【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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鎮まり給え~衛人~(2-6)

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 あのときから、希望に満ちた衛人の未来は、絶望の色に変わった。そうして、だんだんと就職活動をためらうようになり、その不安とあせり、絶望をかかえたまま、暇さえあればコンビニのアルバイトのシフトを入れ、労働にいそしんだ。そうすることでしか、心の平穏を保てなかったからだ。しかし、そのおかげで、アルバイト先のコンビニの店長が声をかけてくれた。

「店長はね、本当にいい人なんだ。就活しなくなった俺をいつも心配してくれて、どこにも就職しないなら、気持ちが決まるまでここにいればいいよって言ってくれてさ」
「優しい方なんですね」
「うん。感謝してもし足りないよ。俺を社会人にしてくれたのは、あの人だったから」

 たぶん、店長は気付いていたのだろう。衛人がなにかしら悩みをかかえていて、それが原因で就職しなかったことに。けれど、根掘り葉掘り、その理由を聞いてくるわけではなく、ただ、居場所を作ってくれた。

 衛人がすべてを話し終わったとき、太陽はちょうど山の向こうに沈んだところだった。あたりは真っ暗になってしまって、衛人は立ち上がる。

「――とまぁ、こんな感じ。これが、俺の中にある、重くて黒いものの正体だよ」

 そう言って、部屋の明かりを点けた。すると、千里はむくっと立ち上がり、衛人に近づいてくる。大柄な体がせまってきて、衛人が思わず身構えると、彼は衛人の腕をつかんで強引に引き、強く抱きしめた。

「な……っ、千里、どうしたん――」
「衛人さん。話してくれて、ありがとうございます……」

 千里はそう言って、もう一度強く、ぎゅうっと抱きしめてくれる。そのとき、ほんのりと甘い花のような香りがして、衛人は笑みをこぼした。彼はやはり、人間らしくない。ここが避暑地で、山奥だとしても、今は夏。日中は三十度に近くなる。そこで一日中、汗水流しながら、作業をしていたにもかかわらず、男くさい汗のにおいなんか、彼の体からはこれっぽっちもしないのだから。

 いい匂い……。本当に不思議なヤツだな、千里は……。

「……ううん。俺のほうこそ、聞いてくれてありがとうな」

 そう言うと、千里はより強く、衛人の体を強く抱きしめた。気の弱そうな彼には、あまりに似つかわしくないその力の強さには、密かに驚かされながら、彼の優しさが嬉しかった。こうしていると、心がだんだんと温かくなって、長く枯渇していたものが、満ち溢れていくような心地がする。だが、その一方で、深くまで彼の温もりに浸ってしまうことが少し怖かった。

 千里は誰にでもこういうことするのかな……。興味が湧いた人間には、誰にでも触れて、そいつの感情を読み取って、こんなふうに……。

 抱きしめるのだろうか。人の心の、一番深いところに入り込んで、優しく慰めるのだろうか。だが、そうしながら相手に惚れられ、せまられると、途端にそんな気はないのだと、逃げてしまうのかもしれない。衛人は確かな胸の高鳴りを感じながら、千里の体に腕を回して、すがるように抱きしめて返した。

 俺がいつか千里を好きになって、求めたとしたら……。千里はどうするだろう……。また、今までと同じように、俺からも離れていくのかな……。それとも――……。

 この家を出て、また、人のいない空き家にでも住みつくのだろうか。あるいは、この家に居候いそうろうさせてもらう代償として、自らの体を差し出すのだろうか。そんなことを考えながら、千里の胸で深くため息をく。もう恋なんかしないと、あのとき強く誓ったはずなのに、今は出会ったばかりのこの男を離したくないと思っている。

 まずいな、この感じ……。まさか、俺……、もう千里のこと、好きになり始めてるんじゃ……。

 もし、衛人が色香にかかってしまっていて、千里を愛してしまったら。千里にそれを気付かれたら。始まったばかりのこの関係は、間違いなく破綻はたんする。どちらにしても、衛人は千里を傷つけることになるだろう。けれど、衛人はそれを望んでいない。衛人は彼を守りたいのだ。

 好きでもない男に、代償として抱かれたりしたら、その傷は下手をすれば、彼の人生を変えてしまう。色香にかかった衛人から逃げ出したとしても、きっと失望させるのだろう。「お前を好きにはならないよ」と約束して、やっと心が落ち着く居場所を見つけたというのに、わずか数日でまた、サバイバル生活に逆戻りしなければならないのだから。

 千里を傷つけたくない……。悲しませたくない……。

 千里には、ここに――そばにいてほしい。できれば、この家でふたりで、ずっと一緒に暮らせたらいいのに――と、今、衛人はそんな淡い期待まで持ち始めている。けれど、この感情はおそらく妖力によるものだ。千里への好意はまやかしのようなもので、彼がこんなにも優しいのも、可愛らしいのも、人の心を虜にしてしまう半妖だからなのだろう。衛人は今、妖怪のまやかしに囚われているようなものなのかもしれない。

 そうだ……。だから、きっと。これは恋じゃない。全部まやかしなんだから。

 衛人はそう自分に言い聞かせ、千里の温もりから静かに離れた。
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