バースデーソング

せんりお

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ニコラに撃沈させられた、そんなオフの日を経て、俺は2日と空けずLumeに通うようになった。といってもまだ数えるくらいだけど。
セルジオを見るとまだ苦しい。でもLumeにいる間は自然とそれを忘れることが出来るのだ。それにニコラが作った料理は匂いから食欲をそそって、味も文句なしに、というか舌がとろけるほど美味しい。いまだに食欲の戻らない俺の栄養は、今やニコラの料理だけで補われているに近い。




レコーディング終わりにふと思い立ってLumeへ行ってみることにした。明日はオフでもなんでもないけど、お腹が減ってニコラの料理を欲していた。最近は心の方がいっぱいでお腹はめったに減っていると感じない。そんなお腹が珍しく空腹を訴えている。

最近の自分の現状を省みて、セルジオに依存していたことを突きつけられて自分を責めるしかなくなった。失恋、たったそれだけでここまで追い込まれている自分を内心で自嘲的に笑う。俺の中でのセルジオの面積が大きすぎて何日たっても空いたところが埋まらない。




細い路地に入っていくといつもの明かりが見えないことに気がついた。訝しく思いながら店の前に立つと、closeの看板がかかっていた。もしかして定休日なのかも、と思いあたる。

「嘘だろ…」

思わずお腹に目をやる。俺の胃袋はニコラの料理を期待して、準備万端だったのにどうやら今日はありつけないようだ。

「…スープでも飲もう」

お腹が空いている今ならなんとかそれくらいは自分で作っても食べれるかもしれない。仕方ないだろ、とお腹を撫でながら踵を返して元来た道を戻ろうとした、その時カラカラと窓が開く音がした。振り返ると2階の窓が開いていて、そこからニコラの顔が覗いていた。

「え、チハル?」

目を丸くしてこちらを見下ろしている。 

「また明日出直すよ!」

とても驚いている様子のニコラにそう声をかけてまた歩き出す。あーびっくりした。2階の電気を確かめるのを忘れていた。そりゃあここに住んでいるから、2階にいるのは当たり前なんだけど、タイミングが良すぎてびっくりした。勝手にいないと思っていたから心臓飛び出るかと思った…

「え、あ、あ、チハルストップ!待って!」

ニコラの慌てた声が追いかけてきて、振り向くと、見えていた姿が消えた。
あーやっぱりびっくりさせたかな。俺も驚いたけど向こうも相当驚いただろう。
姿が消えて間もなく店の扉が開いた。そこからニコラが出てくる。普段の爽やかさはなく、焦った様子が少しおかしくて俺は笑いを溢してしまった。

「ちょ、何笑ってんの。っていうか急に帰んないでよ、びっくりした」

「あはは、ごめん」

目の前に来たニコラは普段見ないTシャツとジーンズというカジュアルな服装で、新鮮に思えた。

「来てみたんだけど定休日だろ?また明日来るよ」

そう端的に説明する。せっかくの休みなんだからちゃんと休んでもらいたい。早く帰ろうと思ってじりじりと後退する。と、ニコラに腕をがしっと掴まれた。

「帰んないで食べてって。せっかく、来てくれたのに帰らないで」

掴まれた手の力の強さと、真剣な目に戸惑う。

「ニコラ?」

問いかけるように名前を呼ぶと、ニコラは我に帰ったようにぱっと手を離した。髪の毛をくしゃくしゃっとしながら目をそらす。

「あー、いや、定休日伝えてなかった俺も悪いしね。来てくれたのにもったいないし。それに試作品も試して欲しいし、ね?食べていってくれない?」

畳み掛けるように言葉を重ねて引き止められて、思わず頷く。

「ほんとにいいの?」

申し訳なさからそう聞くと、ニコラは笑みを浮かべてもちろん、と答えてくれた。



店に招き入れられて、中に入る。いつもと違って暗い店内はしんとしていて少し寂しく感じた。

「ここは寒いから上に行ってて」

ニコラに言われて階段を上がる。初めて来た日以来のニコラの部屋は明るくて暖かくてほっとした。
ニコラも間を空けず階段を上がってきた。

「お腹空いてる?」

言われて頷くと

「そこらへんに座っていいよ。ちょっと待っててね」

そう言ってまた階下に下りていった。言われた通りに俺はソファに腰を下ろした。ニコラを待ちながら考える。……なんでニコラはあんなに真剣だったんだ?俺、そんなにヤバそうに見えたかな。確かにお腹は減っていたけども、それは見た目からわかるものなのか?
ぐるぐると思考を回していると階下から美味しそうな匂いが漂ってきた。試作品だと言っていたけれど何を作っているのだろうか。すんっと匂いを吸い込んでみる。ん?なんか嗅いだことあるなこれ…この匂い知ってる…




少したってニコラがお皿を持って部屋に入ってきた。

「お待たせ」

そう言いながら俺の前に皿を置く。深めの皿に入ったその料理は

「やっぱりそうか!肉じゃがだ」

香ばしい匂いを漂わせるそれは日本定番の料理だった。

「わかってたの?すごいね」

ニコラが言いながら箸を差し出してくれる。

「え、箸?」

「うん。和食を食べるならお箸でしょ。さ、冷めないうちにどうぞ」

促されて手を合わせた。

「いただきます」
「イタダキマス」

いつもの挨拶をすると自分の声にニコラの声もかぶさって驚いた。片言のいただきます。見るとニコラがにこにこと笑っていて俺も自然と笑顔になった。誰かといただきますを一緒に言ったのは久しぶりで、なんだか嬉しかった。
しっかり色がついたじゃがいもを箸で割る。ほくほくのそれはとても柔らかくて軽く箸が通った。口に運ぶと、独特の甘辛いような味の染み込んだじゃがいもはほろりと溶ける。

「うまっ」

思わず呟いて、すぐに次を頬張る。玉ねぎも人参も程よく柔らかくて、優しい味が美味しい。あーお米が欲しい。箸が止まらない。

「どこが試作品?完璧じゃん。すっげぇ美味しい」

俺が美味しい、美味しいと言いながら食べるのをニコラは微笑みながら見ていた。

「ほんと?嬉しいな。今度から店に出してみようかな」

そう言って自分も箸をとって食べ始めた。

「和食って難しいから心配だったんだよ。久しぶりに作るしね」

「久しぶり?」

久しぶりって…なんで突然作ろうと思ったんだろう。疑問符をつけて返す。

「うん。和食はあんまり作ってなかったんだけど、チハルに食べてほしくて」

何の気なしに言った問いに、さらっとそんな言葉を返されて固まった。久しぶり、なのは俺のため、か…

「…ニコラが恥ずかしい」

思わず手で顔を覆って俯く俺にニコラが笑った。

「なんでさ。チハルが美味しいって俺の料理食べてくれるから嬉しくて。もっとその美味しいって喜ぶ顔が見たくなった」

さらにそんな言葉を重ねるニコラに顔を上げられない。俺は顔どころか耳まで真っ赤じゃなかろうか。

「……人たらしがいる」

かろうじてそう言った俺に、本心なんだけどなとニコラが呟いている。なんだこれ、耳が溶ける…
やっと回復して顔をあげた頃にはニコラは半分以上食べ終わっていた。

「あ、やっと戻ってきた」

「ニコラのせいだよ」

言い返して再び食べ始める。少し冷めてしまったけどそれでも美味しいニコラの肉じゃが。あっという間に完食して、ごちそうさまと手を合わせた。



 
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