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九尾の狐~千里~(6-4)
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「え、衛人さん……?」
どうして、衛人さんがここに……。
「千里……!」
衛人は、いまだあちこちに狐火が灯される石段を数段飛ばしで駆け上がってくると、しゃがみ込んでいる千里の肩をがしっと掴んだ。その力の強さに、千里は思わず身構える。衛人が怒っているのかもしれない――と思ったのだ。しかし――。
「千里、大丈夫か!」
「あ……、えっと……」
衛人はひどく焦っているようではあったものの、千里の体を心配してくれた。大丈夫かどうかは自分でもよくわからなかったが、千里はひとまず心配をさせまいとして、こく、と頷く。すると、衛人ははあっと深いため息を吐き、「よかった……」とこぼした。だが、千里の様子がおかしいことに、彼が気付かないはずがなかった。
「千里……? おい、おい!」
「は、はい……?」
千里の頬に衛人の手が当てられ、じっと瞳の中を見つめられる。そうして、その奥に呼びかけるようにして名前を呼ばれた。千里は朦朧としながら、必死に正常さを装うために応えるが、今は覇気のない返事をするだけで精一杯だった。
ほどなくすると、衛人はすくっと立ち上がり、そこにいる九尾と、いつの間にか主人である九尾を守るようにして立つ、レンをじろりと睨みつけた。彼はたぶん、レンと九尾に対して、猛烈に怒っていた。
「あんたら……。うちの千里になにをしたんだ!」
「千里は九尾さまにあいさつに来てくれたんですよ。ただ、それだけです」
「嘘つけ! 千里、ふらふらじゃんか……! あいさつしただけで、こんなに弱るわけないだろ!」
衛人の声は怒りを含み、その瞳は鋭く、九尾とレンを刺すようだった。だが、九尾はその視線を受けても少しも顔色を変えず、にこりと笑みを浮かべ、前へ出てきた。
「おまえが千里の宝物だね。安心しなさい。私はただ、こやつの妖力を頂戴しただけだ。私の山に棲まわせてやることと、引き換えにな」
「妖力を……? そんなことして、千里の体は大丈夫なのかよ!」
「安心しろ。千里は半妖だ。そう簡単に死にはせん」
九尾の言葉を聞いて、レンも頷く。だが、衛人は納得がいっていないのだろう。怒りをあらわにしたまま、さらに声を荒らげた。
「でも……、明らかに弱ってるじゃないか! 千里の妖力を今すぐ返せ!」
「それはできん。私はこやつの妖力が気に入ったのだ。それに、この山は我が縄張り。棲むからには、それなりの供物を寄越してもらわねばならん」
「供物だぁ?」
衛人はおそらく、狐神の習性を知らないのだろう。引き換えになる供物を求めた九尾に、露骨に嫌な顔を見せた。
「なんだそれ。あんた、ケチくせえ神さまだな」
「……ご主人! そのような物言い、さすがに九尾さまに無礼――」
「あぁ、よい、よい。レンは下がっていなさい」
「しかし、九尾さま……!」
「よいのだ、そう興奮するな」
九尾はそう言って、レンを宥めている。その表情も口調も穏やかなものだが、衛人がこれだけケンカ腰になっているのに対して、その冷静さは恐ろしくなるほどだ。
衛人さん……、僕は……、衛人さんを守らなくちゃ……。
千里は、九尾から守るようにしてそこに立つ、衛人の背中に懸命に手を伸ばした。だが、足腰がまったく言うことを聞かない。
衛人さん……!
「……人間よ。お前、名はなんという」
「衛人だ。春川衛人!」
「……衛人。お前の大事な半妖の妖力、返してほしくば、宝物と交換にしよう。お前は私になにをくれる?」
「宝物……?」
「衛人の願いと引き換えだ。目か、耳か――……手や足でもよいぞ」
「はぁ? そんなもんやれるかよ。あんた、狐なんだろ。油揚げじゃだめなのかよ」
「あぁ、お揚げか。あれは要らん……。いい加減に飽きたわ。目や耳がだめなら、お前の寿命でもかまわんが……」
寿命――。つまり、衛人の命だ。それを聞いて、千里は思わず声を上げる。
「そんなの、だ、だめ……! だめです、絶対……!」
「千里……」
「九尾さま、お願いです。衛人さんからは……、どうかなにも奪わないでください……。僕の妖力が欲しければあげます。みんな、好きなだけあげますから……!」
「だ……っ、だめだって、千里! なに言ってんだよ! お前は半妖なんだから、妖力吸い取られたら、血液半分なくなるみたいなもんじゃないのかよ!」
千里の言葉に、衛人は途端に焦りはじめ、声を荒らげた。だが、ぼんやりしたまま、頭はまともに働かない。
「そうなんです、かね……?」
「そうなんですかねって……。俺だってよくわかんねーけど、とりあえず今、ふらふらじゃん!」
「衛人。千里。さぁ、どうするかね?」
九尾にそう訊ねられ、千里は顔を上げる。すると、九尾は握っていた手の平をゆっくりと開いた。そこには、紫色の火の玉のようなものが浮かび、眩しいほどの光を放っていた。とても美しく――だが、妖しげな光だ。おそらくはあれが、千里の妖力なのだろう。九尾はその光を見つめながら、満足げに目を細めている。
衛人は黙ったまま、やはり鋭い目をして、九尾とその隣にいるレンを睨んでいるが、すぐには応えなかった。無理もないだろう。目も耳も、手も足も。どれひとつとっても、衛人が九尾にやることはできないからだ。失えば困るものばかりだし、それを失うこと自体、衛人は怖くてたまらないはずだ。
妖力を取られたところで、僕はたぶん、死ぬことはない。それに妖力がなくなれば、衛人さんを困らせないで済むかもしれない……。
どのみち、なにかしらを供物として捧げなければ、千里はこの山から出ていかなければならない。せっかく見つけた居場所を失うことも、大好きな人のもとを去ることも、ましてや大好きな人の体の一部を九尾に捧げるなんてことも、千里には選べなかった。渡せるものがあるとすれば、ひとつだけ。
しっかりしなくちゃ……。衛人さんを守れるのは、僕だけなんだから……。
どうして、衛人さんがここに……。
「千里……!」
衛人は、いまだあちこちに狐火が灯される石段を数段飛ばしで駆け上がってくると、しゃがみ込んでいる千里の肩をがしっと掴んだ。その力の強さに、千里は思わず身構える。衛人が怒っているのかもしれない――と思ったのだ。しかし――。
「千里、大丈夫か!」
「あ……、えっと……」
衛人はひどく焦っているようではあったものの、千里の体を心配してくれた。大丈夫かどうかは自分でもよくわからなかったが、千里はひとまず心配をさせまいとして、こく、と頷く。すると、衛人ははあっと深いため息を吐き、「よかった……」とこぼした。だが、千里の様子がおかしいことに、彼が気付かないはずがなかった。
「千里……? おい、おい!」
「は、はい……?」
千里の頬に衛人の手が当てられ、じっと瞳の中を見つめられる。そうして、その奥に呼びかけるようにして名前を呼ばれた。千里は朦朧としながら、必死に正常さを装うために応えるが、今は覇気のない返事をするだけで精一杯だった。
ほどなくすると、衛人はすくっと立ち上がり、そこにいる九尾と、いつの間にか主人である九尾を守るようにして立つ、レンをじろりと睨みつけた。彼はたぶん、レンと九尾に対して、猛烈に怒っていた。
「あんたら……。うちの千里になにをしたんだ!」
「千里は九尾さまにあいさつに来てくれたんですよ。ただ、それだけです」
「嘘つけ! 千里、ふらふらじゃんか……! あいさつしただけで、こんなに弱るわけないだろ!」
衛人の声は怒りを含み、その瞳は鋭く、九尾とレンを刺すようだった。だが、九尾はその視線を受けても少しも顔色を変えず、にこりと笑みを浮かべ、前へ出てきた。
「おまえが千里の宝物だね。安心しなさい。私はただ、こやつの妖力を頂戴しただけだ。私の山に棲まわせてやることと、引き換えにな」
「妖力を……? そんなことして、千里の体は大丈夫なのかよ!」
「安心しろ。千里は半妖だ。そう簡単に死にはせん」
九尾の言葉を聞いて、レンも頷く。だが、衛人は納得がいっていないのだろう。怒りをあらわにしたまま、さらに声を荒らげた。
「でも……、明らかに弱ってるじゃないか! 千里の妖力を今すぐ返せ!」
「それはできん。私はこやつの妖力が気に入ったのだ。それに、この山は我が縄張り。棲むからには、それなりの供物を寄越してもらわねばならん」
「供物だぁ?」
衛人はおそらく、狐神の習性を知らないのだろう。引き換えになる供物を求めた九尾に、露骨に嫌な顔を見せた。
「なんだそれ。あんた、ケチくせえ神さまだな」
「……ご主人! そのような物言い、さすがに九尾さまに無礼――」
「あぁ、よい、よい。レンは下がっていなさい」
「しかし、九尾さま……!」
「よいのだ、そう興奮するな」
九尾はそう言って、レンを宥めている。その表情も口調も穏やかなものだが、衛人がこれだけケンカ腰になっているのに対して、その冷静さは恐ろしくなるほどだ。
衛人さん……、僕は……、衛人さんを守らなくちゃ……。
千里は、九尾から守るようにしてそこに立つ、衛人の背中に懸命に手を伸ばした。だが、足腰がまったく言うことを聞かない。
衛人さん……!
「……人間よ。お前、名はなんという」
「衛人だ。春川衛人!」
「……衛人。お前の大事な半妖の妖力、返してほしくば、宝物と交換にしよう。お前は私になにをくれる?」
「宝物……?」
「衛人の願いと引き換えだ。目か、耳か――……手や足でもよいぞ」
「はぁ? そんなもんやれるかよ。あんた、狐なんだろ。油揚げじゃだめなのかよ」
「あぁ、お揚げか。あれは要らん……。いい加減に飽きたわ。目や耳がだめなら、お前の寿命でもかまわんが……」
寿命――。つまり、衛人の命だ。それを聞いて、千里は思わず声を上げる。
「そんなの、だ、だめ……! だめです、絶対……!」
「千里……」
「九尾さま、お願いです。衛人さんからは……、どうかなにも奪わないでください……。僕の妖力が欲しければあげます。みんな、好きなだけあげますから……!」
「だ……っ、だめだって、千里! なに言ってんだよ! お前は半妖なんだから、妖力吸い取られたら、血液半分なくなるみたいなもんじゃないのかよ!」
千里の言葉に、衛人は途端に焦りはじめ、声を荒らげた。だが、ぼんやりしたまま、頭はまともに働かない。
「そうなんです、かね……?」
「そうなんですかねって……。俺だってよくわかんねーけど、とりあえず今、ふらふらじゃん!」
「衛人。千里。さぁ、どうするかね?」
九尾にそう訊ねられ、千里は顔を上げる。すると、九尾は握っていた手の平をゆっくりと開いた。そこには、紫色の火の玉のようなものが浮かび、眩しいほどの光を放っていた。とても美しく――だが、妖しげな光だ。おそらくはあれが、千里の妖力なのだろう。九尾はその光を見つめながら、満足げに目を細めている。
衛人は黙ったまま、やはり鋭い目をして、九尾とその隣にいるレンを睨んでいるが、すぐには応えなかった。無理もないだろう。目も耳も、手も足も。どれひとつとっても、衛人が九尾にやることはできないからだ。失えば困るものばかりだし、それを失うこと自体、衛人は怖くてたまらないはずだ。
妖力を取られたところで、僕はたぶん、死ぬことはない。それに妖力がなくなれば、衛人さんを困らせないで済むかもしれない……。
どのみち、なにかしらを供物として捧げなければ、千里はこの山から出ていかなければならない。せっかく見つけた居場所を失うことも、大好きな人のもとを去ることも、ましてや大好きな人の体の一部を九尾に捧げるなんてことも、千里には選べなかった。渡せるものがあるとすれば、ひとつだけ。
しっかりしなくちゃ……。衛人さんを守れるのは、僕だけなんだから……。
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