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第十一章 哀しき人々
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「了解しました」
贈り物に対する礼を尽くさねばと乙女は承知する。
「うん、良い子だ」
よしよしと頭を撫でられると子供扱いされているようで、かなり心外だが……過去の所業を思うと乙女は反発できなかった。
「それで、本日はお休みですか?」
出張から帰ったばかりだ。当然そうだろうと乙女は思ったが、綾鷹の返事は違った。
「いや、すぐ戻らなくてはいけない。これを渡すために戻っただけだ」
「まさか無休で働いていらっしゃるのですか?」
月華の君め! ギリギリと奥歯を噛み、「労働基準局に訴えます!」と乙女が鼻息荒く言うと、綾鷹がまたよしよしと乙女の頭を撫でる。
「私の健康を心配してくれているのかな? 嬉しいよ。でも、大丈夫。見返りは事件が解決したら何十倍にしても貰うから」
綾鷹の瞳が策士に煌めく――これ、絶対に敵にしたくない眼だ。
どのような要求をしているのか分からないが、きっと綾鷹のことだ、月華の君を困らせるような見返りを考えているに違いない。乙女は怖い怖いと頭を振る。
そんな乙女を訝しげに見ながらも、綾鷹がチュッと乙女の額にキスをする。
「では、行ってくる。帰りは遅くなるから待たなくていいよ」
部屋を出て行く綾鷹の背に、「お気を付けて」と乙女が声を掛けると、それに応えるように綾鷹が右手を軽く上げた。
「――これかぁ、黄桜編集長が言っていた『本当にカッコイイ男は後ろ姿もカッコイイのよ』って、あれ」
乙女も今ようやくその言葉の意味が分かった気がした。
綾鷹の出勤後、乙女は予定通り出掛けた。
「こちらでよろしいのですか?」
國光が問う。
今日は黄桜吹雪との打ち合わせの日だった。
覆面作家を名乗っている以上、容易に編集社に出向けない乙女は、近況報告を兼ね、月一回、吹雪とランチミーティングをしていたのだ。
『今回は“ダイニング司”よ。楽しみね』
マダム層の間で急上昇中と評判の店だ。吹雪は乙女との打ち合わせにかこつけて、新規店のリサーチも兼ねているということだ。結果の善し悪しで取材をするか決めているのだそうだ。
「知っていると思うけど、この店は東西南北之国の料理を上質にアレンジしている、として有名なの」
ダイニング司は一昔前の古民家を現代風にアレンジした造りとなっていた。当然、マダムたちはそのお洒落な外観にも惹かれるのだろう。
通されたのは個室だ。聞かれて不味いことも多々あるからだ。
しかし、と乙女は吹雪をマジッと見る。本日も相も変わらず目映い男装姿だった。
乙女の前に腰を落ち着けると吹雪は矢継ぎ早に話し始めた。普段は隠しているが、こう見えて彼女はお喋り好きだった。
「予約時に『お任せで』とオーダーしたから、何が出てくるか分からないけど……楽しみだわぁ」
吹雪が嬉々と言う。
彼女は偽名で予約を入れる。そして、どの店も同じ金額で『お任せで』と頼む。そうすることで内容の比較が出来るのだそうだ。そして――。
「やっぱりマダムの間で評判になる店は違うわね」
三品目の料理を食べながら吹雪が感心したように吐息を漏らした。
確かに、と乙女も美しく盛られた魚の活き作りを見つめる。
「料理って『眼で味わい舌で味わう』って言うでしょう。上質な舌を持つマダムたちを唸らすには、全てにおいて最高の質でもてなさいと満足しないのよね」
コクコクと頷き、乙女は宝石のようなイクラに箸を伸ばす。
「ここは料理もさることながら、接客も素晴らしいですね」
「ええ、だからこそなのよね」
吹雪が満足そうな笑みを浮かべる。
きっと二ヶ月後にはこの店を褒め称えるような記事が出て、ダイニング司は今以上に大繁盛するだろう。
「ところで」と吹雪が渋い顔で乙女を見る。
「貴女、拐かしに遭ったのよね?」
断定的な言い方だ。どこで知ったのだろう? 乙女は目を泳がせながら明後日の方を見る。何と返事をしたらいいか分からなかったのだ。
「隠さないで、知っているのよ」
凜とした声が座敷に響く。
「龍弥に聞いたの」
「へっ?」と乙女が間抜けな声を上げる。
「どどどどど……」
「どうして龍弥のことを知っているのか? でしょ」
首振り人形のように乙女がコクコクと頷く。
「あいつ、私の遠縁に当たる子でね、伯父に頼まれてあいつを悪から足を洗わせてのは私」
「もしかしたら」と乙女が尋ねる。
「探偵って……」
「そう、私が雇い主。言わばあいつは私の情報屋」
驚愕の事実に乙女の口がパカンと開く。
贈り物に対する礼を尽くさねばと乙女は承知する。
「うん、良い子だ」
よしよしと頭を撫でられると子供扱いされているようで、かなり心外だが……過去の所業を思うと乙女は反発できなかった。
「それで、本日はお休みですか?」
出張から帰ったばかりだ。当然そうだろうと乙女は思ったが、綾鷹の返事は違った。
「いや、すぐ戻らなくてはいけない。これを渡すために戻っただけだ」
「まさか無休で働いていらっしゃるのですか?」
月華の君め! ギリギリと奥歯を噛み、「労働基準局に訴えます!」と乙女が鼻息荒く言うと、綾鷹がまたよしよしと乙女の頭を撫でる。
「私の健康を心配してくれているのかな? 嬉しいよ。でも、大丈夫。見返りは事件が解決したら何十倍にしても貰うから」
綾鷹の瞳が策士に煌めく――これ、絶対に敵にしたくない眼だ。
どのような要求をしているのか分からないが、きっと綾鷹のことだ、月華の君を困らせるような見返りを考えているに違いない。乙女は怖い怖いと頭を振る。
そんな乙女を訝しげに見ながらも、綾鷹がチュッと乙女の額にキスをする。
「では、行ってくる。帰りは遅くなるから待たなくていいよ」
部屋を出て行く綾鷹の背に、「お気を付けて」と乙女が声を掛けると、それに応えるように綾鷹が右手を軽く上げた。
「――これかぁ、黄桜編集長が言っていた『本当にカッコイイ男は後ろ姿もカッコイイのよ』って、あれ」
乙女も今ようやくその言葉の意味が分かった気がした。
綾鷹の出勤後、乙女は予定通り出掛けた。
「こちらでよろしいのですか?」
國光が問う。
今日は黄桜吹雪との打ち合わせの日だった。
覆面作家を名乗っている以上、容易に編集社に出向けない乙女は、近況報告を兼ね、月一回、吹雪とランチミーティングをしていたのだ。
『今回は“ダイニング司”よ。楽しみね』
マダム層の間で急上昇中と評判の店だ。吹雪は乙女との打ち合わせにかこつけて、新規店のリサーチも兼ねているということだ。結果の善し悪しで取材をするか決めているのだそうだ。
「知っていると思うけど、この店は東西南北之国の料理を上質にアレンジしている、として有名なの」
ダイニング司は一昔前の古民家を現代風にアレンジした造りとなっていた。当然、マダムたちはそのお洒落な外観にも惹かれるのだろう。
通されたのは個室だ。聞かれて不味いことも多々あるからだ。
しかし、と乙女は吹雪をマジッと見る。本日も相も変わらず目映い男装姿だった。
乙女の前に腰を落ち着けると吹雪は矢継ぎ早に話し始めた。普段は隠しているが、こう見えて彼女はお喋り好きだった。
「予約時に『お任せで』とオーダーしたから、何が出てくるか分からないけど……楽しみだわぁ」
吹雪が嬉々と言う。
彼女は偽名で予約を入れる。そして、どの店も同じ金額で『お任せで』と頼む。そうすることで内容の比較が出来るのだそうだ。そして――。
「やっぱりマダムの間で評判になる店は違うわね」
三品目の料理を食べながら吹雪が感心したように吐息を漏らした。
確かに、と乙女も美しく盛られた魚の活き作りを見つめる。
「料理って『眼で味わい舌で味わう』って言うでしょう。上質な舌を持つマダムたちを唸らすには、全てにおいて最高の質でもてなさいと満足しないのよね」
コクコクと頷き、乙女は宝石のようなイクラに箸を伸ばす。
「ここは料理もさることながら、接客も素晴らしいですね」
「ええ、だからこそなのよね」
吹雪が満足そうな笑みを浮かべる。
きっと二ヶ月後にはこの店を褒め称えるような記事が出て、ダイニング司は今以上に大繁盛するだろう。
「ところで」と吹雪が渋い顔で乙女を見る。
「貴女、拐かしに遭ったのよね?」
断定的な言い方だ。どこで知ったのだろう? 乙女は目を泳がせながら明後日の方を見る。何と返事をしたらいいか分からなかったのだ。
「隠さないで、知っているのよ」
凜とした声が座敷に響く。
「龍弥に聞いたの」
「へっ?」と乙女が間抜けな声を上げる。
「どどどどど……」
「どうして龍弥のことを知っているのか? でしょ」
首振り人形のように乙女がコクコクと頷く。
「あいつ、私の遠縁に当たる子でね、伯父に頼まれてあいつを悪から足を洗わせてのは私」
「もしかしたら」と乙女が尋ねる。
「探偵って……」
「そう、私が雇い主。言わばあいつは私の情報屋」
驚愕の事実に乙女の口がパカンと開く。
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