恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第七章 甘い誘惑

5.

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「こちらです」

 乙女は重也の声で我に返ると、彼の掌が指し示す方向に視線を向けた。そこは実に居心地の良さそうなサロンだった。冷暖房が完備されているのだろう。暑くもなく寒くもない。
 天井まであるガラスパーテーション前には別珍の豪華なカウチが置かれ、四季の風景がジックリ愛でられるようになっている。
 その部屋の中央に重也が言ったように七人の女性がいた。彼女たちはローテーブルを囲むようにソファー姿勢良く座り、思い思いの方を向いていた。

「奥様、桜小路乙女様をお連れ致しました」

 重也の声で七人の視線が乙女に向く。
「あら、なんて可愛らしい方なのかしら」とその中の一人が優雅に立ち上がる。
 マロン色の夜会巻きがコバルトブルーのドレスによく映えている。
 女神様? あまりの美しさに、乙女は言葉を失い突っ立ったままじっと女性に魅入ってしまった。

「ごきげんよう。ようこそ、常磐蜜子みつこです」

 白く細い手を乙女に向け差し出した。乙女はその手を握り蜜子を仰ぎ見る。
 蜜子はハイヒールを履いているものの、モデルでもしていたかのように背が高い。おまけにボディーラインにピッタリ沿ったドレスが彼女のスタイルの良さを際立たせていた。
 こんな綺麗な人、生まれて初めて見たかも……。同性なのにドキドキする、と乙女は頭に血を上らせたまま挨拶する。

「あっ……桜小路乙女と申します。このたびはお招きありがとうございます」
「本当に可愛い方。緊張していらっしゃるの?」

 蜜子がコロコロ笑いながら「取って食べちゃったりしないから、ご心配なく」と言いながら、「ところで」と乙女の全身を舐めるように見る。

「もしかしたらそのお洋服、マダム・メープルのものかしら?」

 ミミの側で囁かれて乙女は赤くなりながらコクコク頷いた。
 蜜子は輝くような笑みを浮かべ、「とてもお似合いよ」と乙女を中央のソファーへと誘う。
 蜜子に他の六名も紹介され、それぞれ名のある公爵家の奥方ばかりと知る。

「この中では私が一番年長者なのよ」

 三十一歳だと言う蜜子をまじまじと見つめ、乙女は嘘でしょうと目を丸くする。
 その様子に蜜子がまたコロコロと笑う。どうやら彼女は笑い上戸のようだ。

「有閑マダムのお茶会のことをどのようにお聞きになったかは知りませんが、このお茶会は私の義母が独断と偏見で作った『若嫁の茶会』なんですのよ』
「はぁ」
「現在の主催者は蜜子様で、実は『有閑マダムのお茶会』は愚痴を言い合う会なんです」

 参加者の一人、小岩井苺こいわいいちごがクスクス笑う。

「あのぉ、小岩井公爵の……」
「はい! 小岩井家長子の嫁です。確か乙女様と同年齢だと思います」

 まるで小学生のような元気の良さに、乙女は耳を疑う。

「あら、そういう言い方をすると、いかにも姑や小姑の悪口を言い合うような会に聞こえてよ」
「えっ! そうじゃなかったのですか?」

 天真爛漫の苺の物言いに、その場が笑いに包まれる。

「そうね。私はこのお茶会があったから、慣れない公爵家でもこうやってこられと思います」

 白い虞美人草グビジンソウのような儚げな美人がフフッと笑みを浮かべた。

糸子いとこ様は男爵家の出でしたかしら?」
蘭子らんこ様、その嫌味な言い方、お直しになった方がよくてよ」
あら桔梗ききょう様、私は自分に正直なだけ。腹黒いよりはいいとは思いますけど?」

 二人の間に火花が散った……ように乙女には見えた。

「心配しなくてもいいわよ、あの二人、いつもああだから」
「桐子様の言う通り、ストレスを発散しているだけよ」
丸子まるこ様のストレス発散方法はお菓子なの、でも……ちょっと食べ過ぎじゃない?」

 桐子と丸子は見た目、対照的な二人だ。喩えるなら長方形の羊羹と丸い大福だ。

「いいの! ここでしか心置きなく食べられないんでもの。乙女様も遠慮しないでお召し上がりになって。このマカロンね、フレッシュジュースを使っているからフルーツの香りが強くて、とても美味しいわよ」

 大福のような白い頬がモグモグと動く。確かに美味しそうだ。「ありがとうございます」と乙女はピンクのマカロンを一つ手に取る。

「本当、凄くストロベリーの香りがする」
「そうなの。それに使っている苺は南之国の苺専門農園から直送しているんですって」
「やっぱり果物は南之国の物が一番ね」

 丸子と桐子がフフフと笑う。

「そう言えば、今日からでした? 月華の君の視察? 南之国と……」

「西之国に」と言いながら桔梗がニヤリと笑う。

「何、その腹黒そうな微笑み?」

 蘭子の言葉に「あら、皆様も心の中では思っていらっしゃるのでしょう」と桔梗はその場を見回す。
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