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半妖の想い~千里~(5-3)
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化け狐には目をつけられるし、妖力も安定しない。踏んだり蹴ったりの事態に、千里は途方に暮れている。そもそも、妖力が安定しない理由は、千里の未熟さはもちろんだが、千里が半妖であることもまた、関係しているのかもしれない。千里は半妖であるがゆえに、妖力が弱く、安定しないのかもしれない。その証拠に、衛人は今、確実に千里を想ってくれているはずなのに、理性をしっかり保っていた。
本来は妖力にかかれば、理性など跡形もなく吹っ飛んで、千里に求愛したっておかしくはない。それなのに、衛人は冷静さを失っていないのだ。彼に触れて、はじめて感じる、温かい想いが伝わってきても、彼自身が想いを自覚しているのかどうかまでは、千里にはわからなかった。
衛人のことだ。すでに千里に心を奪われていると気付きながら、必死にその感情に抗っているかもしれない。なにしろ、衛人は深い傷を抱えていて、そのせいで、恋愛そのものを避けて生きてきた。体は妖力に当てられたせいで、千里を恋の相手として求めても、心まで望んではいない。そんな状態なのかもしれない。
きっとそうだ……。衛人さんは、僕の妖力にあてられてるって気付いてて……、だから今も、最初の約束を必死に守ってくれてるんだ……。
そうであれば、この恋はなかなかに難儀だ。千里は、この初恋が報われない未来に落胆しながら、衛人から離れた。
「すみません、少し取り乱してしまいました……」
「いいんだよ、俺は気にしないから」
だが、衛人はそう言ったあと、千里の髪をそっと撫でてくれる。そうして「家に入ろう」と千里に言ってから、思い出したように車へ走っていき、両手にいくつも紙袋を持つと、それを掲げて見せてくれた。
「千里。これさ、あとで着てみてくれない? たぶん、サイズも色も、千里に合うと思うんだ」
「ありがとうございます……」
衛人と家の中に入ると、衛人はすぐに荷物を居間に置き、白米をといで炊飯機のスイッチを押す。それから、すっ飛んでくるようにして千里のそばへ寄り、紙袋の中身を次々に開けて見せた。
「お待たせ! いいか、千里。これがTシャツで、こっちがズボンな。それから、これが靴下とスニーカー。どう? かっこいいだろ」
「はい……」
衛人はとんでもない量の服を買ってきてくれて、次々に千里に見せた。どれもこれも、気に入った。夏空のように青いTシャツや、ひまわりのような黄色の襟付きシャツ。涼しげな麻の茶色いズボンは、色違いで藍色もある。靴下は夏用のメッシュ素材で、とても涼しいのだそうで、敷物の上で履いたカラフルなスニーカーも、千里の足にぴったりだった。青い素材に黄色いラインが入ったそれを履くと、まるで雲の上を歩いているように足が軽くなるようだった。
「すごい……」
「いいだろ、それ。俺のお気に入りのメーカーなんだ。それから、これなんだけど……」
「わぁ……」
「これは、完全に衝動買い。千里に絶対似合うと思ってさ。つい買っちゃった。どうかな?」
「綺麗ですね……」
衛人が買ってきたくれた服や、靴下、靴は、どれもとても気に入った。こんなにたくさん、素敵なプレゼントを一度にもらったのは、生まれてはじめてだ。しかし、中でも衛人が最後に見せてくれた浴衣は、特別だった。それを見た途端、服のこだわりなど、露ほどにもなかった千里の心は、たちまちに躍った。
なんて綺麗な青い色……。
深みのある藍色の生地に、太さの異なる白と黒の線が幾重にも入ったデザインの浴衣と、白地の帯。その美しい色合いに、千里は目を奪われた。千里はすぐにそれをビニールの袋から出して、じかに手に取ってみる。さらさらとした手触りが心地いい。
千里のいっちょうらは、今、着ているこの浴衣だ。あとは下着が何枚かあるだけ。このご時世に、こんな古ぼけた浴衣がいっちょうらだなんて、自分でもおかしいとわかってはいる。だが、千里は本当に身一つで、放浪していた。人間社会に馴染めない自分には、人から逃げながら生きる自分には、多くのものがあると邪魔になる。お気に入りのいっちょうらがひとつあるくらいで、ちょうどいい。そう思っていたのだ。
しかし、今。千里の目の前には綺麗な浴衣と、おしゃれな服がたくさん並べられている。身に余るほどの多幸感に、千里はたまらなくなって、思わず浴衣を胸にぎゅっと抱きしめた。
「嬉しい……。こんなにたくさん……」
「気に入ってくれたなら、よかった」
「気に入ったなんてもんじゃありません……! 本当に、夢みたいです……。そうだ、着てみてもいいですか?」
「もちろん――」
気持ちが逸る。まずはまだタグのついた浴衣に、すぐに腕を通したくなって、千里は思わずその場で、しゅるしゅると帯を緩めてしまった。だが――。
「だぁ……ッ、もう! こらこら、千里!」
「はい……?」
「そうやって、すぐ脱がない! あんまり無防備だと、今に襲われちゃうぞ」
瞬時に手を止められて、千里は目をぱちくりさせ、周囲を見回した。そんなこと言われても、ここは安全な家の中だ。無防備でいたって、誰かに襲われることなんかない。それくらい、千里にだってわかっている。
「でも……、ここには衛人さんしかいないし……。大丈夫です……」
「それでも、だめだ。昼間も言ったけど、俺だって人間の男なんだからな」
本来は妖力にかかれば、理性など跡形もなく吹っ飛んで、千里に求愛したっておかしくはない。それなのに、衛人は冷静さを失っていないのだ。彼に触れて、はじめて感じる、温かい想いが伝わってきても、彼自身が想いを自覚しているのかどうかまでは、千里にはわからなかった。
衛人のことだ。すでに千里に心を奪われていると気付きながら、必死にその感情に抗っているかもしれない。なにしろ、衛人は深い傷を抱えていて、そのせいで、恋愛そのものを避けて生きてきた。体は妖力に当てられたせいで、千里を恋の相手として求めても、心まで望んではいない。そんな状態なのかもしれない。
きっとそうだ……。衛人さんは、僕の妖力にあてられてるって気付いてて……、だから今も、最初の約束を必死に守ってくれてるんだ……。
そうであれば、この恋はなかなかに難儀だ。千里は、この初恋が報われない未来に落胆しながら、衛人から離れた。
「すみません、少し取り乱してしまいました……」
「いいんだよ、俺は気にしないから」
だが、衛人はそう言ったあと、千里の髪をそっと撫でてくれる。そうして「家に入ろう」と千里に言ってから、思い出したように車へ走っていき、両手にいくつも紙袋を持つと、それを掲げて見せてくれた。
「千里。これさ、あとで着てみてくれない? たぶん、サイズも色も、千里に合うと思うんだ」
「ありがとうございます……」
衛人と家の中に入ると、衛人はすぐに荷物を居間に置き、白米をといで炊飯機のスイッチを押す。それから、すっ飛んでくるようにして千里のそばへ寄り、紙袋の中身を次々に開けて見せた。
「お待たせ! いいか、千里。これがTシャツで、こっちがズボンな。それから、これが靴下とスニーカー。どう? かっこいいだろ」
「はい……」
衛人はとんでもない量の服を買ってきてくれて、次々に千里に見せた。どれもこれも、気に入った。夏空のように青いTシャツや、ひまわりのような黄色の襟付きシャツ。涼しげな麻の茶色いズボンは、色違いで藍色もある。靴下は夏用のメッシュ素材で、とても涼しいのだそうで、敷物の上で履いたカラフルなスニーカーも、千里の足にぴったりだった。青い素材に黄色いラインが入ったそれを履くと、まるで雲の上を歩いているように足が軽くなるようだった。
「すごい……」
「いいだろ、それ。俺のお気に入りのメーカーなんだ。それから、これなんだけど……」
「わぁ……」
「これは、完全に衝動買い。千里に絶対似合うと思ってさ。つい買っちゃった。どうかな?」
「綺麗ですね……」
衛人が買ってきたくれた服や、靴下、靴は、どれもとても気に入った。こんなにたくさん、素敵なプレゼントを一度にもらったのは、生まれてはじめてだ。しかし、中でも衛人が最後に見せてくれた浴衣は、特別だった。それを見た途端、服のこだわりなど、露ほどにもなかった千里の心は、たちまちに躍った。
なんて綺麗な青い色……。
深みのある藍色の生地に、太さの異なる白と黒の線が幾重にも入ったデザインの浴衣と、白地の帯。その美しい色合いに、千里は目を奪われた。千里はすぐにそれをビニールの袋から出して、じかに手に取ってみる。さらさらとした手触りが心地いい。
千里のいっちょうらは、今、着ているこの浴衣だ。あとは下着が何枚かあるだけ。このご時世に、こんな古ぼけた浴衣がいっちょうらだなんて、自分でもおかしいとわかってはいる。だが、千里は本当に身一つで、放浪していた。人間社会に馴染めない自分には、人から逃げながら生きる自分には、多くのものがあると邪魔になる。お気に入りのいっちょうらがひとつあるくらいで、ちょうどいい。そう思っていたのだ。
しかし、今。千里の目の前には綺麗な浴衣と、おしゃれな服がたくさん並べられている。身に余るほどの多幸感に、千里はたまらなくなって、思わず浴衣を胸にぎゅっと抱きしめた。
「嬉しい……。こんなにたくさん……」
「気に入ってくれたなら、よかった」
「気に入ったなんてもんじゃありません……! 本当に、夢みたいです……。そうだ、着てみてもいいですか?」
「もちろん――」
気持ちが逸る。まずはまだタグのついた浴衣に、すぐに腕を通したくなって、千里は思わずその場で、しゅるしゅると帯を緩めてしまった。だが――。
「だぁ……ッ、もう! こらこら、千里!」
「はい……?」
「そうやって、すぐ脱がない! あんまり無防備だと、今に襲われちゃうぞ」
瞬時に手を止められて、千里は目をぱちくりさせ、周囲を見回した。そんなこと言われても、ここは安全な家の中だ。無防備でいたって、誰かに襲われることなんかない。それくらい、千里にだってわかっている。
「でも……、ここには衛人さんしかいないし……。大丈夫です……」
「それでも、だめだ。昼間も言ったけど、俺だって人間の男なんだからな」
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