32 / 81
5
半妖の想い~千里~(5-2)
しおりを挟む
あったかくて穏やかで、優しい感情。それが、衛人と触れ合っている場所から、ゆっくりと流れてくる。すると、胸の奥がじんわりとあたたかくなって、目の奥が熱くなってくる。今まで嫌というほどに感じ取ってきた、本能的で強烈な恋愛感情とは明らかに違う。心の温度とリズムがぴったり合っている。そんな感覚だった。
あぁ、気持ちいい……。こんなのってはじめてだ……。僕はこの人がいい……。この人と愛し合いたい……。
こうしていると、はっきりわかる。衛人もまた、千里を愛してくれていること。その感情が、千里のそれとぴったり合っていること。けれど、その一方で、彼がその感情に必死に抵抗していることもわかるのだ。彼は優しい人だから、きっと千里の身を気遣ってくれているのだろうが、おそらく理由は、それひとつではない。
――気持ちはわかるんだけど。あんた、もっと自分を大切にしろよ……。
出会った日、衛人がくれた言葉を思い出すと、千里の胸はぎゅうっと締めつけられる。彼は約束してくれた。千里に恋愛感情は持たないこと。下心を持たないこと。そして、身寄りもなく、居場所もなくなってしまった千里を、この家に置いてくれる――と。
ごめんなさい、衛人さん……。
しかし、思い出せば同時に、たちまち罪悪感が膨らんでいく。なにを隠そう、衛人を惚れ込ませたのは、ほかでもない千里だ。彼の恋心には、千里の妖力が大きく影響している。しかも、無意識ではない。千里は生まれてはじめて恋をして、ひとりの男を意識的に誘惑し、惚れ込ませた。
こんなのはずるいのかもしれないけど……。でも、僕はやっぱり……、あなたの伴侶になりたいんです……。
千里が衛人に恋をしたのは、彼がここへ来た日のこと。勝手にこの家を住処にしていた千里は、出会った瞬間、まずこっぴどく叱られて、不法侵入者だと責められた。体格のいい彼に迫られるのはとても怖かったし、顔すらまともに見られなかった。だが、すぐに千里は彼の優しさに触れたのだ。
彼がくれる言葉のひとつ、ひとつが柔らかく、温かくて、興味を持つより先に好きだと感じた。同時に、頼もしさ、男らしさにドキドキして、もし、千里の色香にかかってしまったら、この家に居候させてもらう代償に、この身を捧げる――と言い出したときも、彼は「自分を大事にしろ」と言ってくれた。そんなことを言ってくれる人は、これまで出会った中で思い返しても、たったのひとりもいなかった。衛人はすこぶる理性が強く、心優しい青年だった。
あのときの、衛人さん……。すっごくかっこよかった……。
奥二重の瞳がくしゃっと細くなる笑顔や、千里の背丈を測ってくれたあと、髪を撫でてくれる優しい手つき。あのとき感じた、胸の高鳴りと頬の熱。それが恋のせいだとわかるまで、時間はさほどかからなかった。
衛人さん……、僕、あなたが好きです……。好きで、好きで……、息が苦しくなるくらい、本当に大好きです……。
衛人に出会った夜、もう千里は彼を愛してしまっていて、彼の伴侶になりたいと強く願っていた。そして恋を感じた瞬間から、意識的に衛人を誘惑しはじめたのだ。――とはいえ、意識的にと言っても、それはなにも衛人にまやかしをかけたのではない。衛人に触れてほしい。衛人に愛されたい。千里はただ、そう強く願っただけ。それだけで、妖力は彼を惑わすため、十分すぎるほどに働いた。
「千里……?」
ほどなくして、衛人の声が千里を呼ぶ。どのくらい、彼を抱きしめていたのだろう。気付けば、すっかり日が落ちてしまって、辺りは真っ暗になっていた。彼は千里の体を拒むようにして、ゆっくりと離れていく。
「はい……」
「大丈夫か?」
暗がりでも、千里を見つめる衛人の瞳が澄んでいることも、彼の眼差しが途方もなく優しいこともわかる。だが、これ以上はきっと甘えていられないだろう。なにしろ、彼はまだ、千里を拒んでいるのだから。千里はこく、と頷いた。
「はい、大丈夫です……」
静かにそう答えると、衛人はホッとしたように頬を緩め、穏やかな笑みを浮かべた。
――俺は、千里を好きにならないよ。
そう言った彼の体からは今、たしかに恋愛感情が流れてくる。おそらく千里が彼に恋をしたせいで、衛人は妖力によって誘惑され、絆されている状態だろう。千里の妖力は、相手のいない状態では無差別的に人間を魅了するが、相手を見つけると、途端にその相手に全妖力が集中する。つまり今、千里は衛人の伴侶になるため、妖力を使って、衛人を誘惑している、ということになるのだ。
ただし、厄介なことに、衛人への恋は千里にとって初恋なので、妖力自体は安定していない。本来なら、一度相手を決めてしまえば、ほかの人間がこの妖力にあてられることはないわけだが、安定していないせいか、衛人のそばにいる人間には、誤って妖力がかかり、効果が出てしまうようだった。ホームセンターで、衛人のそばを通りかかった男が突然に声をかけてきて、千里を車で連れ去ろうとしたのも、きっとそれが理由に違いなかった。
困ったなぁ……。これじゃ、衛人さんに迷惑をかけてばっかりだ……。
あぁ、気持ちいい……。こんなのってはじめてだ……。僕はこの人がいい……。この人と愛し合いたい……。
こうしていると、はっきりわかる。衛人もまた、千里を愛してくれていること。その感情が、千里のそれとぴったり合っていること。けれど、その一方で、彼がその感情に必死に抵抗していることもわかるのだ。彼は優しい人だから、きっと千里の身を気遣ってくれているのだろうが、おそらく理由は、それひとつではない。
――気持ちはわかるんだけど。あんた、もっと自分を大切にしろよ……。
出会った日、衛人がくれた言葉を思い出すと、千里の胸はぎゅうっと締めつけられる。彼は約束してくれた。千里に恋愛感情は持たないこと。下心を持たないこと。そして、身寄りもなく、居場所もなくなってしまった千里を、この家に置いてくれる――と。
ごめんなさい、衛人さん……。
しかし、思い出せば同時に、たちまち罪悪感が膨らんでいく。なにを隠そう、衛人を惚れ込ませたのは、ほかでもない千里だ。彼の恋心には、千里の妖力が大きく影響している。しかも、無意識ではない。千里は生まれてはじめて恋をして、ひとりの男を意識的に誘惑し、惚れ込ませた。
こんなのはずるいのかもしれないけど……。でも、僕はやっぱり……、あなたの伴侶になりたいんです……。
千里が衛人に恋をしたのは、彼がここへ来た日のこと。勝手にこの家を住処にしていた千里は、出会った瞬間、まずこっぴどく叱られて、不法侵入者だと責められた。体格のいい彼に迫られるのはとても怖かったし、顔すらまともに見られなかった。だが、すぐに千里は彼の優しさに触れたのだ。
彼がくれる言葉のひとつ、ひとつが柔らかく、温かくて、興味を持つより先に好きだと感じた。同時に、頼もしさ、男らしさにドキドキして、もし、千里の色香にかかってしまったら、この家に居候させてもらう代償に、この身を捧げる――と言い出したときも、彼は「自分を大事にしろ」と言ってくれた。そんなことを言ってくれる人は、これまで出会った中で思い返しても、たったのひとりもいなかった。衛人はすこぶる理性が強く、心優しい青年だった。
あのときの、衛人さん……。すっごくかっこよかった……。
奥二重の瞳がくしゃっと細くなる笑顔や、千里の背丈を測ってくれたあと、髪を撫でてくれる優しい手つき。あのとき感じた、胸の高鳴りと頬の熱。それが恋のせいだとわかるまで、時間はさほどかからなかった。
衛人さん……、僕、あなたが好きです……。好きで、好きで……、息が苦しくなるくらい、本当に大好きです……。
衛人に出会った夜、もう千里は彼を愛してしまっていて、彼の伴侶になりたいと強く願っていた。そして恋を感じた瞬間から、意識的に衛人を誘惑しはじめたのだ。――とはいえ、意識的にと言っても、それはなにも衛人にまやかしをかけたのではない。衛人に触れてほしい。衛人に愛されたい。千里はただ、そう強く願っただけ。それだけで、妖力は彼を惑わすため、十分すぎるほどに働いた。
「千里……?」
ほどなくして、衛人の声が千里を呼ぶ。どのくらい、彼を抱きしめていたのだろう。気付けば、すっかり日が落ちてしまって、辺りは真っ暗になっていた。彼は千里の体を拒むようにして、ゆっくりと離れていく。
「はい……」
「大丈夫か?」
暗がりでも、千里を見つめる衛人の瞳が澄んでいることも、彼の眼差しが途方もなく優しいこともわかる。だが、これ以上はきっと甘えていられないだろう。なにしろ、彼はまだ、千里を拒んでいるのだから。千里はこく、と頷いた。
「はい、大丈夫です……」
静かにそう答えると、衛人はホッとしたように頬を緩め、穏やかな笑みを浮かべた。
――俺は、千里を好きにならないよ。
そう言った彼の体からは今、たしかに恋愛感情が流れてくる。おそらく千里が彼に恋をしたせいで、衛人は妖力によって誘惑され、絆されている状態だろう。千里の妖力は、相手のいない状態では無差別的に人間を魅了するが、相手を見つけると、途端にその相手に全妖力が集中する。つまり今、千里は衛人の伴侶になるため、妖力を使って、衛人を誘惑している、ということになるのだ。
ただし、厄介なことに、衛人への恋は千里にとって初恋なので、妖力自体は安定していない。本来なら、一度相手を決めてしまえば、ほかの人間がこの妖力にあてられることはないわけだが、安定していないせいか、衛人のそばにいる人間には、誤って妖力がかかり、効果が出てしまうようだった。ホームセンターで、衛人のそばを通りかかった男が突然に声をかけてきて、千里を車で連れ去ろうとしたのも、きっとそれが理由に違いなかった。
困ったなぁ……。これじゃ、衛人さんに迷惑をかけてばっかりだ……。
10
あなたにおすすめの小説
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない
深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。
聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。
ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。
――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。
何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。
理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。
その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。
――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。
傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる