恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
38 / 66
第八章 スキャンダラスな失踪

6.

しおりを挟む
 フッと笑みを浮かべ、乙女の頭を撫でながら綾鷹が真面目くさった顔で言う。

「大丈夫。そこはキッパリ私が否定するから。乙女のファーストキスも処女も私が頂きましたとね」

「ありがとうござい……」と言いかけて、乙女は我に返る。そして、真っ赤になると綾鷹の手を払い除ける。

「なっ何を! そんな根も葉もないことをふれ回ったら、私、舌噛みますからね」
「そう? 誤解を解くのに手っ取り早い方法じゃない? それにファーストキスは……」

 涼しい顔で宣う綾鷹に、乙女は激しく手を振り「やめやめ! ストップ!」と話を止め睨む。

「手っ取り早くなくていいですから、私の携帯電話を探して下さい!」
「でも、着信経歴を消されていたら?」
「ロックがかかっています」
「馬鹿だな、そんなのプロの手でいくらでも開けられるよ」

「というよりも」と思惑げに言う。

「きっともう解除して中は見られているだろう」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「GPSを辿れないから」
「ん……GPSって何のことですか?」

 首を傾げながらも乙女は中を見られたことの方がショックだったようだ。興奮気味に声を張り上げる。

「綾鷹様! 犯人を捕まえたら死刑にして下さい!」
「仰せのままに。そのためにも鏡邸でのことを詳しく聞かしてくれるかな?」
「話? 何を話せばいいのですか?」

 龍弥との約束で彼の話はできない。
 警戒しながら乙女が綾鷹に訊く。

「何をって何もかも洗いざらい、隠し事なしで!」

 先程までとは違う心の奥まで見透かすような鋭い眼が乙女を射貫く。

「あ綾鷹様、こっ怖いです……」
「私に恐怖心を抱くということは、君にやましい気持ちがあるからだ。だろ?」

 このお方、まさかエスパー? ダメだ、この眼に逆らえるはずなどない。私にそんな根性はない。私の負けだ……と乙女は項垂れ、心の中で『元チンピラの荒立龍弥、ごめんね!』と口を割る。

「やはりな」
「えっ! 知っていたのですか?」

 乙女が驚き問うと、綾鷹がふんと鼻を鳴らす。

「脱出の協力者が龍弥だとは思っていなかったが、敵の誰かを味方に付けたのだろうとは思っていた」

 ほぼ完璧な答え……乙女の口がポカンと開く。

「――綾鷹様って……実は出来る男だったのですね」

 乙女が素直に感心すると、綾鷹が深い溜息を吐く。

「君は私をどんな風に思っていたのだい? いや、いい! 落ち込みそうだから何も言わなくてもいい。今回の件は 考えなくても分かるだろう。拐かされた本人が電話をしてきたのだから」
「確かに、あのお屋敷は化け物屋敷と言われるほど荒れ果てて電話もありませんでしたからね」
「そして、本人も携帯をなくしたと自己申告しているしね」

「ああ! そうか」と乙女がパチンと手を叩く。

「だから、電話は誰かから借りた。その場に味方はいないから敵から借りた……になりますね!」

「謎は全て解けた!」とばかりに乙女が胸を張る。

「で、龍弥はどうして電話を貸したのだ? まさか、その身を代わりに差し出した……?」

 なっ! 何てことをと乙女はアワアワと真っ赤になり、いきなり綾鷹のお腹にグーパンチをお見舞いする。

「そんなことあるわけないでしょう!」

 見事にヒットしたパンチに綾鷹は「うっ」とダメージを受け、息も絶え絶えに「すまない」と謝る。

「分かったらよろしい!」

 偉そうに言いながらも、本当は乙女も言いたくて仕方がなかったのだ。早々に「実はですね」と話し始める。

「暖炉の中から声が聞こえてきてですね……」

 一部始終話し終えると、回復した綾鷹が「なるほど」とひとつ頷く。

「命の惜しい龍弥は乙女を逃がすことにより、自分も助かろうとしたのだね」
「それだけじゃないですよ」
「それ以外に?」
「彼は守銭奴だから自分のミスにしたくなかったみたいです」

 乙女の説明で「あいつらしい」と綾鷹が笑う。

「要するに、返金したくなくてたまたま君を探しに来た国家親衛隊が君を見つけたことにした、ということか」

「そういうことです。それでですね……」と乙女が上目遣いで綾鷹を見る。

「元チンピラの荒立龍弥のことですが、今回の件は許してやってくれませんか? というより、他の人にはご内密にして頂けませんか?」

 やはり約束は守らなければ、と乙女が願い出る。

「君はあの男に惚れたのか!」

 綾鷹がギロリと乙女を睨む。

「だからぁ、どうしてそうなるのですか! 約束なんです。助けてくれたときの……」

「約束は守るためにある」と力説する乙女に綾鷹が「うーん」と唸る。

「分かった。今回は乙女を助けてくれたということで大目にみよう。ただし、金輪際、あいつと関わるな、分かったな!」

 乙女の鼻先に人差し指を突き立て念を押すように綾鷹が言う。

「それは勿論……というより会う機会もないと思うし」
「その言葉、忘れるな!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...