当に好きなやつにはどうにもならない無駄な特徴。自嘲的な気持ちになって酒をぐっと煽った。
「あいにく俺にそういう趣味はない」
そう言えば離れていくだろうかと思った。ぼーっとするせいでちゃんと出来ているか怪しいが、冷たい声と表情を意識してそう言い放った。が、開放してくれるかという予想は大きく外れた。男は笑みを更に深めて俺の耳元に口を寄せてこう言った。
「嘘つき。おにーさんそっちもいけるくせに」
「俺は!!」
思わず大きな声が出た。
「俺は…そんなんじゃない!」
いけるとかいけないとかそんな簡単なことじゃない。好きなのはあいつだけだったんだ。それ以外の男に魅力を感じたことはない。
でも半分言い当てられて少なからず俺は動揺してしまった。酔いのせいでその動揺を隠すことも出来ない。確信を得た男は更に迫ってくる。
「ね、絶対気持ちよくするから。俺テクあるよ」
腰に回された手が怪しく動き始める。
このままだと本気でヤバイとぼんやりした頭でもわかって俺は慌てて席を立った。
机に代金をおいて急いで店を出る。
振り返ることなく闇雲に歩いた。
しばらく歩いてからついてくる気配がないことを確認してほっと息をつく。安心したと同時に自分が惨めすぎて涙がにじんできた。慌ててそれが零れないように上を向いて乾かす。ふと辺りを見回すと全く来たことがない細い路地裏のような道の途中で、どうやら闇雲に歩きすぎたことに気がついた。
俺は思ったより酔っぱらっていたらしい。これは完全な迷子じゃないかとぽつりと呟いて、でもそこにいても仕方がないので俺は2方向しかない道を直感で選んで歩きだした。歩きながら俺はいったい何をしているんだとまた泣きたくなってきた。
失恋して、男に絡まれて、大人なのに迷子になって…今度こそ涙が出そうになる。
必死にそれを堪えて歩いていると、突然道が少し広くなって真っ暗だった行く手に明かりが見えた。こんな場所になにがあるんだ?訝しく思いながらそこまで進むと、それはどうやら小さな店のようだった。こんな時間に空いてるのならパブか?看板には〈Lume〉と文字が並んでいる。ルーメ…日本語だと〈灯り〉か。
確かにその店は暗い路地の中で灯りをともすように光を放っていた。
俺はその灯りに誘われるように店内へと足を踏み入れた。
俺の心の大部分を占めていたその恋は、盛大に砕け散った。失恋の痛みは半端じゃなく大きい。俺を救ってくれて、生きる意味となっていたその人への恋だから、失った反動はとてつもなく大きかった。
だが失恋、と言っても想いを伝えることはもとより、俺は何も行動出来なかったのだけど。
意気地無しな俺の、長年の思いが完全に行き場を失ったその心の重さをなくしたくて、痛さを忘れたくて、俺は下町のパブを何軒もはしごした。静かな雰囲気のバーに行く気分には到底なれずに騒がしい陽気な空気が溢れる店ばかりを探した。
ひたすら1人で浴びるように酒を呑んで、ふと気がつくともう日付が変わろうかという頃だった。
食事を終えて、2人と別れたのは確か7時頃だったから、随分長い間飲み続けていたことになる。でも酒で頭がふわふわするくらいが今の俺にはちょうどいい。俺は酒には強い方で、どれだけ飲んでも記憶がなくなることは滅多にないし、頭がふわふわするのにも量がほしい。そんな俺でも休みなしにひたさら飲み続けていると、さすがにふわふわぐらいではすまされなくなってきて、本格的に頭がぼーっとしてきた。正常に働かない頭が、それでもこれ以上はやばいと警告を発し始める。でも今日ばかりは止まれない。
何軒目かもわからないパブで、何杯目かもわからない酒を飲んでいると空いていた隣の席に人が座ってきた。
「おにーさん、酔ってるねー」
若い男だった。ガタイがすごくいい。
まあ俺みたいな日本人からしたらこっちの人は皆そうだ。
「どうしたの?なんか嫌なことでもあった?」
男はそのまま軽薄そうに絡んでくる。邪険に追い払う気力も思考力もなくて俺は適当に返事をしておく。
「あぁ。それ以外の何に見える?」
その返事に男はにっと笑った。
「じゃあ俺が慰めてあげるよ。ね?一緒にどう?」
そう言いつつそいつは腰に手を回してきた。内心でしまったと大きく舌打ちをする。面倒なのに絡まれてしまった。俺はどうも男にモテるようで、こうして酒を呑んでいると絡まれることが多い。日本人だからなのか、俺自身の顔や体型のせいなのかわからないが、煩わしいことにはかわりない。…本当に好きなやつにはどうにもならない無駄な特徴。自嘲的な気持ちになって酒をぐっと煽った。
「あいにく俺にそういう趣味はない」
そう言えば離れていくだろうかと思った。ぼーっとするせいでちゃんと出来ているか怪しいが、冷たい声と表情を意識してそう言い放った。が、開放してくれるかという予想は大きく外れた。男は笑みを更に深めて俺の耳元に口を寄せてこう言った。
「嘘つき。おにーさんそっちもいけるくせに」
「俺は!!」
思わず大きな声が出た。
「俺は…そんなんじゃない!」
いけるとかいけないとかそんな簡単なことじゃない。好きなのはあいつだけだったんだ。それ以外の男に魅力を感じたことはない。
でも半分言い当てられて少なからず俺は動揺してしまった。酔いのせいでその動揺を隠すことも出来ない。確信を得た男は更に迫ってくる。
「ね、絶対気持ちよくするから。俺テクあるよ」
腰に回された手が怪しく動き始める。
このままだと本気でヤバイとぼんやりした頭でもわかって俺は慌てて席を立った。
机に代金をおいて急いで店を出る。
振り返ることなく闇雲に歩いた。
しばらく歩いてからついてくる気配がないことを確認してほっと息をつく。安心したと同時に自分が惨めすぎて涙がにじんできた。慌ててそれが零れないように上を向いて乾かす。ふと辺りを見回すと全く来たことがない細い路地裏のような道の途中で、どうやら闇雲に歩きすぎたことに気がついた。
俺は思ったより酔っぱらっていたらしい。これは完全な迷子じゃないかとぽつりと呟いて、でもそこにいても仕方がないので俺は2方向しかない道を直感で選んで歩きだした。歩きながら俺はいったい何をしているんだとまた泣きたくなってきた。
失恋して、男に絡まれて、大人なのに迷子になって…今度こそ涙が出そうになる。
必死にそれを堪えて歩いていると、突然道が少し広くなって真っ暗だった行く手に明かりが見えた。こんな場所になにがあるんだ?訝しく思いながらそこまで進むと、それはどうやら小さな店のようだった。こんな時間に空いてるのならパブか?看板には〈Lume〉と文字が並んでいる。ルーメ…日本語だと〈灯り〉か。
確かにその店は暗い路地の中で灯りをともすように光を放っていた。
俺はその灯りに誘われるように店内へと足を踏み入れた。
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