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半妖の千里~衛人~(1-3)
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さて、車を走らせ、緩やかな山道を上り、二十分。小さな沢を越えてすぐ、衛人は目の前に広がる懐かしい風景に車を停めた。木々が生い茂る道の先、見晴らしのいい平らな土地に建つ、平屋の古い大きな古民家。
「着いた……!」
家の前には、だだ広い庭があって、徳治は生前、そこで畑をやっていた。夏にはなす、きゅうり、トマト。枝豆も作っていた。秋にはじゃがいもやブロッコリー、キャベツ、白菜を植えて、野菜はたくさん採れれば、ご近所にも配って歩いて、代わりに果物や米をもらったりしていたようだ。
幼い頃、近くを流れる沢で、徳治の作った夏野菜をキンキンに冷やして食べた記憶を思い出し、ため息が漏れる。
「懐かしいな……」
畑があった場所も、庭も。なぜかちゃんと草が刈られていて、衛人はその風景を見て、すぐに当時を思い出すことができた。近くに住む親戚か、あるいは叔母の早苗が来て「衛人が住むから」と、草刈りをしてくれたのかもしれない。
「なんだかんだ言って、けっこう助けてくれるんじゃん。おばちゃんたちも」
そんなひとり言をちょっとえらそうに口にして、車を降り、ぐーんと伸びをする。そうして、ポケットから鍵を取り出した。これは、徳治の家の鍵。父、藤治から手渡された、大事な鍵だ。だが、その鍵を握り、家の玄関に向かって、数歩歩きだした、その時だった。
「え――……?」
徳治の家の窓が、少し開いていることに気付いた。あの場所は、おそらく客間だろう。
「窓、開けてってくれたのかな……」
草刈りをしたついでに、閉めっぱなしではよくないと、換気するのに窓を開けておいてくれたのだろうか。だが、あまりに不用心だ。徳治の家は、まだ掃除も、遺品の整理もできていない。当然、家の中には金目のものも置いてある。今日、衛人が入って、ひとまず大まかな場所の掃除をする予定だったのだ。それを知っていて、窓だけを開けておくだろうか。
「変なの。……まぁ、いいか」
ただ、それはあまり気にしなかった。藤治は衛人と同じく、東京都内に住んでいるが、叔母の早苗や、そのほか親せきの多くが、この那須町に住んでいる。人口密度が低いこの田舎町では、ちょっと窓が開いているからって、物騒だとは思わないのかもしれない。ただ、そう思いかけて、かぶりを振った。
「クマが入るかもしれないのに、気にしないのかな……」
そう呟いて、ぼんやりと家の外観を眺める。そうなのだ。この近辺には、昔からよくクマが出る。やはり窓が開いているのはおかしい。だが、そう思った次の瞬間。
「……っ」
思わず、息を呑み、身構えた。今、ほんの一瞬だけ、別の部屋の窓の向こうに、人影が動いた気がしたのだ。
「誰か、来てるのか……?」
今日、藤治にはなにも言われていない。この鍵を渡されたときも「じゃあ、大変だろうけど、頼んだぞ」と言われただけで、ほかに誰かが来るような話は聞いていなかった。近くだから、早苗が手伝いに来てくれているのだろうか。それにしては、今の人影は背丈が大きく、やや細かったような気がする。早苗はどちらかといえば、背は低く、ふくよかな体格をしているのに。
「えぇ……、なんなんだよ、もう……」
見間違いだと信じたい。だが今、昭和ガラスの星屑をちりばめたようなノスタルジックな窓に、ゆらりと動く人影を、衛人はたしかに見た。その窓を凝視しながら、ごく、と生唾を飲み込んで、手の平にある鍵を見つめる。
どうしよう……。なんかいるのかな、こえぇ……。
幽霊か妖怪みたいなものだったら、百歩譲って、まだいい。問題はクマかどうか、というところだった。
近頃、那須町の近辺では、人通り、車通りの多い街中でも、なんの気なしに現れるツキノワグマが目撃されている。特に、子育て中の母グマが入り込んでいたとして、この家の中で鉢合わせになれば、立派な成人男性の衛人だって命の危険がある。さらに野生動物ではなくても、泥棒か、気がおかしくなったような人が、ここで勝手に潜んで暮らしていたら。それと鉢合わせるのも最悪だ。
ちょっと、タイム……!
衛人は一度、車まで戻り、頭を巡らせる。今、ひとりで家の中に乗り込むのは危険かもしれない。藤治か、早苗――あるいは、警察に連絡したほうがいいだろうか。しかし、すぐにかぶりを振った。見たのはほんの一瞬だったし、気のせいだという可能性もなくはない。たしかに見た、と思っても、本当にその姿を確かめるまでは、自信が持てなかった。
警察を呼んで、大騒ぎして……、俺の気のせいだったら、最悪だ……。
それに、徳治が生前大切にしていた家を、荒らしている誰かがいるとしたら、たとえ誰であろうと許しておけない。泥棒だとしても、クマだとしても同じだ。その姿を、まずはしっかりと確認しなければならない。怖いもの見たさの好奇心も手伝って、衛人は今一度、腹を決めた。そうして、助手席に投げてあった長傘を取り、再び玄関へ向かう。
こう見えても、衛人は高校、大学時代、バレー部の主将を務めていた。高校時代は「春の高校バレー」に出たこともある。学生時代に鍛えたせいか、体格はそれなりにしっかりしているし、反射神経なら、かなりの自信があった。特段、喧嘩が強いわけではないが、少なくともひ弱ではないのだ。
「着いた……!」
家の前には、だだ広い庭があって、徳治は生前、そこで畑をやっていた。夏にはなす、きゅうり、トマト。枝豆も作っていた。秋にはじゃがいもやブロッコリー、キャベツ、白菜を植えて、野菜はたくさん採れれば、ご近所にも配って歩いて、代わりに果物や米をもらったりしていたようだ。
幼い頃、近くを流れる沢で、徳治の作った夏野菜をキンキンに冷やして食べた記憶を思い出し、ため息が漏れる。
「懐かしいな……」
畑があった場所も、庭も。なぜかちゃんと草が刈られていて、衛人はその風景を見て、すぐに当時を思い出すことができた。近くに住む親戚か、あるいは叔母の早苗が来て「衛人が住むから」と、草刈りをしてくれたのかもしれない。
「なんだかんだ言って、けっこう助けてくれるんじゃん。おばちゃんたちも」
そんなひとり言をちょっとえらそうに口にして、車を降り、ぐーんと伸びをする。そうして、ポケットから鍵を取り出した。これは、徳治の家の鍵。父、藤治から手渡された、大事な鍵だ。だが、その鍵を握り、家の玄関に向かって、数歩歩きだした、その時だった。
「え――……?」
徳治の家の窓が、少し開いていることに気付いた。あの場所は、おそらく客間だろう。
「窓、開けてってくれたのかな……」
草刈りをしたついでに、閉めっぱなしではよくないと、換気するのに窓を開けておいてくれたのだろうか。だが、あまりに不用心だ。徳治の家は、まだ掃除も、遺品の整理もできていない。当然、家の中には金目のものも置いてある。今日、衛人が入って、ひとまず大まかな場所の掃除をする予定だったのだ。それを知っていて、窓だけを開けておくだろうか。
「変なの。……まぁ、いいか」
ただ、それはあまり気にしなかった。藤治は衛人と同じく、東京都内に住んでいるが、叔母の早苗や、そのほか親せきの多くが、この那須町に住んでいる。人口密度が低いこの田舎町では、ちょっと窓が開いているからって、物騒だとは思わないのかもしれない。ただ、そう思いかけて、かぶりを振った。
「クマが入るかもしれないのに、気にしないのかな……」
そう呟いて、ぼんやりと家の外観を眺める。そうなのだ。この近辺には、昔からよくクマが出る。やはり窓が開いているのはおかしい。だが、そう思った次の瞬間。
「……っ」
思わず、息を呑み、身構えた。今、ほんの一瞬だけ、別の部屋の窓の向こうに、人影が動いた気がしたのだ。
「誰か、来てるのか……?」
今日、藤治にはなにも言われていない。この鍵を渡されたときも「じゃあ、大変だろうけど、頼んだぞ」と言われただけで、ほかに誰かが来るような話は聞いていなかった。近くだから、早苗が手伝いに来てくれているのだろうか。それにしては、今の人影は背丈が大きく、やや細かったような気がする。早苗はどちらかといえば、背は低く、ふくよかな体格をしているのに。
「えぇ……、なんなんだよ、もう……」
見間違いだと信じたい。だが今、昭和ガラスの星屑をちりばめたようなノスタルジックな窓に、ゆらりと動く人影を、衛人はたしかに見た。その窓を凝視しながら、ごく、と生唾を飲み込んで、手の平にある鍵を見つめる。
どうしよう……。なんかいるのかな、こえぇ……。
幽霊か妖怪みたいなものだったら、百歩譲って、まだいい。問題はクマかどうか、というところだった。
近頃、那須町の近辺では、人通り、車通りの多い街中でも、なんの気なしに現れるツキノワグマが目撃されている。特に、子育て中の母グマが入り込んでいたとして、この家の中で鉢合わせになれば、立派な成人男性の衛人だって命の危険がある。さらに野生動物ではなくても、泥棒か、気がおかしくなったような人が、ここで勝手に潜んで暮らしていたら。それと鉢合わせるのも最悪だ。
ちょっと、タイム……!
衛人は一度、車まで戻り、頭を巡らせる。今、ひとりで家の中に乗り込むのは危険かもしれない。藤治か、早苗――あるいは、警察に連絡したほうがいいだろうか。しかし、すぐにかぶりを振った。見たのはほんの一瞬だったし、気のせいだという可能性もなくはない。たしかに見た、と思っても、本当にその姿を確かめるまでは、自信が持てなかった。
警察を呼んで、大騒ぎして……、俺の気のせいだったら、最悪だ……。
それに、徳治が生前大切にしていた家を、荒らしている誰かがいるとしたら、たとえ誰であろうと許しておけない。泥棒だとしても、クマだとしても同じだ。その姿を、まずはしっかりと確認しなければならない。怖いもの見たさの好奇心も手伝って、衛人は今一度、腹を決めた。そうして、助手席に投げてあった長傘を取り、再び玄関へ向かう。
こう見えても、衛人は高校、大学時代、バレー部の主将を務めていた。高校時代は「春の高校バレー」に出たこともある。学生時代に鍛えたせいか、体格はそれなりにしっかりしているし、反射神経なら、かなりの自信があった。特段、喧嘩が強いわけではないが、少なくともひ弱ではないのだ。
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