【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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九尾の狐~千里~(6-3)

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 これが、狐神の特徴だ。狐神というものは、願いを必ず叶えてくれる。とてつもなく強大な妖力を持ち、あらゆる参拝者に実りと豊かさをもたらしてくれる。だが、その代わり。必ず代償を求めるのがお約束だった。

「大事な宝物……」
「そうだよ、千里。面をお上げ」

 優しい口調でそう言われて、千里は頭を上げた。すると、九尾は目を細め、そっと千里のひたいに手の平を当てる。

「お前には、とても大事なものがあるね」

 そう言われた途端、心臓がドクン――と跳ねた。たしかに、宝物はある。いや、あるどころか、持ち物が乏しい千里にとって、持ち物のすべてが宝物だった。

 この浴衣と衛人に買ってもらったばかりの新品パンツ。それから、衛人の存在、衛人との暮らし。どれも、大事な宝物だ。しかし、どれも九尾に差し出すことはできない。千里はぐっと拳を握る。

「恐れながら……、僕の大事なものは、どなたにも差し上げられるものではありません……」
「ほう……。だが、それではおまえをこの山へ置くことはできぬな」

 千里は頭を巡らせた。言われなくてもわかっている。ここで九尾に認めてもらわなければ、衛人と一緒には暮らせない。衛人が東京に戻ってからも、千里はあの家を守っていくつもりだったが、それもできなくなるということだ。

 しかし、だからといって、衛人の存在も、彼との暮らしも、彼に買ってもらった新しいパンツや服、彼の祖父のおさがりの甚兵衛じんべえですら、その代償にはできない。なにひとつとして、だ。

「それは……、困ります。僕は、あのお家以外に居場所がないんです……。僕にとって、宝物があるとすれば、この体と大切な御方。それだけです……。九尾さまにあげられるものなんて――」
「そうか。……では、千里。おまえの目か、耳か鼻か……。あるいは魂はどうだね?」

 穏やかな九尾の言葉に、ぞわりと背筋が凍る。そうして、弱くかぶりを振った。これも母から、話に聞いて知っている。狐は供物くもつがなければ、決して言うことを聞いてくれない。相手から取る物がなにもないときには、肉体の一部をも奪うことがある――と。

 だが、肉体の一部を取られるなんて、千里は恐ろしくてどうしても承諾できない。目や耳や、鼻、ましてや魂なんてものを差し出してしまったら、千里は本当に妖になってしまうだろう。そうなれば、衛人の伴侶になることはおろか、あの家で一緒に暮らすことすら、危うくなる。ところが、そんな千里の心の内を読んだのか。九尾は再び目を細めて言った。

「強情な半妖だ……。では、妖力はどうかな」
「え……っ」
「心配は要らん。少しぼんやりとするかもしれんが、妖力をいただくだけで、命までは取らぬ。それに……、お前はこの力、少し持て余しているのではないか?」

 そうかれて、ハッとする。どうして九尾がそれを知っているのかはわからなかったが、まさにその通りだった。千里は自分の妖力をコントロールできないせいで、ひどくみじめな人生を送ってきたのだ。

「どうして、それを……」

 千里の言葉に、九尾は再び目を細め、これまでになく口角を上げた。狐火に妖しく照らされたその表情は、不気味でありながら、恐ろしくなるほどに美しい。おまけにひたいに当てられた彼の手は冷たく、わずかな温もりすら感じない。まるで氷のようだった。千里は思わず、息をむ。

「おまえの妖力は、親から受け継いだ大切な力。だが、それさえなくなってしまえば、楽に生きられるかもしれんな」

 なくなれば、楽に――……?

「想い人も、お前を愛してくれるやもしれん」

 衛人さんが僕を……。

「偽りではなく、真の愛情をくれるのではないか?」

 九尾のその言葉を聞いた瞬間。千里の胸の奥には、ちくりと痛みが走る。ひたいに触れた九尾の手の平はひどく冷たかったが、徐々に熱を持って、温かくなっていった。心地のいい熱にホッとして、千里は目を閉じる。そのうちに、だんだんとこわばっていた力が抜け、意識がぼんやりとしていく。脳裏には衛人の優しい笑顔が浮かんでいた。

 衛人さん……。衛人さんに愛してもらいたい……。僕は、衛人さんさえいてくれたら、もうなにも――……。

 ほどなくすると、九尾は千里のひたいから手を離す。しかし、熱が遠ざかっても、千里の脳内は微熱に浮かされているかのように、ぼうっとしたままだった。

「ほう……。なるほどな、これが山猫の妖力か……」

 九尾はそう言って、骨ばった手を握ったり開いたりしている。心なしか、九尾がまとう妖力が強くなっている気がするが、それが確かな感覚なのか、それとも気のせいなのか、さっぱりわからない。

「なにやらよい香りがするな……。これは上質だ。……千里、気に入ったぞ」

 なにやら、九尾は満足げに笑みを浮かべている。見たところ、千里の妖力は彼の手に渡ったようだが、これで、千里はこの那須の山に住めるのだろうか。そんなことを思い、認めてもらえたのかどうか、たずねなければと思う。だが、言葉が出ない。足下もふらついていて、ここで立っているのもやっとだった。

 まずい……。ちゃんと、夜明けまでに帰らないといけないのに……、これじゃ当分、歩けそうにない……。

 ひとまず、この石段から転げ落ちないようにしなければ、と、千里はその場によれよれとしゃがみ込む。ところが、ちょうどその時――。静かな境内に急ブレーキの音が響いた。

「千里ーーーーっ!」

 ブレーキ音の直後、どこからか愛おしい声がして、千里は意識が朦朧もうろうをするなか、ゆっくりと顔を上げた。そうして声がした方へ振り向く。ぼんやりとした視界に見えたのは、鬼のような形相で石段を駆け上がってくる、衛人の姿だった。
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