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第八章 スキャンダラスな失踪
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「早いのは当然です!」
仁王立ちしたミミがソファに腰を下ろした乙女を睨み付ける。
「国家親衛隊隊長のお見合い相手が拐かされたのですよ。それはもう上へ下への大騒ぎ! おまけに糸子様があんなことを言うから……」
「ミミ? 彼女がどうしたの?」
「浮気かしら、と仰ったのです」
へっ? 乙女がポカンとミミの顔を見返す。
「もう少しで大スキャンダルになるところでした。紅子さんなんて泡を吹いて倒れそうでしたよ。でも、蜜子様を筆頭にお茶会のメンバーが糸子様を諫めて下さって」
「全く訳が分からない。どうしてそうなるの?」
クエスチョンマークを貼り付けた顔で乙女が首を傾げる。
「糸子様に呼び出されて、私は茶房で待っていたのよ。でも現れなくて……あの男が……」
「糸子様は『そんなお約束はしていない』とおっしゃり、『その男と浮気するために私の名前を使われたのでは?』とまで……」
「いったいどうなっているの? 全く意味が分からない」
「糸子様は『携帯電話は紛失した』ということで……乙女様に電話などかけられなかった、ということでした」
「うそ……あの電話は確かに糸子様の声だったわ。糸子様でなかったら誰からだったと言うの?」
「それは私も知りたいですね」の声と共にドアが開く。
「うわっ、綾鷹様!」
ミミは大きな目をさらに大きく見開き三歩後退った。
乙女はアワアワと言葉もなくソファに身を預けたまま固まる。その乙女に向かって綾鷹がツカツカと歩み寄り、身を屈めると彼女をギュッと抱き締めた。
「あっ、あのぉ……失礼致します」
パタパタと足音を立ててミミが下がると、沈黙が二人を包む。
聞こえるのは二人の息遣いと暖炉の上にある置き時計の秒針が進む音だけ。
何も言わない綾鷹に、乙女はこの後の展開が恐ろしくて微動だにできない。
一分、二分、いや、三分だったかもしれない。でも乙女にはとてつもなく長い時間に思えた。
ハァと綾鷹が乙女の耳元で嘆息を吐く。
「君は私の心臓を止めたいのかい?」
「あのぉ……お帰りはまだだったのでは……」
噛み合わない返事に綾鷹は苛立った声を上げる。
「君は大馬鹿かい? 拐かされたと聞き、そのままでいられると思うのかい?」
それでも月華の君のお伴だ、職務怠慢ではないだろうかと乙女は至極まともな意見を心の中で述べる。
「――というのは嘘だ。月華の君に戻れと言われたのだ。申し訳ないが私は仕事を放棄してまで戻るつもりはなかった」
やはりと乙女も頷く。
「だが、本心は飛んで帰りたかった」
ギュッと乙女を抱き締め、「よかった無事で」と綾鷹は溜息交じりに言葉を吐き出す。
「――はい……お陰様で」
何と答えたらいいのか分からず乙女は無難に答える。
それにしても、と乙女は綾鷹の腕の中で思う。温かくていい香り。
その香りを嗅いだ途端、なぜ?
乙女の体がブルブルと震え出した。
拐かされたと分かったときも、殺されるかもと思ったときも、全く恐怖を感じなかったのに……どうしたというのだろう? 居心地良いこの腕に包まれていると、打ち寄せる波のように恐怖が湧き上がり押し寄せてくる。
「我慢していたみたいだね。泣いていいよ」
綾鷹が優しく言葉をかけると、乙女の瞳からポロリと一粒涙が零れ落ちた。
涙というものは、一度流れ始めると堰を切ったように溢れ出す。
「綾鷹様ぁぁぁ、私、もう少しで殺められるところでしたぁ」
子供のようにギャンギャン泣き始める乙女の頭を、綾鷹はヨシヨシと撫で続ける。
しばらくしてようやく気が済んだのか、乙女はヒックとしゃくり上げ涙をハンカチで拭きながら尋ねる。
「それで永瀬蘭丸は逮捕できましたか?」
「いや、どこかに雲隠れしたようだ」
あの短時間で? 物凄く素早い行動だ。
「では、私のバッグは見つかりましたか?」
「それもまだだ」
携帯電話が見つからない限り、糸子から電話があったことが立証されない。
「あれが見つからないと糸子様の言い分が正しいことになってしまいます」
男性と失踪なんて……と乙女は悲しくなる。
「大丈夫。私は君のことを信じている。私以外の男性と愛の逃避行なんてことは絶対にない」
「愛の逃避行ですって!」
何でそんな話になっているの?
頭を抱える乙女に、「大丈夫か?」と綾鷹が訊く。
「全然大丈夫じゃないです!」
ソファの背に身を預け、乙女が綾鷹を悲しげに見る。
「私、不貞を働いた女のレッテルを貼られてしまいました……未だに処女なのに……」
仁王立ちしたミミがソファに腰を下ろした乙女を睨み付ける。
「国家親衛隊隊長のお見合い相手が拐かされたのですよ。それはもう上へ下への大騒ぎ! おまけに糸子様があんなことを言うから……」
「ミミ? 彼女がどうしたの?」
「浮気かしら、と仰ったのです」
へっ? 乙女がポカンとミミの顔を見返す。
「もう少しで大スキャンダルになるところでした。紅子さんなんて泡を吹いて倒れそうでしたよ。でも、蜜子様を筆頭にお茶会のメンバーが糸子様を諫めて下さって」
「全く訳が分からない。どうしてそうなるの?」
クエスチョンマークを貼り付けた顔で乙女が首を傾げる。
「糸子様に呼び出されて、私は茶房で待っていたのよ。でも現れなくて……あの男が……」
「糸子様は『そんなお約束はしていない』とおっしゃり、『その男と浮気するために私の名前を使われたのでは?』とまで……」
「いったいどうなっているの? 全く意味が分からない」
「糸子様は『携帯電話は紛失した』ということで……乙女様に電話などかけられなかった、ということでした」
「うそ……あの電話は確かに糸子様の声だったわ。糸子様でなかったら誰からだったと言うの?」
「それは私も知りたいですね」の声と共にドアが開く。
「うわっ、綾鷹様!」
ミミは大きな目をさらに大きく見開き三歩後退った。
乙女はアワアワと言葉もなくソファに身を預けたまま固まる。その乙女に向かって綾鷹がツカツカと歩み寄り、身を屈めると彼女をギュッと抱き締めた。
「あっ、あのぉ……失礼致します」
パタパタと足音を立ててミミが下がると、沈黙が二人を包む。
聞こえるのは二人の息遣いと暖炉の上にある置き時計の秒針が進む音だけ。
何も言わない綾鷹に、乙女はこの後の展開が恐ろしくて微動だにできない。
一分、二分、いや、三分だったかもしれない。でも乙女にはとてつもなく長い時間に思えた。
ハァと綾鷹が乙女の耳元で嘆息を吐く。
「君は私の心臓を止めたいのかい?」
「あのぉ……お帰りはまだだったのでは……」
噛み合わない返事に綾鷹は苛立った声を上げる。
「君は大馬鹿かい? 拐かされたと聞き、そのままでいられると思うのかい?」
それでも月華の君のお伴だ、職務怠慢ではないだろうかと乙女は至極まともな意見を心の中で述べる。
「――というのは嘘だ。月華の君に戻れと言われたのだ。申し訳ないが私は仕事を放棄してまで戻るつもりはなかった」
やはりと乙女も頷く。
「だが、本心は飛んで帰りたかった」
ギュッと乙女を抱き締め、「よかった無事で」と綾鷹は溜息交じりに言葉を吐き出す。
「――はい……お陰様で」
何と答えたらいいのか分からず乙女は無難に答える。
それにしても、と乙女は綾鷹の腕の中で思う。温かくていい香り。
その香りを嗅いだ途端、なぜ?
乙女の体がブルブルと震え出した。
拐かされたと分かったときも、殺されるかもと思ったときも、全く恐怖を感じなかったのに……どうしたというのだろう? 居心地良いこの腕に包まれていると、打ち寄せる波のように恐怖が湧き上がり押し寄せてくる。
「我慢していたみたいだね。泣いていいよ」
綾鷹が優しく言葉をかけると、乙女の瞳からポロリと一粒涙が零れ落ちた。
涙というものは、一度流れ始めると堰を切ったように溢れ出す。
「綾鷹様ぁぁぁ、私、もう少しで殺められるところでしたぁ」
子供のようにギャンギャン泣き始める乙女の頭を、綾鷹はヨシヨシと撫で続ける。
しばらくしてようやく気が済んだのか、乙女はヒックとしゃくり上げ涙をハンカチで拭きながら尋ねる。
「それで永瀬蘭丸は逮捕できましたか?」
「いや、どこかに雲隠れしたようだ」
あの短時間で? 物凄く素早い行動だ。
「では、私のバッグは見つかりましたか?」
「それもまだだ」
携帯電話が見つからない限り、糸子から電話があったことが立証されない。
「あれが見つからないと糸子様の言い分が正しいことになってしまいます」
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「愛の逃避行ですって!」
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頭を抱える乙女に、「大丈夫か?」と綾鷹が訊く。
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