【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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半妖の想い~千里~(5-2)

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 あったかくて穏やかで、優しい感情。それが、衛人と触れ合っている場所から、ゆっくりと流れてくる。すると、胸の奥がじんわりとあたたかくなって、目の奥が熱くなってくる。今まで嫌というほどに感じ取ってきた、本能的で強烈な恋愛感情とは明らかに違う。心の温度とリズムがぴったり合っている。そんな感覚だった。

 あぁ、気持ちいい……。こんなのってはじめてだ……。僕はこの人がいい……。この人と愛し合いたい……。

 こうしていると、はっきりわかる。衛人もまた、千里を愛してくれていること。その感情が、千里のそれとぴったり合っていること。けれど、その一方で、彼がその感情に必死に抵抗していることもわかるのだ。彼は優しい人だから、きっと千里の身を気遣きづかってくれているのだろうが、おそらく理由は、それひとつではない。

 ――気持ちはわかるんだけど。あんた、もっと自分を大切にしろよ……。

 出会った日、衛人がくれた言葉を思い出すと、千里の胸はぎゅうっと締めつけられる。彼は約束してくれた。千里に恋愛感情は持たないこと。下心を持たないこと。そして、身寄りもなく、居場所もなくなってしまった千里を、この家に置いてくれる――と。

 ごめんなさい、衛人さん……。

 しかし、思い出せば同時に、たちまち罪悪感がふくらんでいく。なにを隠そう、衛人を惚れ込ませたのは、ほかでもない千里だ。彼の恋心には、千里の妖力が大きく影響している。しかも、無意識ではない。千里は生まれてはじめて恋をして、ひとりの男を意識的に誘惑し、惚れ込ませた。

 こんなのはずるいのかもしれないけど……。でも、僕はやっぱり……、あなたの伴侶になりたいんです……。

 千里が衛人に恋をしたのは、彼がここへ来た日のこと。勝手にこの家を住処にしていた千里は、出会った瞬間、まずこっぴどく叱られて、不法侵入者だと責められた。体格のいい彼にせまられるのはとても怖かったし、顔すらまともに見られなかった。だが、すぐに千里は彼の優しさに触れたのだ。

 彼がくれる言葉のひとつ、ひとつが柔らかく、温かくて、興味を持つより先に好きだと感じた。同時に、頼もしさ、男らしさにドキドキして、もし、千里の色香にかかってしまったら、この家に居候させてもらう代償に、この身を捧げる――と言い出したときも、彼は「自分を大事にしろ」と言ってくれた。そんなことを言ってくれる人は、これまで出会った中で思い返しても、たったのひとりもいなかった。衛人はすこぶる理性が強く、心優しい青年だった。

 あのときの、衛人さん……。すっごくかっこよかった……。

 奥二重の瞳がくしゃっと細くなる笑顔や、千里の背丈を測ってくれたあと、髪を撫でてくれる優しい手つき。あのとき感じた、胸の高鳴りと頬の熱。それが恋のせいだとわかるまで、時間はさほどかからなかった。

 衛人さん……、僕、あなたが好きです……。好きで、好きで……、息が苦しくなるくらい、本当に大好きです……。

 衛人に出会った夜、もう千里は彼を愛してしまっていて、彼の伴侶になりたいと強く願っていた。そして恋を感じた瞬間から、意識的に衛人を誘惑しはじめたのだ。――とはいえ、意識的にと言っても、それはなにも衛人にまやかしをかけたのではない。衛人に触れてほしい。衛人に愛されたい。千里はただ、そう強く願っただけ。それだけで、妖力は彼を惑わすため、十分すぎるほどに働いた。

「千里……?」

 ほどなくして、衛人の声が千里を呼ぶ。どのくらい、彼を抱きしめていたのだろう。気付けば、すっかり日が落ちてしまって、辺りは真っ暗になっていた。彼は千里の体をこばむようにして、ゆっくりと離れていく。

「はい……」
「大丈夫か?」

 暗がりでも、千里を見つめる衛人の瞳が澄んでいることも、彼の眼差まなざしが途方もなく優しいこともわかる。だが、これ以上はきっと甘えていられないだろう。なにしろ、彼はまだ、千里をこばんでいるのだから。千里はこく、と頷いた。

「はい、大丈夫です……」

 静かにそう答えると、衛人はホッとしたように頬をゆるめ、穏やかな笑みを浮かべた。

 ――俺は、千里を好きにならないよ。

 そう言った彼の体からは今、たしかに恋愛感情が流れてくる。おそらく千里が彼に恋をしたせいで、衛人は妖力によって誘惑され、ほだされている状態だろう。千里の妖力は、相手のいない状態では無差別的に人間を魅了するが、相手を見つけると、途端にその相手に全妖力が集中する。つまり今、千里は衛人の伴侶になるため、妖力を使って、衛人を誘惑している、ということになるのだ。

 ただし、厄介なことに、衛人への恋は千里にとって初恋なので、妖力自体は安定していない。本来なら、一度相手を決めてしまえば、ほかの人間がこの妖力にあてられることはないわけだが、安定していないせいか、衛人のそばにいる人間には、誤って妖力がかかり、効果が出てしまうようだった。ホームセンターで、衛人のそばを通りかかった男が突然に声をかけてきて、千里を車で連れ去ろうとしたのも、きっとそれが理由に違いなかった。

 困ったなぁ……。これじゃ、衛人さんに迷惑をかけてばっかりだ……。
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