54 / 66
第十一章 哀しき人々
1.
しおりを挟む
「化け物屋敷の中はどんなでしたか?」
ミミは渋面で問いながらも、「綾鷹様も何だって私が留守中に……お嬢様に何かあったら……」とブチブチと文句を並べる。
「そんなこと言われても……万が一、ミミがいたとしても、現場検証よ。絶対に阻止出来なかっと思うわ」
「ですが、私は桜小路家から『くれぐれも乙女を頼む』とお願いされた身。この身に代えても乙女様を守らねば!」
「――ミミ、命を粗末にしてはいけないわ」
乙女が首を左右に振ると、「ですが!」とミミが反論する。だが、人差し指を自分の唇に当て、乙女はそれを静かに制する。
「私のためなら尚更。喩え私のためだったとしても、ミミが命を落とすようなことがあったら私も自害します!」
その目が真剣だと訴える。
確かに、とミミは思う。表面上、乙女は何事にも動じない強い女を演じているが、実は脆い。犠牲となってこの世から去ったら……生きてはいないだろう。
「承知しました。ですが、私よりも乙女様です。無茶な行動はお慎み下さい。私だって乙女様に何かあったら……」
蛇に睨まれた蛙のように、ミミの迫力ある視線に射貫かれた乙女はピキンと固まる。
こういうのをやぶ蛇というのだろうかと、乙女は機械仕掛けの人形のようにコクコクと不自然な動きで頷く。
「お分かりなら結構です……で、化け物屋敷はどうでした?」
打って変わって興味津々の瞳が乙女を見る。
「それがね……」
ミミから根掘り葉掘り聞かれた数日後、仕事で邸を空けていた綾鷹が四日ぶりに帰宅した。
「おかえ……」の続きの言葉は「乙女!」と抱き付く綾鷹の言葉に遮られる。
「良い子にしていたかい?」
頭上から聞こえる綾鷹の声は相変わらず艶っぽい。
『良い子』とは子供のようだが、綾鷹の心配が見て取れたので乙女は何も言わず素直に頷いた。
乙女の返答に気を良くしたのだろう、綾鷹は「土産がある」とポケットから長方形の箱を取り出し、跳ね上げ式の蓋を開けた。
「ネックレス?」
だが、そう呟いた瞬間、乙女は目を見張った。
確かに、白いベルベット地の上にあるのは乙女が思った通りネックレスだった。だが、金色に輝く鎖中央部分に見たこともない大きな石があった。石の周りには小粒のダイヤが散りばめられていた。
この石……蒼玉だろうか? 女々が身に付けていた宝石の一つを思い出す。それによく似ていた。だが、こちらの方が数倍豪華だ。
綾鷹が箱からそれを取り出す。
「綺麗……」
日を浴びた宝石がさらに美しく煌めく。
「北之国で採れるスターサファイアというものだ」
「こうやって光に当てると……」とペンダントを天に向かって掲げると陽にかざす。
「あっ、六条の光が!」
「星みたいだろ? とても稀少で貴重な石だそうだ」
「そんな珍しいものを……私に?」
殿方から宝石など贈られたことのない乙女は戸惑う。
「そう、君に。似合うと思ってね」と乙女の耳元で綾鷹が甘く囁く。
「着けてあげよう」
乙女の腰に回していた腕を解き、乙女をクルッと半回転させ、背後から肩越しに腕を回しそれを着ける。
「やはり、君にはブルーがよく似合う」
乙女の顔を肩越しに覗き込みながら綾鷹が言う。
「あの……ありがとうございます」
礼を述べながら乙女は胸元に揺れるネックレスを見つめ、『ブルーが似合う』の言葉に、きっとミミに聞いたのだろう、と口元を綻ばす。
綾鷹は背後から乙女を抱き締めながら、深い息を吐く。
「やっと安心できた。気が気でならなかった。留守の間にまた何かあったらと……」
乙女を抱き締める腕に力が入る。
「ご心配は無用です! お約束はしっかり守っていました」
照れ隠しに乙女が力強く言うと、「そうみたいだね」と綾鷹がクスッと笑い、ネックレスに手を添え言う。
「約束して欲しい。これをひとときも放さないと」
切願するような綾鷹の口ぶりに、乙女は「お風呂もですか?」と場違いに思える質問をする。「嗚呼」と笑いを堪え肩を震わせながら綾鷹が返事をする。
「何があってもだ」
劣化したりしないのだろうかと心配そうにする乙女に、綾鷹が安心させるように言う。
「万が一、何かあっても保証書がある。ちゃんと元通りにしてくれる」
綾鷹の顔は見えないが、何となく何か隠しているように乙女には思えた。だが、それが何であっても『ひとときも外さない』というのが綾鷹の願いなら……。
ミミは渋面で問いながらも、「綾鷹様も何だって私が留守中に……お嬢様に何かあったら……」とブチブチと文句を並べる。
「そんなこと言われても……万が一、ミミがいたとしても、現場検証よ。絶対に阻止出来なかっと思うわ」
「ですが、私は桜小路家から『くれぐれも乙女を頼む』とお願いされた身。この身に代えても乙女様を守らねば!」
「――ミミ、命を粗末にしてはいけないわ」
乙女が首を左右に振ると、「ですが!」とミミが反論する。だが、人差し指を自分の唇に当て、乙女はそれを静かに制する。
「私のためなら尚更。喩え私のためだったとしても、ミミが命を落とすようなことがあったら私も自害します!」
その目が真剣だと訴える。
確かに、とミミは思う。表面上、乙女は何事にも動じない強い女を演じているが、実は脆い。犠牲となってこの世から去ったら……生きてはいないだろう。
「承知しました。ですが、私よりも乙女様です。無茶な行動はお慎み下さい。私だって乙女様に何かあったら……」
蛇に睨まれた蛙のように、ミミの迫力ある視線に射貫かれた乙女はピキンと固まる。
こういうのをやぶ蛇というのだろうかと、乙女は機械仕掛けの人形のようにコクコクと不自然な動きで頷く。
「お分かりなら結構です……で、化け物屋敷はどうでした?」
打って変わって興味津々の瞳が乙女を見る。
「それがね……」
ミミから根掘り葉掘り聞かれた数日後、仕事で邸を空けていた綾鷹が四日ぶりに帰宅した。
「おかえ……」の続きの言葉は「乙女!」と抱き付く綾鷹の言葉に遮られる。
「良い子にしていたかい?」
頭上から聞こえる綾鷹の声は相変わらず艶っぽい。
『良い子』とは子供のようだが、綾鷹の心配が見て取れたので乙女は何も言わず素直に頷いた。
乙女の返答に気を良くしたのだろう、綾鷹は「土産がある」とポケットから長方形の箱を取り出し、跳ね上げ式の蓋を開けた。
「ネックレス?」
だが、そう呟いた瞬間、乙女は目を見張った。
確かに、白いベルベット地の上にあるのは乙女が思った通りネックレスだった。だが、金色に輝く鎖中央部分に見たこともない大きな石があった。石の周りには小粒のダイヤが散りばめられていた。
この石……蒼玉だろうか? 女々が身に付けていた宝石の一つを思い出す。それによく似ていた。だが、こちらの方が数倍豪華だ。
綾鷹が箱からそれを取り出す。
「綺麗……」
日を浴びた宝石がさらに美しく煌めく。
「北之国で採れるスターサファイアというものだ」
「こうやって光に当てると……」とペンダントを天に向かって掲げると陽にかざす。
「あっ、六条の光が!」
「星みたいだろ? とても稀少で貴重な石だそうだ」
「そんな珍しいものを……私に?」
殿方から宝石など贈られたことのない乙女は戸惑う。
「そう、君に。似合うと思ってね」と乙女の耳元で綾鷹が甘く囁く。
「着けてあげよう」
乙女の腰に回していた腕を解き、乙女をクルッと半回転させ、背後から肩越しに腕を回しそれを着ける。
「やはり、君にはブルーがよく似合う」
乙女の顔を肩越しに覗き込みながら綾鷹が言う。
「あの……ありがとうございます」
礼を述べながら乙女は胸元に揺れるネックレスを見つめ、『ブルーが似合う』の言葉に、きっとミミに聞いたのだろう、と口元を綻ばす。
綾鷹は背後から乙女を抱き締めながら、深い息を吐く。
「やっと安心できた。気が気でならなかった。留守の間にまた何かあったらと……」
乙女を抱き締める腕に力が入る。
「ご心配は無用です! お約束はしっかり守っていました」
照れ隠しに乙女が力強く言うと、「そうみたいだね」と綾鷹がクスッと笑い、ネックレスに手を添え言う。
「約束して欲しい。これをひとときも放さないと」
切願するような綾鷹の口ぶりに、乙女は「お風呂もですか?」と場違いに思える質問をする。「嗚呼」と笑いを堪え肩を震わせながら綾鷹が返事をする。
「何があってもだ」
劣化したりしないのだろうかと心配そうにする乙女に、綾鷹が安心させるように言う。
「万が一、何かあっても保証書がある。ちゃんと元通りにしてくれる」
綾鷹の顔は見えないが、何となく何か隠しているように乙女には思えた。だが、それが何であっても『ひとときも外さない』というのが綾鷹の願いなら……。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる