【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

文字の大きさ
39 / 81

九尾の狐~千里~(6-4)

しおりを挟む
「え、衛人さん……?」

 どうして、衛人さんがここに……。

「千里……!」

 衛人は、いまだあちこちに狐火が灯される石段を数段飛ばしで駆け上がってくると、しゃがみ込んでいる千里の肩をがしっとつかんだ。その力の強さに、千里は思わず身構える。衛人が怒っているのかもしれない――と思ったのだ。しかし――。

「千里、大丈夫か!」
「あ……、えっと……」

 衛人はひどくあせっているようではあったものの、千里の体を心配してくれた。大丈夫かどうかは自分でもよくわからなかったが、千里はひとまず心配をさせまいとして、こく、と頷く。すると、衛人ははあっと深いため息をき、「よかった……」とこぼした。だが、千里の様子がおかしいことに、彼が気付かないはずがなかった。

「千里……? おい、おい!」
「は、はい……?」

 千里の頬に衛人の手が当てられ、じっと瞳の中を見つめられる。そうして、その奥に呼びかけるようにして名前を呼ばれた。千里は朦朧もうろうとしながら、必死に正常さを装うために応えるが、今は覇気のない返事をするだけで精一杯だった。

 ほどなくすると、衛人はすくっと立ち上がり、そこにいる九尾と、いつの間にか主人である九尾を守るようにして立つ、レンをじろりとにらみつけた。彼はたぶん、レンと九尾に対して、猛烈に怒っていた。

「あんたら……。うちの千里になにをしたんだ!」
「千里は九尾さまにあいさつに来てくれたんですよ。ただ、それだけです」
「嘘つけ! 千里、ふらふらじゃんか……! あいさつしただけで、こんなに弱るわけないだろ!」

 衛人の声は怒りを含み、その瞳は鋭く、九尾とレンを刺すようだった。だが、九尾はその視線を受けても少しも顔色を変えず、にこりと笑みを浮かべ、前へ出てきた。

「おまえが千里の宝物だね。安心しなさい。私はただ、こやつの妖力を頂戴しただけだ。私の山に棲まわせてやることと、引き換えにな」
「妖力を……? そんなことして、千里の体は大丈夫なのかよ!」
「安心しろ。千里は半妖だ。そう簡単に死にはせん」

 九尾の言葉を聞いて、レンも頷く。だが、衛人は納得がいっていないのだろう。怒りをあらわにしたまま、さらに声を荒らげた。

「でも……、明らかに弱ってるじゃないか! 千里の妖力を今すぐ返せ!」
「それはできん。私はこやつの妖力が気に入ったのだ。それに、この山は我が縄張り。棲むからには、それなりの供物くもつを寄越してもらわねばならん」
供物くもつだぁ?」

 衛人はおそらく、狐神の習性を知らないのだろう。引き換えになる供物くもつを求めた九尾に、露骨に嫌な顔を見せた。

「なんだそれ。あんた、ケチくせえ神さまだな」
「……ご主人! そのような物言い、さすがに九尾さまに無礼――」
「あぁ、よい、よい。レンは下がっていなさい」
「しかし、九尾さま……!」
「よいのだ、そう興奮するな」

 九尾はそう言って、レンをなだめている。その表情も口調も穏やかなものだが、衛人がこれだけケンカ腰になっているのに対して、その冷静さは恐ろしくなるほどだ。

 衛人さん……、僕は……、衛人さんを守らなくちゃ……。

 千里は、九尾から守るようにしてそこに立つ、衛人の背中に懸命に手を伸ばした。だが、足腰がまったく言うことを聞かない。

 衛人さん……!

「……人間よ。お前、名はなんという」
「衛人だ。春川衛人!」
「……衛人。お前の大事な半妖の妖力、返してほしくば、宝物と交換にしよう。お前は私になにをくれる?」
「宝物……?」
「衛人の願いと引き換えだ。目か、耳か――……手や足でもよいぞ」
「はぁ? そんなもんやれるかよ。あんた、狐なんだろ。油揚げじゃだめなのかよ」
「あぁ、お揚げか。あれは要らん……。いい加減に飽きたわ。目や耳がだめなら、お前の寿命でもかまわんが……」

 寿命――。つまり、衛人の命だ。それを聞いて、千里は思わず声を上げる。

「そんなの、だ、だめ……! だめです、絶対……!」
「千里……」
「九尾さま、お願いです。衛人さんからは……、どうかなにも奪わないでください……。僕の妖力が欲しければあげます。みんな、好きなだけあげますから……!」
「だ……っ、だめだって、千里! なに言ってんだよ! お前は半妖なんだから、妖力吸い取られたら、血液半分なくなるみたいなもんじゃないのかよ!」

 千里の言葉に、衛人は途端に焦りはじめ、声を荒らげた。だが、ぼんやりしたまま、頭はまともに働かない。

「そうなんです、かね……?」
「そうなんですかねって……。俺だってよくわかんねーけど、とりあえず今、ふらふらじゃん!」
「衛人。千里。さぁ、どうするかね?」

 九尾にそうたずねられ、千里は顔を上げる。すると、九尾は握っていた手の平をゆっくりと開いた。そこには、紫色の火の玉のようなものが浮かび、まぶしいほどの光を放っていた。とても美しく――だが、妖しげな光だ。おそらくはあれが、千里の妖力なのだろう。九尾はその光を見つめながら、満足げに目を細めている。

 衛人は黙ったまま、やはり鋭い目をして、九尾とその隣にいるレンをにらんでいるが、すぐには応えなかった。無理もないだろう。目も耳も、手も足も。どれひとつとっても、衛人が九尾にやることはできないからだ。失えば困るものばかりだし、それを失うこと自体、衛人は怖くてたまらないはずだ。

 妖力を取られたところで、僕はたぶん、死ぬことはない。それに妖力がなくなれば、衛人さんを困らせないで済むかもしれない……。

 どのみち、なにかしらを供物くもつとして捧げなければ、千里はこの山から出ていかなければならない。せっかく見つけた居場所を失うことも、大好きな人のもとを去ることも、ましてや大好きな人の体の一部を九尾に捧げるなんてことも、千里には選べなかった。渡せるものがあるとすれば、ひとつだけ。

 しっかりしなくちゃ……。衛人さんを守れるのは、僕だけなんだから……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。 ――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。 理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。 その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。 ――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。 傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

処理中です...