バースデーソング

せんりお

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ツアーを明後日に控えた日の夜。ドアを躊躇いがちに押し開けると、俺の気持ちを反映したようにいつもより控えめにベルがなった。

「いらっしゃいませ」

ニコラが振り向いて少し驚いた顔をした。でもすぐにいつものような笑みを浮かべる。

「いらっしゃい。今日は早いね」

「うん。…少し話をしたかったから」

ニコラと向かい合えるようにカウンターに座る。いつもはお酒を出してくれるニコラが今日は何も言わずにコーヒーを淹れてくれた。コーヒーの芳ばしい香りがふわっと俺を包む。

「「この間は」」

話始めはタイミングも言葉もまったく同じだった。それに顔を見合わせて思わず笑う。それでどこか硬くなっていた気持ちがふっと和らいだ気がした。

「この間はごめん。話もきかずにそのまま帰っちゃって」

「いや、ごめん。急にあんなこと言った俺が悪いんだよ。正直もう来てくれないかと思った」

ニコラに謝られて、そして次に続いた言葉を全力で否定する。

「それは絶対にない!…ニコラにもう来てほしくないって言われる意外は絶対ない」

そう言うとニコラはふっと微笑んで、ありがとうと言った。

「でも俺の気持ちは否定しないよ。俺はチハルが好き。もちろん恋愛的な意味でね」

どストレートに伝えられた言葉に固まる。ニコラの表情を窺うと、それはひどく真摯なものだった。

「…それはいつ、から」

「んー、正確なことは言えないかな。気づいたら好きだった。ちょっとしたときの仕草とか、言葉とか。そういうのが可愛くて仕方なくなってた」

ニコラがストレートすぎてなんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。本人はいたって真面目な顔で話している。言ってる本人がなんともなくて、聞いてる俺の顔が真っ赤だ。

「っていうか顔は最初から好みど真ん中だったね」

本日最高の豪速球どストレート!!思わず俺は顔色を隠すためにすすっていたコーヒーを吹き出しかけた。

「っおま!?」

ほんとだよ?と首を傾けて尚もニコラは言う。

「わかった、わかったから!」

もう止めて、ととうとう俺は顔を手で覆った。顔から火が出そうだ。そんな俺をふふっと笑いながらもニコラはそのまま放置してくれた。
やっと顔の熱さがおさまった頃、そろそろと顔を上げてニコラに再び問う。

「ニコラってさ…男が好きなの?」

「うん。俺ゲイだからね」

その発言に俺は目を見開いた。知らなかった。そうだったのか。だからと言って偏見も何もないのだが、そんな素振りがなかったので驚いたのだ。でもニコラがゲイだということで納得できることもある。
俺がセルジオに失恋した、つまり男が好きだったと言っても何も反応しなかったこととか。
 
一人納得しているのニコラがそっと尋ねてきた。

「あのさ、チハルは男が好きなの?」

さっき俺がした質問が返ってきた。ニコラの表情はひどく真剣でどこか切羽詰まっているように見える。でも残念ながら俺はその問いに対する明確な答えを持たない。

「んー、何て言うか…好きになったらたまたま男だった、みたいな感じ。多分男女関係ないのかもしれない。バイってやつなのかな…曖昧でごめん」
 
「ううん、ありがとう」 

何故かお礼を言われて、不思議に思った。思案している間、斜めに向けていた視線を再びニコラに戻すと、その表情は嬉しそうで、キラキラしていて―――ギラギラもしていた。

「チハルは女性を好きな人だし、伝えて砕け散ろうとか自分勝手に思ってたんだけど、男も好きになれるんだよね。じゃあ絶対に諦めない。これで俺は心置きなくチハルを口説けるってことだ」

いつものニコラにはない、獲物を狙うようなギラギラした目で見られて俺はひっと肩を竦めた。

「俺は…今ニコラが好きなのかわからない。答えを出すのにも時間がかかると思う。それでも、いいの…?」

「うん。いつまででも待つよ。それにただ待ってなんてあげない。落として見せるよ。覚悟してねチハル」

ニコラらしからぬ言い回しと悪どい表情で言われたその言葉。でもその目は明らかに優しくて、なんていうか…甘くて…俺はまた赤面するよりなかった。







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