恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

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第十章 化け物屋敷

3.

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「鏡卿は猜疑の塊……人間嫌い? だったようですね」
「まぁ、生い立ちを考えたら、当然といえば当然だろう」

 そう言えば、と乙女も鏡卿についての噂話思い出す。

「確かに、人を疑って然りですね。じゃあ、あの広いお部屋を自分でお掃除していたのかしら、意外にマメ男なのかしら?」

 ブツブツ呟く乙女を横目で見遣り、綾鷹がクッと口角を上げる。

「君の思考回路はどういう構造になっているのか、一度見てみたいものだ。彼が几帳面かどうか知らないが、誰も部屋に入れないのなら自分で掃除をしていたのだろうね」

 そうだったと乙女は我に返る。今は掃除云々を気にしている場合ではなかったと真っ赤になる。
 綾鷹は頬をあげたまま、「それと……」と言いながら見取り図を指差す。

「ダイニングに隣接して四つの部屋があるだろう?」

 指された箇所は四つとも小部屋のようだ。

「残っていた文献に、当時この屋敷には鏡卿以外に、女中二名、庭師兼雑務係の男一名、ボーディーガードの男一名が住んでいたとあった」

 小部屋はその人たちの部屋だったようだ。

「そんなことまで調べがついていたんですか?」
「当たり前だろ。国家親衛隊だよ」

 ほほうと乙女は感嘆の息を吐く。

「私、今初めて国家親衛隊の素晴らしさを実感しました」
「ということは、今まではそう思われていなかったということかい?」
「仰せの通りです。だってですね、作家活動を邪魔する存在と認識していたものですから……」
「確かに、我々は出版社“蒼い炎”を監視しているし、君のことも調べた。敵と思われても仕方ないね」

「でしょう」と乙女は頷く。

「だが、それもこれも国家の安全を守るため。前にも言ったが、私は君の活動をイケないものとは思っていない。だから色眼鏡で見ないで欲しい。私という個人を見て欲しい」

 綾鷹の手がポンポンと乙女の頭を叩き、そのままクシャと髪を撫でる。

「まっ、君の気持ちがだんだん私に向いているのは分かっているがね」
「なっ!」

 自信満々の綾鷹に、乙女は呆れながらも返す言葉が見当たらない。綾鷹の言う通りだからだ。

「そのことは追々だ。とにかくもう少し屋敷を調べよう」

 話を逸らされ乙女はホッと胸を撫で下ろす。

「君は化け物屋敷と言われる所以は知っているかい?」
「所以とは……無人なのに恐ろしげな声が聞こえたとか、灯りが見えたとかですか?」
「ああ、そうだ」
「でも、あれってよくある都市伝説みたいなものでは?」

 それとも、イケない輩が屋敷に忍び込み、悪ふざけをしているのだろうと乙女は思っていた。そう思わないと怖いからだ。

「いや、話の全てが眉唾ではないようだ」

「えっ!」と乙女が綾鷹の袖を握る。

「ん……?」

 綾鷹はシャツを握るその手を見つめ、クッと笑みを零した。

「もしかしたら、君、幽霊とか怖いの?」
「こっ怖くなんてありません……よ」

 だが、その様子は明らかに『怖い』と言っていた。

「そうか、乙女の弱点は幽霊か。可愛いね」
「それ、褒め言葉に聞こえません! 私は単に幽霊が嫌いなだけです」

「妖怪なら大丈夫なのに……」と悔しそうに言い訳をする乙女の頬に、綾鷹が不意打ちのキスをする。

「本当に可愛いね。心配しなくてもいいよ。私が幽霊から守ってあげるから」

「もう!」と言いながら乙女は綾鷹から離れると、「行きますよ!」とダイニングを出る。
「照れているの? 怒っているの?」とその背に綾鷹が笑いながら訊くが、乙女はズンズン先を行く。
 だが昼間とはいえ、やはり窓のないところは薄暗い。次第に乙女の歩みはノロノロと遅くなり、やがて綾鷹の側にピタリとくっ付く。その肩に綾鷹の手が回る。

「だから、素直に怖いと言えばいいのに……」
「だから……もう!」

 乙女の唇が蛸のように突き出る。
 プンとそっぽを向く乙女に綾鷹が言う。

「この屋敷だが……今回改めて調査して、新たに分かったことが多々あった」

「それは?」と乙女は興味深げに綾鷹を見上げる。恐怖が去ったようだ。
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