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長い披露宴も終わり、招待客はそれぞれに帰っていく。俺も会場から出て、んーっと伸びをした。着なれないスーツを着て、体が固まっている。
これから所長と飲みに行く約束だ。
崩れた化粧を直しに行った所長を外で待つ。
昼頃から始まった披露宴なのに外はもう日が沈み始めていた。
空を眺めているとチハル、と名前を呼ばれて振り向いた。振り向く前からわかっていた。この声は、セルジオだ。
「チハル!」
セルジオがこちらに向かって走ってきた。
「セルジオ、お前なんでここにいんの?」
「ちょっとお前と話したくて」
セルジオが俺の隣に並んだ。
「俺に話?」
「あぁ。あのさ…」
少し言い淀んでいる様子のセルジオに首を傾げる。少し待つと、セルジオは思いきったように口を開いた。
「lampflickerってどういう意味だと思う?」
「…は?」
なんの脈絡もない、唐突なその言葉に俺はぽかんと口を開けた。
何を言い出すんだこいつは、とセルジオの表情を伺うと、それはひどく真剣だった。
「なんだよ突然」
「いいから。で、どう思う?」
どうしても俺の意見を聞きたい様子のセルジオに、訝しく思いながらも俺は答える。
「どうって、お前がつけたんじゃんか。響きがいいからって」
セルジオが響きがいいからと勝手につけて、俺は当初は渋ってみせたものの、今は同じように思っている。それをなんで今さら…?
「あー、うん、そうなんだけど」
セルジオがため息混じりに、頭をかきながら言う。綺麗に整えられた髪が乱れる。あーもったいない。せっかくきまってたのに…
「おい、聞いてる?」
「っうん、聞いてる聞いてる」
思考を散らしていたのをあっさり見抜かれる。慌てて返事をする俺をじとっと見てからセルジオはすっと目をそらした。その目は今まさに沈んでいく太陽に移され、その眩しさに細められた。
「あのさ、lampflickerって実は意味があるんだ」
「え?」
「俺が込めた意味がさ、あるんだよ。照れくさくて言ってなかったんだよな」
初耳の話に驚く。lampflickerはセルジオが響きがいいからと勝手につけた名前だった。
「…聞いてない」
「言ってない」
セルジオが悪戯っぽく密やかに笑いを溢した。
「俺が込めたlampflickerの意味はさ、“灯りを点す人”っていう意味なんだよな」
「…灯りを、点す人」
「そう。この世界のどこか、灯りがない暗闇にいる人に灯りを。絶望に希望を。音楽であげられたらな、そんな存在でいられたらなって意味」
な、照れくさいだろ?セルジオが少し赤く染めた頬で笑う。俺は言葉がうまく出ずにいた。
「…そんな意味が?」
「うん。でもこれは途中で思い始めた意味」
「途中?」
「そ。最初は灯りを点してあげたいのは世界の人じゃなかった。最初は…チハルに、って意味だった」
「お、れ…?」
俺に灯りを。その言葉に呆然とする。なんで、俺?
「初めて会ったときのチハルはまさしく暗闇にいる人だった」
語るセルジオから目が離せない。その横顔は夕日に照らされてオレンジに染まっていた。
「それで、どうにか力になりたくて。でも話を聞いてやるくらいしか当時の俺には出来なかった。それが悔しくてさ。せめてlampflickerっていう形でだけでも助けになれたらって思ったんだよな」
引いた?と伺うように言うセルジオにぶんぶんと首を振った。
「まさか、引くわけ、ない」
声が震えた。まさか、そんなことをセルジオが思ってくれていたなんて。
「話を、聞いてくれるだけでも、俺は嬉しくて…救われてた」
そっか、とセルジオが笑った。お互いに目は合わせない。目が合えばきっと俺は泣いてしまう。救ってもらったどころか、セルジオは俺の人生の恩人だ。そう言いたいのに感動とか、嬉しさとか、驚きや感謝、いろんな感情が入り交じってうまく言葉が出ない。
「…1年くらい前からかな。またお前が暗闇に戻った感じがして、ずっと心配だった。最近はちょっとましになったけど」
1年前、それは俺がセルジオに失恋した頃だ。気づかれないようにと、いつも通りを心がていたけどセルジオは俺が落ち込んでいるのに気づいていたようだ。それに驚くとともに少しいたたまれない。
ぽつりとセルジオが言葉を続けた。
「…ごめん、とか絶対言わない。けど、ありがとな、とは言っとく」
「っ!?」
その言葉に俺は目を見開いた。
まさか、まさかこいつは、俺の気持ちを知って…?
今度こそ涙の堰が決壊した。
セルジオは俺の気持ちに気づいていて、その上で気づかないふりをしてくれていたのか。
思えばこいつは俺に恋愛系の話を振ってくることはほとんどなかった。それは、俺の気持ちに気づいていたから…?だとしたらこいつは俺に優しすぎる。男に好かれているなんて気持ち悪いと思われても仕方がない。でもセルジオはそうじゃなくて、見守っていてくれたんだ。
俺はぼろぼろ泣いた。その間セルジオは何も言わずに、ただ隣に立っていてくれて、それが有り難かった。
このまま俺が何も言わずに帰っても、こいつはこれからも今までと変わらず接してくれるんだろう。鈍感なふりをして、俺の必死な演技に付き合ってくれるのだろう。
でもそれじゃダメだ。俺には言わなくちゃならないことがある。
「っセルジオ」
「ん?」
呼び掛ける俺に、優しい声が答えてくれる。
「俺、お前も、lampflickerも大好きだ。お前もlampflickerもずっと…俺の灯りで、それで、これからもそう」
「…うん」
必死に言った俺にセルジオがこっちを見てしっかり頷いた。俺の大好きな頼もしい笑顔で。
俺はそれを曇る視界にしっかり捉えて、そして1番言わなくてはならないことを言う。
「セルジオ、結婚おめでとう」
心から、本当に心の底からやっと言えた。ごめんは絶対に言わない。それを言わなかったセルジオに応えて、絶対に。だから何の憂いもない、ただ心からの感謝と、幸せを祈る祝福を込めて。
それを受けたセルジオはにかっと笑った。久々にそれを見ることに気づく。何の影もない、本当に心からの嬉しそうな笑顔。
「うん。ありがとう」
俺たちはしばらく並んで空を見上げた。涙が溢れないように、上を向く。
見上げた空はオレンジ色に染まっていて、それがひどく綺麗だと思った。
これから所長と飲みに行く約束だ。
崩れた化粧を直しに行った所長を外で待つ。
昼頃から始まった披露宴なのに外はもう日が沈み始めていた。
空を眺めているとチハル、と名前を呼ばれて振り向いた。振り向く前からわかっていた。この声は、セルジオだ。
「チハル!」
セルジオがこちらに向かって走ってきた。
「セルジオ、お前なんでここにいんの?」
「ちょっとお前と話したくて」
セルジオが俺の隣に並んだ。
「俺に話?」
「あぁ。あのさ…」
少し言い淀んでいる様子のセルジオに首を傾げる。少し待つと、セルジオは思いきったように口を開いた。
「lampflickerってどういう意味だと思う?」
「…は?」
なんの脈絡もない、唐突なその言葉に俺はぽかんと口を開けた。
何を言い出すんだこいつは、とセルジオの表情を伺うと、それはひどく真剣だった。
「なんだよ突然」
「いいから。で、どう思う?」
どうしても俺の意見を聞きたい様子のセルジオに、訝しく思いながらも俺は答える。
「どうって、お前がつけたんじゃんか。響きがいいからって」
セルジオが響きがいいからと勝手につけて、俺は当初は渋ってみせたものの、今は同じように思っている。それをなんで今さら…?
「あー、うん、そうなんだけど」
セルジオがため息混じりに、頭をかきながら言う。綺麗に整えられた髪が乱れる。あーもったいない。せっかくきまってたのに…
「おい、聞いてる?」
「っうん、聞いてる聞いてる」
思考を散らしていたのをあっさり見抜かれる。慌てて返事をする俺をじとっと見てからセルジオはすっと目をそらした。その目は今まさに沈んでいく太陽に移され、その眩しさに細められた。
「あのさ、lampflickerって実は意味があるんだ」
「え?」
「俺が込めた意味がさ、あるんだよ。照れくさくて言ってなかったんだよな」
初耳の話に驚く。lampflickerはセルジオが響きがいいからと勝手につけた名前だった。
「…聞いてない」
「言ってない」
セルジオが悪戯っぽく密やかに笑いを溢した。
「俺が込めたlampflickerの意味はさ、“灯りを点す人”っていう意味なんだよな」
「…灯りを、点す人」
「そう。この世界のどこか、灯りがない暗闇にいる人に灯りを。絶望に希望を。音楽であげられたらな、そんな存在でいられたらなって意味」
な、照れくさいだろ?セルジオが少し赤く染めた頬で笑う。俺は言葉がうまく出ずにいた。
「…そんな意味が?」
「うん。でもこれは途中で思い始めた意味」
「途中?」
「そ。最初は灯りを点してあげたいのは世界の人じゃなかった。最初は…チハルに、って意味だった」
「お、れ…?」
俺に灯りを。その言葉に呆然とする。なんで、俺?
「初めて会ったときのチハルはまさしく暗闇にいる人だった」
語るセルジオから目が離せない。その横顔は夕日に照らされてオレンジに染まっていた。
「それで、どうにか力になりたくて。でも話を聞いてやるくらいしか当時の俺には出来なかった。それが悔しくてさ。せめてlampflickerっていう形でだけでも助けになれたらって思ったんだよな」
引いた?と伺うように言うセルジオにぶんぶんと首を振った。
「まさか、引くわけ、ない」
声が震えた。まさか、そんなことをセルジオが思ってくれていたなんて。
「話を、聞いてくれるだけでも、俺は嬉しくて…救われてた」
そっか、とセルジオが笑った。お互いに目は合わせない。目が合えばきっと俺は泣いてしまう。救ってもらったどころか、セルジオは俺の人生の恩人だ。そう言いたいのに感動とか、嬉しさとか、驚きや感謝、いろんな感情が入り交じってうまく言葉が出ない。
「…1年くらい前からかな。またお前が暗闇に戻った感じがして、ずっと心配だった。最近はちょっとましになったけど」
1年前、それは俺がセルジオに失恋した頃だ。気づかれないようにと、いつも通りを心がていたけどセルジオは俺が落ち込んでいるのに気づいていたようだ。それに驚くとともに少しいたたまれない。
ぽつりとセルジオが言葉を続けた。
「…ごめん、とか絶対言わない。けど、ありがとな、とは言っとく」
「っ!?」
その言葉に俺は目を見開いた。
まさか、まさかこいつは、俺の気持ちを知って…?
今度こそ涙の堰が決壊した。
セルジオは俺の気持ちに気づいていて、その上で気づかないふりをしてくれていたのか。
思えばこいつは俺に恋愛系の話を振ってくることはほとんどなかった。それは、俺の気持ちに気づいていたから…?だとしたらこいつは俺に優しすぎる。男に好かれているなんて気持ち悪いと思われても仕方がない。でもセルジオはそうじゃなくて、見守っていてくれたんだ。
俺はぼろぼろ泣いた。その間セルジオは何も言わずに、ただ隣に立っていてくれて、それが有り難かった。
このまま俺が何も言わずに帰っても、こいつはこれからも今までと変わらず接してくれるんだろう。鈍感なふりをして、俺の必死な演技に付き合ってくれるのだろう。
でもそれじゃダメだ。俺には言わなくちゃならないことがある。
「っセルジオ」
「ん?」
呼び掛ける俺に、優しい声が答えてくれる。
「俺、お前も、lampflickerも大好きだ。お前もlampflickerもずっと…俺の灯りで、それで、これからもそう」
「…うん」
必死に言った俺にセルジオがこっちを見てしっかり頷いた。俺の大好きな頼もしい笑顔で。
俺はそれを曇る視界にしっかり捉えて、そして1番言わなくてはならないことを言う。
「セルジオ、結婚おめでとう」
心から、本当に心の底からやっと言えた。ごめんは絶対に言わない。それを言わなかったセルジオに応えて、絶対に。だから何の憂いもない、ただ心からの感謝と、幸せを祈る祝福を込めて。
それを受けたセルジオはにかっと笑った。久々にそれを見ることに気づく。何の影もない、本当に心からの嬉しそうな笑顔。
「うん。ありがとう」
俺たちはしばらく並んで空を見上げた。涙が溢れないように、上を向く。
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