【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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鎮まり給え~衛人~(2-5)

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「俺はさ、色恋沙汰が苦手なんだ。ちょっと、トラウマがあって」
「トラウマ……?」
「そう。ショックなことがあったの。それからずっと不感症なんだよ。ここがね」

 そう言って、左胸を拳で叩く。すると、千里はまた悲しげな目をして、衛人の拳を退けてから、その下の左胸を優しくさすった。

「痛い……、ことでしたか」
「うん……。まぁ、それなりにね」

 衛人は、心の奥底に仕舞いこんでいた記憶を、ひとつひとつ、並べていった。一度は好いた男の顔。屈託なく笑う明るい声。真新しいスーツと、まだ傷の少ない革靴。自分の将来にきらめきしか見えなかったあの頃、衛人は幸せだった。初恋を胸に秘めながら、その恋が叶わなくても、きっと彼とはずっと一緒にいられる相棒なのだと思っていた。けれど、違った。

 ――うわあ、ごめん。それだけは無理だわ。……っていうかさ、そういう同性愛みたいなの、オレ、大っ嫌いなんだよね。だって生物としては、どう考えても狂ってるだろ。

 好いた男の口から出た、衝撃的な言葉。直後、軽いスキンシップで叩かれた左胸。それを思い出せば、また、ひどくそこが痛くなる。

「べつにさ、告白して振られたわけじゃないんだ。ただ、映画の話になったとき、当時、話題になってた同性愛の映画があってさ。俺がそれを見たって話したら、そう返されたんだよね」
「そうだったんですか……」

 それは当時、話題になっていた同性愛をテーマにした映画作品だった。ふたりのカウボーイが、ともに過ごす夏の間、人知れず愛し合う物語。一部では「ゲイの映画だ」と、心ない批判もされたそうだが、衛人がそれを観て感じたのは、澄みきった純愛だった。どこまでも純粋な愛情。男同士だからどうの、というよりも、ただ純粋な愛に溺れただけの、ふたりの男たちがいた、という、とてつもなく繊細せんさいで、美しい物語だったのだ。

 批判されながら、一方ではアカデミー賞を獲るのも確実ではないかと噂されていたほど、評価もまた得ていた。それほどに素晴らしい作品だった。だが、衛人にとって、当時、とても大切だった人は、その映画と、映画の中で取り上げられたテーマそのものを、真っ向から否定したのだ。

 ――生物としては、どう考えても狂ってるだろ。

 彼の言葉は、今もこの胸にこびりついてしまって離れてくれない。たしかに、正論ではあるのかもしれない。この世界に生きる生物は、誰もが子孫を残すために恋をする。恋をして、パートナーと子どもを作る。より強い遺伝子を求め、自分の遺伝子を残していくために戦い、敗れても、また新しいパートナーを探す。そのサイクルから、衛人は大きく外れている自覚があった。だから、自分が生物として狂っていたとしても、驚きはしない。ただ、彼にそう思われてしまうことが途方もなく悲しかった。

「あんなこと、話さなきゃよかったんだよな……」

 当時、衛人が彼との会話の中で、その話を出したことに、特別な意味はなかった。もっとも、彼とその映画の魅力を共有できれば、そんな嬉しいことはないわけだが、衛人はそこまで彼に求めてはいなかった。ただ、今から思い返してみれば、衛人はそうすることで、自分の意思を、彼に示しておきたかったのかもしれない。

 同性愛に対しての、自分なりの意見やスタンスを、親友で相棒で、大好きだった初恋の人に、伝えたかったのかもしれない。認めてもらえなくていい。自分と同じ気持ちでなくていい。ただ、自分はそうなんだということを、彼に認識してもらいたかったのかもしれない。けれど、それは叶わなかった。

「俺はもともと、同性愛者だって自覚があったわけじゃなくってさ。それまで、女の子を見て可愛いって思うこともあったんだ。でも、彼と知り合って、好きになって、どっちかっていうと、そっちなのかなってわかった。だから、そいつが俺の初恋でさ」
「はい……」
「けど、その初恋の相手は、そういう――俺みたいな人間を、生物として狂ってるって思ってた。俺はさ、初恋がどうのってより、好きになったヤツが、そういうこと平気で言っちゃうようなヤツだったことに絶望したんだよ。きつかったんだよね。俺からしたら、はじめて好いたヤツに、生物として狂ってるって、直接言われたみたいなもんだったからね」
「はい……」
「それから、誰にも恋はしないって決めたんだ。もっと言うと、他人に深入りすんのも、ちょっと怖くなった。本当なら今頃、教職に就いてるはずだったんだけどな、今はコンビニ店員。まぁ、それも来月でおしまいだけどさ」

 衛人がかよっていたのは、四年制大学の教育学部だった。彼も同じ教育学部にかよっていて、衛人は国語科の教師を目指し、彼は理科の教師を目指していた。衛人は将来、藤治の背中を追って、教員になろうとしていたのだ。

 だが、その夢は初恋がぼろぼろと崩れ去ったのと同時に、大きくゆがんでしまった。人を導く教職者という道に、生物として狂っている自分が立っていいはずがない。ふさわしくない――と、思ったからだ。
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