【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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九尾の狐~千里~(6-2)

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 ――この家、もうすぐ俺が住むようになるから。面倒起こさないって約束するなら、いてもいいけどさ。

 半妖でホームレスで情けない千里を、衛人は受け入れてくれ、守ろうとしてくれた。あんなに優しい人に、千里は出会ったことがない。人の優しさや温もりに触れたのも、本当に久しぶりだった。もう、一度はこのまま、どこかでひとりぼっちで死んでしまってもいいかもしれない――とさえ思った千里に、衛人は生きる楽しさをもう一度、教えてくれた。温かな家という居場所を与えてくれた。だから、絶対に彼に迷惑はもちろん、危険な目になどわせたくなかった。

 やがて、クマザサばかりだった山道の先が開け、舗装された広い道に出る。その道は行き止まりになっていて、どんつきになった場所には石造りの大きな鳥居が見えた。その手前には太い石柱が立ち「那須温泉神社」と彫られている。衛人の話では、どうやら九尾狐神社はこの奥にある――らしい。

 行こう……。

 辺りにはオレンジ色の外灯が光り、大きな鳥居をゆらゆらと照らしている。千里はごくん、と生唾を飲み込み、その鳥居に向かって歩き出した。だが――。

 あれは、外灯じゃない……。

 外灯だとばかり思いこんでいたオレンジ色の灯りは、ゆらゆらと揺れながら、千里に近づいてくるようだ。それはすべて化け狐だった。彼らは手に小さな提灯を下げて、にたあ、と笑みを浮かべていたのだ。

「ホラ、キタキタ……」
「ヨソモノダネ」
「ネコダ、ネコガキタヨ」

 化け狐たちは口々にそう言って、千里を指差し、笑っている。笑い声はどれも、幼い子どものようだが、目の前にいるのは、無数の化け狐。ひどく不気味な光景だった。

 狐火きつねびだ……。

 以前、母から聞いたことがあった。狐火という、化け狐の放つ怪火の話だ。日本全国、さまざまな言い伝えがあるらしいそれは、蒸し暑い夏場や、天候の変わり目に現れるとわれている。人間が狐火に触れると、高熱が出たり、原因不明の体調不良で起きられなくなるそうだ。話には聞いていたが、しかし。半妖の千里だって、化け狐を見たのははじめてだった。

「オイデ、オイデ」
「キュウビサマハオクニイルヨ」

 化け狐たちがそう言って、ケタケタ笑いながら、鳥居をくぐり、石段を上っていく。千里は慌ててその小さな背中を追いかけた。ここには社務所も売店もあるようだが、当然、真夜中のこの時間は閉まっている。人けがない境内を化け狐に案内されて、千里は奥へ、奥へと進んだ。

 そうして、長い長い石段を登りきる。そこでハッと目をみはった。すぐ目の前にレンが立っていたのだ。

「君は、化け狐の……」
「よく来たな。妖のマナーはわかってるみたいじゃないか。人間みたいに、朝一番に参拝してこられたらどうしようかと思ったが」
「九尾さまは……?」
「こっちだ。ついて来い」

 そう言うと、レンはふわりとしっぽを揺らして手招きをしたが、ふと千里の足下を見て、笑みをこぼす。そうして「履物も必要なしか。さすがは半妖だ」と、ひとり言のように呟いた。

 衛人の話の通り、九尾の狐のおやしろは、那須温泉神社の真横に鎮座していた。千里は迷うことなく、その小さな赤鳥居をくぐり、社の前に立つ。レンが案内をしてくれたということもあるが、無数の狐火が道を作り、千里を誘導していたので、脇へれるどころか、よそ見をする隙も与えられなかったのだ。

 レンは社の前に立つと、両手を握り合わせる。それから、腰を曲げ、深くお辞儀をした。

「九尾さま。半妖を連れて参りました」

 レンが声を張った直後。社の小さな扉が、ギイ、ときしむような音を立て、わずかに開く。同時に辺りには次第に白い霧が立ち込めた。そうかと思うと、その霧は徐々に形を変え、やがて身目麗しい男の姿へと変化していく。千里はその光景を呆気あっけに取られながら見つめた。九尾の狐のお出ましだ。

「……よく来てくれた。お前が半妖かね」
「はい……。仙狸の半妖です。猫田千里といいます」
「ふうん? 仙狸というと、山猫か。これは珍しい。どれ、顔をよく見せなさい」

 九尾はそう言って、千里のあごに指先でそっと触れる。その姿と神々こうごうしい雰囲気に、千里は圧倒された。九尾はとてつもなく美しい容姿をした男性の姿で、背丈は千里よりも高かった。さらりとした直毛の髪は黄金色で腰の下まであり、瞳は切れ長で鼻はスッと高く、薄い唇の端はわずかに上がっていて、見るからにタダモノではないような、妖艶ようえんな雰囲気があった。

 さらに、頭の上には髪と同じ色のとんがり耳を持ち、ちょうど腰の後ろでは九つの尾が揺れている。また、身なりも立派なもので、遠く昔の貴族を思わせるような、高級そうな着物をまとっていた。

「麗しい顔をしているな。それに……、半妖にしては妖力が高いようだ。おもしろい」

 妖力が高いなんて、そんなはずはないが、ここでいちいち答えている時間は惜しい。千里は頭を深く下げる。それから、単刀直入に言った。

「あの……、僕は大切な人のそばにいたいんです。この山に住まわせてもらっても、よいでしょうか……!」

 千里の頼みを聞くなり、九尾は頭の上で「ほう……」と感心したような相槌あいづちを打った。

「お前、意中の者がいるのか」
「はい……」

 千里は頭を下げたまま、返事をする。余計なことはしゃべらないほうがいい。どんなに優しく見えても、相手は化け狐の大親分なのだ。気を損ねれば、命はない。狐がいかに恐ろしい妖か。それを母から聞いている千里は、祈るような気持ちで九尾が答えるのを待った。ほどなくして、九尾は妖しげな笑みをこぼし、答える。

「よし、よし。いいだろう。お前を私の山に歓迎しよう。だが、その代わり……」
「はい……」

 来た――……。

 千里はごくり、と生唾を飲んだ。

「千里よ、おまえの大事な宝物と交換だ。そうすれば、この山に棲み、好きな場所を歩いてかまわんよ」
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