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半妖の想い~千里~(5-4)
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そう言って、衛人は胸の前で腕を組み、ため息を漏らす。その仕草は、まるで千里に触れないように自制でもしているようだ。衛人が襲うことだってあり得る――と、彼はそう言いたいのだろう。
「でも、僕は……」
衛人さんに襲われるのなら、構いません。そう返そうとして、口を噤んだ。千里はそれでよくても、おそらく衛人は違う。彼は今、千里を必死に拒んでいる。彼は過去の失恋を引きずっていて、もう二度と恋なんかする気がなかった。だからこそ、千里を好きにならないと約束できたのだ。
理性の強い衛人のことだから、何事もなければ、ここまで千里の妖力に当てられてしまうことはなかったのかもしれない。だが、千里が恋をしてしまったことで、妖力は強まり、衛人に集中してしまった。そして今、千里の妖力にあてられてしまったことで、彼は恋愛感情に必死に抗っている。そうして頭を巡らせているうちに、千里はハッと気付かされた。
それって……、ただ、妖力が効いてるってだけだ……。そんなの、恋って言えないんじゃ……。
そう思った時。愕然とした。同時に、ざくり―ーと、鋭利な刃物で胸の奥を貫かれたような衝撃がそこに走った。衛人の体から伝わってくる感情。これは、本当の気持ちとは言えないのかもしれない。ただ、妖力に反応しているだけ。妖力がなければ、なかったはずの気持ち。いわば、偽りの感情だ。
そうだ……。これって人間にしてみれば、ただのまやかしと同じなのかも……。
それなら、千里は彼を誘惑なんかしたくない。ただ、残念ながらこの妖力は千里にはアンコントロールで、衛人を惑わせたくないと思っても、抑えられるようなものではない。
妖力でもなんでも、好きになってもらえたら……、僕の力は落ち着くし、衛人さんの伴侶になれるって思ってた。でも、それが衛人さんにとっては本当の気持ちじゃないとしたら――……。
「千里……、おーい。どうした?」
急に黙り込んだ千里を心配してくれたのだろう。衛人に訊ねられ、千里は弱々しくかぶりを振る。
「なんでもありません……。ごめんなさい、気をつけます……」
「よし。それじゃ、俺は後ろを向いてるから。着替え終わったら、声かけてな」
衛人はそう言って、くるりと後ろを向いてしまう。千里はすぐに浴衣を脱ぎ、新しく買ってもらったそれの袖に腕を通し、しっかりと帯を巻いた。心の中は報われない恋に沈んでいても、姿見に映った自分を見ると、また心が躍ってしまう。藍色がこんなに自分に似合うと思ったのは、はじめてだった。
「衛人さん、できました……」
千里が声をかけると、衛人が振り返る。そうして、目が合った瞬間。彼は瞳をキラキラさせて近づいてくると、千里の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「すっげえいいじゃんか! 似合うよ、千里。やっぱり思った通りだった!」
はつらつとした笑顔で、衛人に褒められ、頭を撫でられ、嬉しくて、照れくさくてたまらない。その手から、温かく穏やかな感情が流れてきて、たちまちかあっと頬が火照っていく。心臓が強く波打ち、めまいを起こしそうだ。
嬉しい……。
千里はもう今にも溢れ出してしまいそうな感情を必死にこらえながら、唇をきゅっと真一文字に結んで、火照った頬を隠すようにうつむいた。
どうしよう……。衛人さんの気持ちが本当じゃないってわかっても、嬉しい……。僕、この人が好きだ……。だけど、どうしたらこの人に本気で愛してもらえるんだろう。どうしたら、この人の伴侶になれるんだろう……。
***
さて、ひと通りファッションショーを済ませたあと、衛人は思い出したように夕飯の準備に取り掛かり、千里はその手伝いをした。家事の中でも、料理はあまり得意なほうではないのだが、居候の身でありながら、ぼんやりと、ただ口を開けて待つのはあまりに情けないので、千里は衛人の隣に立ち、洗い物をしたり、皿を出したり、座卓を拭いたり、彼の役に立とうとできる限り働いた。
まだ想像もつかないが、千里はいつか、衛人のために料理を覚えたいとも思っている。もちろん、包丁もまともに握れない今の千里では、夢のまた夢ではあるのだが。
「いただきます!」
「いただきます」
今夜の夕飯は、肉じゃが定食だった。ジャガイモは箸で身を崩せるほどに柔らかくなっているのにホクホクで、中まで煮汁がしっかり染みている。副菜にはツナと万願寺トウガラシの炒めものと、キュウリとミョウガの和え物、それに、ネギと豆腐のおかか入り味噌汁が並んでいる。衛人は、千里の味噌汁のほうには、少し多めにおかかを入れてくれたようだ。
「ちょっとヘルシーだったかな。量は足りそう?」
「はい。すごくおいしいです」
静かにはじまった夕食。だが、食べ始めて数分もしないうちに、衛人が訊ねた。
「なぁ、千里。訊いてもいい?」
「はい、なんです?」
「あのレンって奴、明日あいさつに来いって言ってたけど、行くのか?」
それを訊かれて、千里は頷く。半妖というだけで見下されるのは屈辱的だったが、しかたない。妖の世界では、半妖の身分はとても低く、仲間だという認識はおそらく持たれていない。ちなみに、最も低い階級は悪霊化した人間の霊魂や動物霊。半妖はきっと、その次くらいかもしれない。とにかく、低級なのだ。
「でも、僕は……」
衛人さんに襲われるのなら、構いません。そう返そうとして、口を噤んだ。千里はそれでよくても、おそらく衛人は違う。彼は今、千里を必死に拒んでいる。彼は過去の失恋を引きずっていて、もう二度と恋なんかする気がなかった。だからこそ、千里を好きにならないと約束できたのだ。
理性の強い衛人のことだから、何事もなければ、ここまで千里の妖力に当てられてしまうことはなかったのかもしれない。だが、千里が恋をしてしまったことで、妖力は強まり、衛人に集中してしまった。そして今、千里の妖力にあてられてしまったことで、彼は恋愛感情に必死に抗っている。そうして頭を巡らせているうちに、千里はハッと気付かされた。
それって……、ただ、妖力が効いてるってだけだ……。そんなの、恋って言えないんじゃ……。
そう思った時。愕然とした。同時に、ざくり―ーと、鋭利な刃物で胸の奥を貫かれたような衝撃がそこに走った。衛人の体から伝わってくる感情。これは、本当の気持ちとは言えないのかもしれない。ただ、妖力に反応しているだけ。妖力がなければ、なかったはずの気持ち。いわば、偽りの感情だ。
そうだ……。これって人間にしてみれば、ただのまやかしと同じなのかも……。
それなら、千里は彼を誘惑なんかしたくない。ただ、残念ながらこの妖力は千里にはアンコントロールで、衛人を惑わせたくないと思っても、抑えられるようなものではない。
妖力でもなんでも、好きになってもらえたら……、僕の力は落ち着くし、衛人さんの伴侶になれるって思ってた。でも、それが衛人さんにとっては本当の気持ちじゃないとしたら――……。
「千里……、おーい。どうした?」
急に黙り込んだ千里を心配してくれたのだろう。衛人に訊ねられ、千里は弱々しくかぶりを振る。
「なんでもありません……。ごめんなさい、気をつけます……」
「よし。それじゃ、俺は後ろを向いてるから。着替え終わったら、声かけてな」
衛人はそう言って、くるりと後ろを向いてしまう。千里はすぐに浴衣を脱ぎ、新しく買ってもらったそれの袖に腕を通し、しっかりと帯を巻いた。心の中は報われない恋に沈んでいても、姿見に映った自分を見ると、また心が躍ってしまう。藍色がこんなに自分に似合うと思ったのは、はじめてだった。
「衛人さん、できました……」
千里が声をかけると、衛人が振り返る。そうして、目が合った瞬間。彼は瞳をキラキラさせて近づいてくると、千里の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「すっげえいいじゃんか! 似合うよ、千里。やっぱり思った通りだった!」
はつらつとした笑顔で、衛人に褒められ、頭を撫でられ、嬉しくて、照れくさくてたまらない。その手から、温かく穏やかな感情が流れてきて、たちまちかあっと頬が火照っていく。心臓が強く波打ち、めまいを起こしそうだ。
嬉しい……。
千里はもう今にも溢れ出してしまいそうな感情を必死にこらえながら、唇をきゅっと真一文字に結んで、火照った頬を隠すようにうつむいた。
どうしよう……。衛人さんの気持ちが本当じゃないってわかっても、嬉しい……。僕、この人が好きだ……。だけど、どうしたらこの人に本気で愛してもらえるんだろう。どうしたら、この人の伴侶になれるんだろう……。
***
さて、ひと通りファッションショーを済ませたあと、衛人は思い出したように夕飯の準備に取り掛かり、千里はその手伝いをした。家事の中でも、料理はあまり得意なほうではないのだが、居候の身でありながら、ぼんやりと、ただ口を開けて待つのはあまりに情けないので、千里は衛人の隣に立ち、洗い物をしたり、皿を出したり、座卓を拭いたり、彼の役に立とうとできる限り働いた。
まだ想像もつかないが、千里はいつか、衛人のために料理を覚えたいとも思っている。もちろん、包丁もまともに握れない今の千里では、夢のまた夢ではあるのだが。
「いただきます!」
「いただきます」
今夜の夕飯は、肉じゃが定食だった。ジャガイモは箸で身を崩せるほどに柔らかくなっているのにホクホクで、中まで煮汁がしっかり染みている。副菜にはツナと万願寺トウガラシの炒めものと、キュウリとミョウガの和え物、それに、ネギと豆腐のおかか入り味噌汁が並んでいる。衛人は、千里の味噌汁のほうには、少し多めにおかかを入れてくれたようだ。
「ちょっとヘルシーだったかな。量は足りそう?」
「はい。すごくおいしいです」
静かにはじまった夕食。だが、食べ始めて数分もしないうちに、衛人が訊ねた。
「なぁ、千里。訊いてもいい?」
「はい、なんです?」
「あのレンって奴、明日あいさつに来いって言ってたけど、行くのか?」
それを訊かれて、千里は頷く。半妖というだけで見下されるのは屈辱的だったが、しかたない。妖の世界では、半妖の身分はとても低く、仲間だという認識はおそらく持たれていない。ちなみに、最も低い階級は悪霊化した人間の霊魂や動物霊。半妖はきっと、その次くらいかもしれない。とにかく、低級なのだ。
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